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1年半前の出来事から、私はじっちゃんに拾われ、様々なことを教えてもらった。
私が対峙したのは鬼という存在で、太陽の光や特別な刀で頸を切らない限り何度でも再生するのだとか。そしてそんな鬼を退治する"鬼殺隊"という存在。じっちゃんはあの時、偶然私が素手で鬼をぶっ飛ばした場面を見てしまったらしい。そして何かを感じたのか、私に声をかけた、のが事の顛末。いや、見てたんなら助けろよ。そう思った。
そして、何やら弟子として呼吸?というものの修行を私はしていた。体にブーストをかけるようなものらしい。
当然刀なんて持ったことがない私は初めの方こそ苦戦しまくって、気付けば拳、なんてざらにあったけど、毎日握っていれば自然とそれの扱い方がわかってくるようになった。トランクスさんの持つ剣とはまた違うが、刀にはまた別の魅力があると近頃思うようになってきた。
まぁでも、やっぱり肉弾戦の方が得意なんだけどね。
じっちゃんに教えてもらった複数の剣技。けれど私は未だに3つしかできていない。焦って修行が終わってじっちゃんが寝た後も1人で修業してみたりするけど、どうにもこれ以上上達する兆しが見えない。どうしよう。ただ焦りだけが募る。
「シュエ」
一心不乱に刀の素振りをしていると、玄関から顔を出したじっちゃんがちょいちょい、と手招きをしていた。刀を鞘に納め、駆け寄る。
「刃の太刀筋が乱れているぞ。焦っているのか?」
「あ、焦るよ…。だって、1年半も経つのにじっちゃんの剣技まだ3つしかできてない…。このままじゃ最終選別に間に合わないよ…」
「…全部をこなさなくともいい。3つしかできないのなら、逆にそれを極限まで極めるんだ」
「え、だって…」
「構わん。焦って、まばらに中途半端で仕上げるのなら、今自分ができるものを強みにして伸ばせばいい」
「強み…」
「そうだ。刀だけで戦おうとするな。お前さんの強靭な脚力も、人間離れした身体能力も、腕っぷしの強さも強みの一つだろうに」
ぽん、頭に大きな手が乗る。じっちゃんの言葉が何だかむずがゆくて、思わず俯いてしまうけれど、そんな私の心境なんてきっとお見通しなんだろうなって思った。
「自分を信じろ、シュエ。お前にはお前だけの戦い方がある」
そう言うじっちゃんが、言葉が、お父さんと重なってなんだか泣きたくなった。
* * *
それから半年後。私はいよいよ最終選別に赴くことになった。それが執り行われるのは藤襲山と言う常に藤が咲き誇る場所。
「これが地図だ。行き方はわかるな?」
「うん、前に途中まで連れてってくれたもんね。多分大丈夫」
「最後まで締まらん奴だな」
「えへ」
「…それと、これも持って行け」
「え、これ…」
差し出されたのは、じっちゃんがかつて使っていたと言う日輪刀……って、えぇ!?
「だ、ダメダメ!こんなん持っていけない!じっちゃんの大事なものでしょ!?もし折ったりしたら…」
「だから、これはお前への最後の修行だ」
「へ?」
「これを折らずに持って帰ってくること。必ずだ。いいな?」
「…うん…」
じっちゃんのこんな顔、初めて見た。泣きたいような、けどまだ希望を捨てきれないような、そんな複雑な顔。それを見て、私は存外最後選別を侮っていたのかもって思った。
話では、この最後選別で何人も命を落とすって聞いた。けど、それは聞いただけだから私は大丈夫って少なからず思ってた。でも、じっちゃんのこの顔、きっと何人も送り出して、悔やんだだろう。
だって私、こういう顔してる人見たことある。本当は止めたくて、でもどうしようもないから、結局は全部を飲み込んで見送る人の顔。
「これも付けていくといい」
そしてじっちゃんは、懐から取り出した白い梅結びの水引を私の片耳につけた。
「無事に行って帰れるよう、まじないを込めた」
「何から何までありがとう…いや、ありがとうございます、師匠。怪我せずに、は無理かもしれないけど、絶対帰ってくるから。そうしたら山菜天ぷら一緒に作ろうね」
「あぁ」
「じゃあ…行ってきます」
「ん…行ってこい」
じっちゃんはいつまでも見送ってくれた。だから私も何度も振り返った。何回も振り返って、じっちゃんが豆粒ほど小さくなって、そして見えなくなって、じっちゃんとの約束を守るために私は前を向いた。
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