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夢の中で夢を見る




「………はぁ」


先日、書類の月末ラッシュが解禁され、久しぶりのゆっくりとした朝だった。と言ってもまだまだ早朝なのだが。久しぶりに帰って来た自室の寝台からのっそりと起き上る。
…あの子がディメンシオンに吸い込まれてから3日。未だなんの手がかりもつかめていない。ディメンシオン本体もそうだけど、それ自体にかけられていた術式もなんらかの影響によって強制的に剥がされてしまったらしく、ヤムライハ曰く修復にはかなりの時間が必要らしい。

あの子は…ヘリオはどうしているでしょうか…。ちゃんとご飯を食べれているだろうか。それとも以前のようにどこか暗い場所で縮こまって震えているのでは…。はたまたあの子のきれいな眼を狙って不届きな輩に攫われたり…!?異世界ではあの子の瞳の総称を知られてないとはいえ、心配にならないわけがない。あぁ、心配だ。


「…おーい、ジャーファルくーん…」

「ハッ……なんですか、シン」

「お前、考え事してる時は本当周りが見えなくなるよな。ヘリオにそっくりだ」


私はいつの間にか執務室に来ていたらしい。考え事をしていても足はしっかりと執務室に向かっているものだから、つくづく自分が仕事人間なんだなと思わず苦笑いしてしまった。
それにしても……


「そっくり、ですか…」

「あ…」


しまった。とばつが悪そうに目を逸らすシン。なんでしょう。今の私はヘリオに関すること全てが地雷だと思われているのでしょうか。シンも八人将たちも、どうもそう思っている節があるみたいで少し、いやかなり不愉快だ。私にとってヘリオが地雷なわけないでしょう。あんな可愛い私の妹分をそんな…


「あんまりだッ!!」

「何言ってんの!?」

「うるせぇバカ王!!さっさと仕事しろよ!!」

「げふぅッ!!」


あんまりだよジャーファルくん…!!とめそめそ(気持ち悪い)しながら席に着いたシンが逃げないよう目を光らせながら自分の仕事もこなす。


「…大丈夫さ、ヘリオはきっと見つかる。見つけてみせる。だからそう気を落とすな。お前がそんなんだと、ヘリオが帰って来た時に心配するだろう?」

「…そう、ですね。そうですよね。あの子に心配をかけてしまっては、兄としての私の立場がなくなりますもんね」

「お前いつの間に兄貴になったんだ…?」

「あの子は可愛い私の妹です!!まだまだお嫁には出しませんよ!!」

「それ兄じゃなくて親父…」


まだなんか言いたげなシンを笑顔で見つめて(脅して)机に向き直させる。まぁ、なんにせよ今はヤムライハがどうにかディメンシオンの修復をしつつ、ヘリオが飛ばされた異世界の軌跡を辿ってくれていますから。
…私も、私が今できることをやりましょう。早くあの子に会いたいですから。それに、帰って来たら、うんと甘やかせてあげるんです。





『ジャーファルさん…僕、行かないと』


見慣れた執務室でヘリオが悲しそうに目を伏せる。今にも零れ落ちそうな涙を拭ってあげたいけれど、どういうわけか私の体は動かない。


『…行くってどこへ?今日中に片付けてしまわなければいけない書類がまだ残っているでしょう』


口が勝手に動く。違う。私はそんなことが言いたいんじゃない。今すぐあの子に駆け寄って、おかえりって抱きしめて、それで…
ぎゅっと目を瞑ったヘリオの目からついに涙が零れ落ちた。


『違う…僕は行かなければいけない。再びあなたとこうして会話するために、戻らないと』


何を言っているのですか?ヘリオ、あなたは…あなたの居場所は…


『あなたの居場所はここでしょう?』

『違う!!』


違くない…けど違う…違うのジャーファルさん…
両手で顔を押さえて頭を振るヘリオが痛々しくて、同時に胸が苦しかった。これは夢。私がヘリオに会いたいと言う思いが見せた幻なのだ。わかっているけれど、どうしても傷付いてしまう自分がいた。
あぁ、そんなに目を擦ってはダメじゃないですか。
ゆっくりと彼女に向かって歩む。びくり、と肩を揺らすヘリオが、初めてここに来た時と重なって見えた。硬く目を瞑ったヘリオをそっと抱きしめると、夢のはずなのに彼女からはほんのりと花畑の匂いがして、泣きそうになった。


『じゃ、ふぁるさ…』

『行っておいで』

『ッ、』


ヘリオはきっと無事だ。異世界に飛ばされはしたけれど、きっと彼女も彼女なりに帰る手立てを見つけようと奮闘しているのだろう。それならば、私は私でこちらでできることをやるまでだ。


『私はいつまでもここで、ヘリオを待ってるから…』


そっと体を離した私たち。相変わらずヘリオの瞳は宝石のようにきれいな目をしていた。…いえ、この子はその褒められ方は嫌いでしたね。
執務室はいつの間にか見慣れない石造りの部屋に変わっていて、ヘリオも官服ではなく、妙な仕組みの服になっていた。けれどそんなのは関係ないのだ。たとえヘリオがどんな格好であれ、彼女であることに変わりなないのだから。

ヘリオの間の前に聳える、迷宮の宝物庫への扉に似た大きな扉に向き直るヘリオだが、どこか躊躇しているようにみえたので、その小さな背中をトンッと押した。


『止まらないで。振り返らず、真っ直ぐ前だけを見て歩いてください』


右足、左足。それを交互に繰り返していたヘリオはついに走り出した。
行かないでほしい。ずっと幸せな夢の中にいれたらどれほどよかったか。けど、そうすれば私たちは一生会えることはなくなる。何度後悔したことか。私があの時ヘリオにシンの捜索を頼まなければこんなことにはならなかった。けど、もう遅いのだ。私が何を嘆こうとも、起こってしまった事実は変えれない。

ヘリオの小さな体が、大きな扉の向こうに吸い込まれていった。それと同時に周りの風景が煙のように霧散し始める。あぁ、夢はこれまでですか。何とも言えない気持ちだけれど、それ以上に今の私は満たされていた。

ヘリオ、私は必ずあなたがこっちの世界に戻って来れる方法を見つけて見せます。なので、それまでどうか…


「どうか、生きて…」





「ジャーファル!」

「ッ!?は、え?」

「ずいぶん魘されてたみたいだけど、大丈夫か?」


勢いよく上半身を起こすと、脇に置いてあった椅子に腰かけるシンがいた。てゆーか、え…?上半身を起こすって…


「お前、執務室で倒れたんだぞ?いきなりだったからびっくりしたのなんの…」

「そう、ですか…」


倒れたのか、私…
政務官としてそれはどうなんだと思わなくもないが、私はなんとなく倒れた原因を知っている気がした。そう、それはきっとあの夢が…


「…大丈夫か?」

「まぁ、いたって平気ではありますが」

「そうじゃなくて」


そう言ってシンは自分の目元を人差し指でとん、とたたいた。それにつられて私も手を目元に当てる。


「み、ず…?」

「お前、泣いてたぞ」


そうか…私は泣いていたのか。この歳になって恥ずかしいとか、シンにからかわれるのではとか、そんな考えが一瞬脳を巡ったがシンの顔を見ればそれは杞憂だったらしい。だってシンが、私と出会った当初のような顔をしていたから。


「…ヘリオに、会ったんです」

「ヘリオ?でも、あの子はまだ…」

「わかってます。夢の中で、ですけど…それでもあの子は元気でしたよ。あの子は今異世界で、帰る手がかりを探している。知らない世界で一人で頑張っているんです」

「…そうだな」


ぐいっと袖で目元を拭う。私がこんな状態ではあの子に示しがつきませんから。ディメンシオンが元通りになって、再びヘリオと出会えた時にまで、涙は流さないようとっておきましょうか。


「さ、早く執務室に戻りますよ。まさかとは思いますけど、看病がてら仕事をさぼろうだなんて思ってませんよね?」

「え!?そそそそんなことないだろ?やだなジャーファルくんってば、あはははは!!」

「そうですか、それならよかったです。ではその書類を私に見せてくださいね」

「あー…………さらばッ!!」

「逃がすか!!」


逃走を試みたシンを縹で縛り上げ、引き摺りながら執務室へ続く廊下を歩く。シンがなんか言っていますが気のせいでしょう。ヘリオは嘘をつかないとてもいい子だと言うのにこの人は…


ヘリオのためにも、ディメンシオンの修復を急がないと。





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ヘリオちゃんがトリックタワーの幻影の部屋にいた時のジャーファルさん。幻影といいつつ実はジャーファルさんが見た夢とつながっていたよって言う。
そんな回です。




 
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