×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

修学旅行の夜




第四次試験の会場である絶海の孤島、ゼビル島。くじで引いたターゲットのプレートを奪い取る。自分とターゲットのプレートは3点、その他は1点、計6点を、ゼビル島の滞在期間内に集めること。それが試験の大まかな内容だ。僕が引いた番号は198番。誰だ。僕は知らないぞ。


ゼビル島に向かう船の縁に腰かけ、空を見上げる。憎たらしいくらいの晴天だ。上を向けば空の青。船の下は海の青。クルールはとても泳ぎが得意な一族だ。その海がたとえ極寒であろうが流れの速い激流だろうが溺れることはない。…まぁ、個人的な差はあると思うけれど。久しぶりに泳いでみたいなぁ。ゼビル島には川とかあるのだろうか。


「……おーい」

「はッ………なんでしょうか」

「なんでしょうかって…オレさっきからずっとあんたのこと呼んでたんだけど」

「…そうでしたか」


それは失礼しました。
そう言いつつも空を見上げることはやめない。声からして恐らくキルアくんだろうか。彼がむっとしたような気がして視線を向けると、案の定唇を尖らせて僕を見ていた。何をそんなに拗ねる要素があったのだろうか。


「僕に何かご用ですか?」

「……なかったら話しかけちゃいけねーのかよ」

「いえ、別にそう言うわけでは…」

「じゃあ降りてこいよ」


ばさばさと僕の隣に降りてきたカモメに手を伸ばすと、くるくる鳴きながら擦り寄って来た。かわいいなぁ。ひとしきり撫でたらカモメはきゅー、と鳴いて青い空に羽ばたいていった。それを見送った後にストン、と床に降りる。


「…動物、好きなの?」

「そうですね。彼らは嘘をつきませんから。こちらが真摯に語りかければ、応えてくれる。それに動物はどこまでも素直で真っ直ぐだから」

「なにちょっと卑屈になってんの?」

「…そう言うキルアくんは、動物好きですか?」

「…フツー」

「そう」

「ターゲット、誰だったわけ?」

「198番の方です」

「オレと一番違いか」

「そうなんですか。…198番、どなたか知ってます?」

「知らね」


沈黙が訪れる。今更なんだけど、キルアくんとこうやってお話したのは初めてな気がする。なんだかんだゴンと一緒だったし、しゃべったとしても一言や二言で大体終わる。…なら今この会話もあまり成立していないのではないでしょうか。シン様のようにはいかないらしい。


「キルアくんはどうしてハンター試験を受けようと思ったのですか?」

「え、今更?」

「なんだかんだ行動を共にした時間が少なかったので」

「…オレんちさ、暗殺稼業なんだよね」

「…暗、殺…?」

「そ。別にハンターになりたいわけじゃないけど、毎日毎日仕事でさぁ。もううんざりしたわけ。んで、自分の道は自分で決めようと思って、おふくろと兄貴刺して家おん出てやったのさ」

「…そうでしたか」


そう言えばジャーファルさんも元暗殺者だった。今でこそみんなが慕う政務官だが、当時彼は隔たりとかを感じなかったのだろうか。僕は感じた。奴隷が一国の王のしたで働くなど烏滸がましいと思った。でも、シン様はそんな僕を見透かしたようにいつも手を差し伸べてくれるから。
…きっと今のジャーファルさんがあるのは、彼のおかげでもあるのかもしれないと思った。
キルアくんの家事情はほんの片鱗しかわからないけれど、かつてのジャーファルさんのように、きっと彼も自分が信じた人の隣で世界を駆けるのだろうか。


「…驚かねぇのな。オレが暗殺者だって言っても」

「…僕の師も、元暗殺者でしたから」

「え、そうなの!?」

「昔の話らしいですよ。この話を出せば床を転げまわるレベルで悶絶するので詳しくは知りませんが」

「えぇ…」


どんだけ黒歴史なんだよ…
若干ドン引きしたように呟いたキルアくんに向き直る。青みがかった猫目が僕をきょとん、と見下ろした。


「…人は変われる。僕の師がそうであったように、僕自身もそうであったように。…手を引いてくれる人がいる限り、道は違えない。…あなたには、ぜひジャーファルさんに会ってほしいです」

「はぁ?」

「いえ…ただの独り言ですよ。聞き流してくれて構いません。…もうじき到着するみたいですよ。行きましょうか」


怪訝に僕を見つめるキルアくんに背を向けて船の入り口に向かう。島に橋が架けられ、2分ごとに一人ずつ降りていくようだ。そうなれば僕は結構最後の方ということで。


「19番の方、どうぞ!」

「…僕の番みたいですね。では…」

「ヘリオ、またね!」

「無理はするなよ」

「しっかりなー」

「…みなさんも頑張ってください」


ゆっくりと橋を渡り、ゼビル島に一歩踏み出す。今日から一週間のサバイバル生活だ。プレートはズボンの内側にピンでとめて隠してある。もし狙われたとしても身包みを剥がされない限りどうにでもなる。とりあえずまずは水場を探そう。船の前から駆けだした僕は深い森の中に足を踏み入れた。




歩き始めて数時間。ようやく僕が求めていた水場に辿りついた。広く大きな川は底も深そうで、少し遠くの方で水の落ちる音がすることから滝が近いのだとわかる。拠点は作るに越したことはないが、どちらの方がいいのだろうか。滝の近くにしようか。でも、水の音のせいで他の物音が聞こえなくなる可能性も出てくるから、避けた方がいいのかもしれない。

…ここにしよう。寝るときは木に登ればいいことだし、川に潜れば魚だって捕れる。それに背の高い木ばかりが生えているから登れば遠くも見通せることができるだろう。

もうじき日も暮れるし、それまでに食料を調達しないと。脱いだ靴とズボンを鞄に詰め込み、生い茂った草むらの陰に隠す。ゴンからかりた服はサイズが少し大きい。そのおかげででズボンを脱いでも下着は見えないから、激しく動きさえしなければ別段問題はないのだ。
かりものを濡らしてしまうのは忍びないが、さすがに全裸で泳ぐわけにはいかない。もし不意を突かれたらどうしようもないですから。
手頃な木の枝を拝借してその先端を縹で削る。即興の銛を片手に川に飛び込んだ。


水の中に入ってしまえば外界の音はほとんどシャットアウトされる。聞こえるのは自分が生み出す気泡と生物たちの泳ぐ音、呼吸する泡、滝が打ち付ける水音。飛び込んだ勢いを殺さずに水底まで潜る。川縁からじゃわからなかったけれど、そこまで潜れば案外たくさんいるものだ。視界の隅に魚の小さな群れを見つけ、そっと近付く。魚たちは岩に張り付いた苔を食べているみたいだ。そっと様子を窺いながら銛を構える。水がどういう動きで流れているのか感じながら銛を群れに向かって投げた。銛は3匹の魚を貫き、水底に突き刺さって止まった。他の魚たちは今の襲撃に驚いてどこかへ逃げてしまったが、3匹もいれば十分だろう。銛を抜き取り、水底を蹴って勢いよく水面に上がった。


「うわぁッ!!」

「!?」


同時になんとも間抜けな悲鳴も聞こえた。尻餅をついて驚いたように僕を見る良く見知った顔。キルアくんはハッと我に返ったのち、すごい剣幕で僕に詰め寄った。


「おまッ…!!バカか!!なんで早く上がってこねぇんだよ!!てっきり溺れたかと思ったじゃねぇか!!」

「えっと…すみません…?」

「疑問形にしてんじゃねーよ!!ったく…全然平気そうじゃん…」


心配して損した。
僕に聞こえないように言ったつもりなのかもしれないが、あいにくバッチリ聞こえてしまった。戦利品を川岸に置いて、キルアくんの前まで泳ぐ。


「キルアくん、ちょっと…」

「あ?んだよ…ぉわぁ!!」


ちょいちょい、と手招きをしてみれば案外あっさりと彼は屈んでくれた。少しだけ水を蹴って身をのりだし、彼の首裏に両腕を回した。そしてそのまま水中に引きずり込むと面白いくらいの大きな水柱が立ち上がったのだった。
全身濡れネズミになったキルアくんがのっそりと水面に顔を出す。


「………」

「………何しやがる」

「…ちょっとした出来心、ですかね」

「ふっざけんな!!お前のせいでずぶ濡れじゃねぇかよ!!」

「えい」

「ぶふッ……ッ〜、ヘリオーーーー!!!!」

「きゃッ!ちょ、ちょっと!!」

「悔しかったらやり返してみろよ!」

「くッ…言われなくとも!!」

「うわッ!や、やったなー!?」


ばっしゃんばっしゃん。バカみたいに川の中で水の掛け合いをする僕ら。キルアくんは始めこそ怒り心頭の顔をしていたけれど、いつの間にか面白そうにけらけらと笑っていた。それにつられて僕も、同じように笑うのだった。





「あーあ、ヘリオのせいでびしょびしょじゃん」

「そのわりにはずいぶん楽しそうでしたけれど…」

「まぁ、な…」


パチパチとなる焚き火の前に座り、濡れそぼった服を乾かしながら魚を焼く。結局ずいぶん長いこと水の掛け合いをしていたらしく、気付いた頃には周りは真っ暗だった。
ぷいっとそっぽを向くキルアくんだけど、耳はしっかりと赤く色付いている。こういう仕草が年下っぽくてとても微笑ましい。実際年下なのだけど。
…それより彼は気付いているのだろうか。今日初めて僕の名前を呼んだことに。


「こんなに夢中になって水のかけ合いしたの、初めてだぜ」

「実を言うと僕も。遊ぶだなんていつも二の次で、毎日毎日執務室にこもっていましたから。…あぁ、誘ってくれる方はいたんですよ?」

「執務室…?お前、学者か何かなの?」

「学者…ではないですね。僕はあくまで文官ですし、国政の片鱗を任されているとは言え、僕ができることはたかが知れていましたが」

「ふーん……お前も毎日仕事だったんだな」

「僕の場合好きでしていることなので。…少しでも師に恩返しがしたいから」


程よく焼けた魚を2本取り、そのうちの1本をキルアくんに渡す。それに手を合わせてから齧りついた。
…今頃、ジャーファルさんたちは何をしているのでしょうか。以前のように卑屈になったりはしないけれど、不安にはなってしまう。


「………」

「…もう1本いりますか?」

「もともと3本しかなかったんだろ?お前が食べろよ…」

「僕はもうお腹いっぱいですから。キルアくんはまだまだ育ちざかりなんですから、もっと食べないと」

「子ども扱いすんなよな!てゆーか、お前の方が背ぇ低いから説得力ねぇし」

「…ほっといてください」


…まぁ、なんだかんだ言ってちゃっかりもらっちゃうあたりキルアくんらしいですけど。彼は2匹目をぺろりと平らげると、ごろん、と地面に寝そべった。


「…ヘリオはいつまでここにいるつもりなんだ?」

「当分は。一応ここは僕の拠点ですからね。でも、夜明けとともにこの島を散策するつもりでいます」

「へぇ。…なら、夜明けまでオレもここにいよーっと」

「なぜ?」

「なぜって…べ、別にいいだろ!!ほら、さっさと火ぃ消せ!」

「…ふふ、はいはい」


生意気で強引で、でも実は優しくて友達想いなキルアくん。もっと早くあなたとこうしてお話ができていればと、少しばかり残念に思う僕がいたことに内心戸惑っていた。

そして翌日。僕が目が覚めた時にはキルアくんはもうすでにその場にいなかった。






 
(16|23)