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いち






「じっちゃん、ただいま。あのね、今日は八百屋のおっちゃんが野菜おまけしてくれたんだ。おいしい山菜汁作ったげるから待っててね」

「そうかい。それは楽しみにまってるよ」


夕食の材料がたんまりと入った籠を台所に持っていき、支度にとりかかる。ひと昔前の古い調理器具は、初めの方こそ文明の利器に慣れ切った私には使い勝手が悪くて仕方がなかったけど、1年と半年が経った今ではすっかりこ慣れたもんだ。

…それは、私がこの世界にやってきて過ごした時間でもあるのだけど。





1年半前。私は突然、何の前触れもなく違う世界に飛ばされた。


「は…」


そこは町のど真ん中だった。見慣れた西の都でも、私が通う塾のある街でも、クリリンさんが遊びにつれて来てくれた街でもない。そこは私がシュエとして生を受ける前…即ち、前世の私がいた場所の昔の日本の街風景にそっくりであった。
よく見れば町行く人たちも、洋服と和服が入り混じるハイカラな服装をしていて、建物にはたくさんの暖簾が下りている。


「な、にここ…どこ…?」


道行く人は呆然と立ち尽くす私を訝し気に、尚且つ心底邪魔そうに横目で見ながら足早に通り過ぎていく。それに多少意識を取り戻した私は、とりあえず邪魔にならないようにとそそくさと道端に寄る。


「…どうなってるんだ」


こめかみを揉みながらどうにか記憶を遡る。確か私は、悟飯と一緒に塾の宿題をしてたはず。それで、小腹がすいたからおやつでも食べようと立ち上がった瞬間、私は道のど真ん中にいた。

……待って、待った待った。なんもわかんないんだけど。え、何?結局私ってばどうやってここに来たの?タイムトリップ…いやいや、トランクスさんのタイムマシーンがなければそんなことできないし、それに私がいたところじゃタイムマシーンなんて作る技術力がないってトランクスさん言ってたじゃん。
じゃあ何か。ここに来た原因がわからない…?嘘、マジか。めちゃくちゃ困るぞそれ。


「はぁぁあ〜……どーすんのさ、これ…」


ずるずると壁に背をつけながらしゃがみ込み、頭を抱える。脳裏を掠めるのは"別の世界、しかも昔"に何かしらの理由で来てしまったという仮説。頭は混乱と戸惑いと半分逆ギレでお祭り騒ぎになっているのに対して、心は思いのほか落ち着いていた自分に心底驚いている。


「ちょいと、お嬢ちゃん」

「…へ」


不意に頭上から低い声が落ちてきた。顔をあげると人の好さそうな笑みを浮かべた男が2人。なんだ、こいつら。笑みが薄ら気味が悪いな。
すくッと立ち上がり、彼らを見上げる。そうすると頭のてっぺんから足の先まで、まるで品定めをされるように見つめられ鳥肌が立った。


「さっきからここに蹲ってどうしたんだい?どこか体調でも?」

「…いえ、大丈夫です」

「珍しい服を着ているね。それは中華民国の服?」

「ちゅーか…?」


はッとした。今の自分はひざ丈のチャイナ服に提灯ズボンと、ここの町の人とはかけ離れた格好をしていた。なるほど、いろんな人からじろじろ見られていたのはそれも理由の一つか。納得。
眉間を揉んでいると、ぱしり、手首を掴まれる。硬直するも束の間、男の1人は強引に私の腕を引いた。


「随分体調が悪そうだ。うちにおいで。ゆっくり休むといい」

「いや、だから私は…!」

「遠慮なんていらないよ。さぁおいで」


ずーるずーる。まるで連行される犯人のように引き摺られる私。制止の声をかけようが彼らはお構いなしに私の腕を離す気配を見せない。人の話を聞かない。ぷちん。そんな私の堪忍袋の緒が切れるのは存外早かった。


「嫌っつってんだろうがぁぁああああ!!!」

「「ぎゃあぁあッ!!」」


足を踏ん張り、掴まれた腕を振り回せばいとも簡単にぶっ飛んでいく男2人。何あれ面白い。もんどりうつ彼らに目もくれず、人が集まれば面倒なことになる前に私は猛スピードでその場を去った。


「はぁ…とんでもない目にあった…」


とぼとぼ。ここはさっきの町から少し離れた山のふもと。帰り道を探すために情報収集するのにはあの町は大きくて最適だったんだけど、さっきのあれで迂闊に近づけなくなっちった。いやだって、もしうっかり近付いてもみなよ、チャイナ服着た少女が男性2人に暴行(正当防衛)って、ほぼ特定されたって言っても過言じゃないじゃん。私しかいないじゃん。


「はぁ…これからどうしよう…」


早いとこどこかの町で拠点張って、情報収集したいんだけどなぁ…
はぁ…。ため息が止まりませんわ。肩を落としてとりあえず今後のことを考えていると、ふと前方から小さな2つの影が走ってくるのが見えた。なんか、めっちゃ慌ててない…?
じ、と見つめているとどうやら影はまだ年端もいかない少年たちのようで、彼らは私を見つけるなり泣きながら飛びついてきた。


「うぉッ…!?」

「お、お姉ちゃん助けて…!」

「おれたち、今ッ…!」

「ちょ、待った待った!とりあえず落ち着きなよ!一体何が…」


半狂乱になっているらしい少年たちをどうにか落ち着かせたいところではあるが、2人は早くここから立ち去りたいと言わんばかりに私の手を引っ張る。何が何だかちんぷんかんぷんである。


「ひひ、追いかけてきて正解だったぜ。ガキ2人の他に小娘も増えてやがる」

「ひッ…!」

「こぉんな夜遅くに出歩いちゃダメだろぉ?悪ぅい鬼に食われちゃうぞぉ」


なんか、目が3つある気持ち悪い奴が来たんだけど。半目でそいつを見ていれば、少年たちは怯えたように私の後ろに隠れた。…なるほど、さっきのこいつの発言と照らし合わせて、走って来たのはこいつに追いかけられたからか。そりゃ怖いよな。こんな変質者みたいな奴に追いかけられたら。トラウマもんだわ。

…え、私?今更じゃね?なんならこいつより栽培マンの方が怖かったわ。


「ねぇ、ちょっと」

「な、何…?」

「にーちゃん、早くにげようよぉ…!」

「今から私があいつをやっつけてあげる。その代わり、しっかり目を閉じていること。何があっても絶対にあけちゃダメだよ。わかった?」


少年たちに振り返らずに告げると、2人は多少困惑しながらも「うん…」と頷いたのを確認した。

一歩、前に出る。


「なんだぁ?自分から食われに来てくれたのか?そりゃありがてぇ、手間が省けるってもんだ」

「はぁ?どんだけ都合のいい頭してんの?脳みそ豆腐なんじゃない?」

「んだと…!!」


だッ!と3つ目の奴は鋭い爪を構えて突進してきた。あーいう奴に限ってこんなやっすい挑発に乗ってくれるんだよねぇ。
振り上げられる爪。それを当たる寸前で避け、踏み込む。相手の脇を擦り抜け、背後を取った私は足を振り上げ、蹴り飛ばした。


「がぁッ!!?」


口ほどにもなくぶっ飛んでいった変質者は山の方に消えていった。え、何だあれ。弱。


「フリーザの方が強かったな…」

「ぎゃぁああああああ!!!」

「!?」


しみじみと変質者が消えた山の方を見つめていると、少年たちがいる方からけたたましい悲鳴が。振り返ると、さっき私がぶっ飛ばした奴とは別の奴がお兄ちゃんの方に襲い掛かっていた。


「しまった…!」


慌てて踵を返し、一息に少年たちのもとへ飛ぶ。そのままの勢いで第二の変質者を蹴り飛ばした。


「君!しっかりして!私の声が聞こえる!?」

「ぁ…、…」

「に、にぃちゃん…!にいちゃぁん…!」


血まみれのその子を抱き起し、素早く容態を見る。首から脇腹にかけて大きな裂傷…左腕はもげてどばどばと血が滴っている。あの変質者、人食べるの…!?ここの変質者は揃いも揃ってカニバリズムの嗜好が…!?いや、そんなことよりも!
腰布を解き、一番出血がひどいであろう左腕に巻き付けて止血する。腹の裂傷はふくを破き、押しあてた。


「小娘がぁぁああ…!!それは俺の、俺の獲物だぞ…!!横取りすんなぁぁあ!!!!」


なんかさっきの変質者が復活したんだけど!?え、何、何なの…?さっきの蹴り割と本気だったのになんでケロッとしてんの!?いや、だから!!

突っ込みどころ満載な変質者に頭が混乱するが、とにかくこの少年をどうにかしないと死んでしまう。
泣きじゃくる弟くんと虫の息なお兄ちゃんを抱き寄せ、囁く。


「私にしっかりしがみ付いてて。でもって肩に顔を押し付けて。そう。絶対に離しちゃダメだよ。いい、絶対だ」

「う、うん…!」


首に弟くんの腕がしっかり回ったのを確認して、今にも飛び掛かってきそうな変質者に向き直る。


「行かせねぇ…!俺の獲物…!肉…!寄越せぇえええ!!」

「そこどけぇええ!!!太陽拳ッ!!」

「ッ!!!!」


瞬間、私を中心に目が眩むほどの光がほとばしった。向こう側で変質者の叫び声を聞きながら、少年たちを抱えた私はさっきの町に向かって空を翔けた。

町の入り口で降り立ち、2人を抱えたまま走る。


「すみません、誰か…!誰か医者はいませんか!?ひどい怪我で、死んじゃう…!ねぇ誰か!医者は…!」


必死で叫ぶも、町の人たちは足を止めども遠回しで眺めるだで、医者を呼んでくれたり何かしてくれたりなんてしてくれなかった。そうしている間にも、お兄ちゃんの呼吸が段々浅くなっていく。それに余計に焦り、街中を駆け回る。私が一歩を踏み出すたびに服を伝ってお兄ちゃんの血が地面に滴り落ちる。


「誰か…助けて…!本当に死んじゃう…ねぇ…誰か…」

「どうした」

「ッ!!」


勢いよく顔をあげると、私を見下ろしていたのは妙齢のおじいさんだった。おじいさんは私が抱える2人…特にお兄ちゃんの方に目を向けると顔色をサッと変え、しゃがみ込んだ。


「ひどい怪我だ…!こっちに来なさい。すぐ近くに私が借りている宿がある。できる限りの手当てをしよう」

「…!あ、ありがとう…!ありがとうございます…!」


走るおじいさんについて行き、案内してくれた部屋に入る。宿の女将さんに事情を話し、清潔なタオルやその他もろもろを頼んだおじいさんは、布団に寝かせたお兄ちゃんを手際よく手当てしていった。


「に、ちゃ…」


弟くんは、いつの間にか眠っていたらしい。どおりで静かなはずだ。涙の跡が残るほっぺをそっと撫で、起こさないように頭を私の膝に移動させた。
…私のせいだった。あの時彼らに目なんてふさがせなければ、もっと早くにあの変質者から守れて、お兄ちゃんの方もこんな大怪我を負うことがなかったはず。私が私自身の力を過信して、完全に油断していた落ち度だった。





不意に目が覚めた。見慣れない部屋の内装に一瞬焦るが、昨晩のことを思い出して慌てて体を起こす。どうやらいつの間にか私も眠っていたらしい。弟くんの頭を膝からどけ、布団に横たわるお兄ちゃんに歩み寄る。全身包帯まみれで痛々しいが、ゆっくりと上下する胸に膝から崩れ落ちた。


「よかった…!生きてる…よかった…!」

「おや、目が覚めたかね」


不意に背後から声が飛んできた。振り返ると、袖をまくったおじいさんがゆったりと笑いながらおにぎりが乗ったお皿を持って歩いてきた。


「一先ず峠は越えたよ。腹の傷もしばらく安静にしていればすぐにふさがるだろう。…だが…」


言い淀んだおじいさんになんとなく悟った。左腕は、戻らない。そりゃそうだ。ナメック星人かよほどの人外でない限り、人間は再生なんてできないんだから。
そこまで考えて、私はとんでもないことに気付いた。気付いてしまった。私、お金持ってないんだけど…!どどど、どうしよ…!無一文で飛ばされて、医者にお世話になって…!お金が払えないって…!とんでもなくまずい。

急に黙りこくった私を不思議そうに見つめるおじいさんの視線が、今はただ責められているように感じてしかたがない。…正直に言おう。頑張れ、頑張るんだシュエー!


「あの、ごめんなさい…私…お金…で、でも!絶対に払います!おじいさんはいつまでここにいますか!?それまでに私…!」

「いや、代金は気にしなくていい」

「へ…」

「治療費も、薬代も、払わなくていい」

「そ、そんな…!でも!!」

「私はな、貧しくて病院にいけない人たちから代金は取らないんだ」


おじいさんは昔、病弱な母が貧乏ゆえに満足に病院にも行けず、薬も買えなくて死んでしまったことを話してくれた。大切な人をお金がないゆえに治る病気も治せずにいる辛さを知っているから。そんな人たちを無償で診察するために日本中を旅しているのだそう。
開いた口が塞がらない、というのはまさにこのこと。すごくお人好しで、それでいてなんて暖かい人なのだろうと思った。


「時期にこの子たちの親御さんもここへ来るだろう。後は私に任せて、君も帰りなさい」

「で、でも…」

「心配なのはわかるが、君も親御さんが心配してるだろう。早く帰った方がいい」


おじいさんはきっと、私を案じて言ってくれているのであって悪気はない。けど、今の私にそれは割と禁句というかなんというか…


「…わかりました。この子たちのこと、よろしくお願いします」

「気をつけてな」


最後にさようならの意味を込めて、少年たちの頭を撫でてから部屋を出る。宿を出て、火が出て間もない静かな町を抜け、ただ歩く。

…今の私に、帰る場所なんてない。

あわよくば、おじいさんへ払う代金のためにあの町で仕事探しができるかもって思ったけど、多分もう無理。仕方ないから、最初の目的であった別の町に行こう。…道わかんないけど。


「失礼、お嬢さん」


とりあえず空高くからだったら何かしら見えるだろうと足に力を入れたとき、誰かに話しかけられた。
…なんか、知らない人にめっちゃ話しかけられるな。いや、知らない人しかいないけども。

そこにいたのは、さきほどの医者のおじいさんより少し年老いた老人。片耳に付けられた赤い紐の梅結びが妙に目を引いた。


「お前さんに少し話があるんだが」


それが、私とじっちゃんが出会った時だった。







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