振り上げた拳
第二次試験の課題は料理だった。謝肉宴の踊り子さんのような露出のメンチさん。とても体の大きなブハラさん。この2人が試験官だ。お題は豚を使った料理。ここの森ではグレイトスタンプっていう豚がいるらしく、それを捕まえて調理をしなければいけない。
…で、今はその豚がいるビスカ森林公園に来ているのだけれど…
「豚をつかまえて料理…一次試験より楽だなぁ」
「そうでしょうか…僕は豚を捕まえた皆さんがバカの一つ覚えのように丸焼きをしないか心配で心配で…」
「「「「…………」」」」
嫌味満載でそうぼやくと露骨に顔をそむける4人。…豚の丸焼きする気満々だったんですか、あなたたち。試験課題に料理が出されたからにはきっと何か意図があるはず。例えるなら、料理を通して創造性や独創性を見られるとか、そう言った類だと思う。運よく僕は謝肉宴で時たま調理担当をしたことがあるから、多少の料理はできるつもりだ。
「おい!こっち来てみろよ!おもしれぇぜ!」
「はい?」
キルアくんに言われるままついて行くと、ちょうどゴンが急斜面の坂を滑り降りているところだった。これは面白そうだ。キルアくんに続き僕も坂を滑り降りる。ぼーっと真横を向きながら滑っていると、唐突に後ろのレオリオさんが雄叫びをあげた。
「だぁあああああ!!こらヘリオ!!!前向け前!!」
「へ?」
驚いて振り返ると、すごく必死の形相で前方を指差された。何の気なしに前に向き直ると、視界いっぱいに銀色のもふもふが…
瞬間鼻に走る激痛。
「ぷぎゅッ」
「ぎゃぼふッ」
「がふッ」
「いってぇえええ!!!」
坂を滑り終えたゴンが退かないせいでその背中に次々と後ろから滑り降りてきた人たちの体重がかかる。完璧に二次災害だ。
「す、すみませんキルアくん!大丈夫ですか!?」
「だいじょばねぇよ痛ぇよ!おいゴン、何なんだよ!!」
「…いたよ」
至極冷静にゴンが呟いた。
「…幻覚でしょうか、骨食べてません?」
「…安心しろ、抓って痛かったからありゃ現実だ」
「まさか…肉食!?」
僕らの呟きに骨の周りをたむろしていた豚たちが一斉にこっちを向いた。
「ぶひぃいいいいいいいいいいいい!!!」
「ンアぁああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「ひゃッ…」
レオリオさんの奇声に一斉に走り出す。けれど僕は立ち上がる前に誰かに腰を引っ掴まれて肩に担がれた。リュックを背負ってる人はこのメンバーで1人しかいない。
「ゴン!?降ろしてください!僕は1人でも走れます!!」
「いや、なんかつい…」
「つい!?もう、降ろしてください!」
「でも、今降ろしたらヘリオ確実に食べられちゃうよ?」
「う……それは、勘弁…」
「でしょ?」
ついで担がれるこっちの身にもなってほしいものだ。でも確かに今降ろされるとたまったもんじゃない。はぁ、と溜め息をつくと後方を走るクラピカさんと目が合った。
「…(…気まずい)」
「……(ふい)」
逸らされてしまった。そりゃそうだろう。…早く謝りたいのだけれどなぁ。
ゴンに担がれて何もすることがないので、とりあえず縹を放ってみる。豚の鼻に当たった縹はおおよそ生物が出すようなものではない金属音を響かせて弾き飛ばされた。それを素早く回収して思考する。生き物というのはどこかしらに弱点はあるものだ。あの大きくて頑丈な鼻も、どこかの弱点をカバーするためにあるのではないのだろうか。
そんな思考の渦から僕を救い上げたのは、突然の浮遊感だった。
「へ!?」
「ヘリオ、仕留めるよ!!」
「ちょちょちょ…!!この、このまま!?」
「うん!!」
「うん、じゃなぁぁああああああッ!!!」
「生きて帰って来いよヘリオー!!!」
まさかの僕を担いだまま豚に向かうと言う暴挙を成したゴンは、僕もろとも案の定豚に吹き飛ばされた。レオリオさんの嬉しくない声援を聞いた気がするが気のせいだろう。食われちまえ。
尻餅をついた僕らに向かって突進してきた豚を僕とゴンは左右に避ける。木に激突した豚は一瞬体を震わせ、ゴンの方へ向き直った。が、さっきの振動で落ちてきたリンゴが額に当たった瞬間、情けない鳴き声を出して地に伏せた。雑魚過ぎて一瞬何が起こったかわからなかった。
「とりゃぁあああああ!!!」
そして追い打ちを掛けるかのようなゴンの追撃に思わず目を逸らす。あれは…痛い…
けれどこれでわかった。この豚たちは額が弱点だと。
「豚げっとー!」
「…それじゃ、ちょうどよく向こうからやって来たことですし、僕も…」
「手伝おうか?」
「結構です」
たん、と木の上に飛び乗ってタイミングを計る。豚が僕がいる木のすぐそばを通ろうとした瞬間、素早く木から飛び降り額に全体重を込めた蹴りを一発。悲痛な声を出して沈んだ豚に紐を巻き付け頬の汗を拭う。
「オッケーです。戻りましょうか」
「…お、おう」
…なんですかキルアくん、その微妙な反応は。心外なんですけど。
「…あんた、それ運べるわけ?」
「文官たるものこれくらい運べなくてどうしますか」
「…さいですか」
でもまぁ、運ぶと言うより引き摺るの方が正しいのですが。さすがに僕、豚を丸丸一頭担げるほど力ないし。
ずーるずーると豚を引き摺りながら会場に戻ると、すでに何人かの受験生がぐるぐると豚を回していた。あぁ、恐れていたことが起こってしまった…
僕はあの人たちみたいに丸焼きはしませんけどね。
謝肉宴での記憶を頼りに豚を捌く。はらわたとって、頭落として…。うわ、グロい…まだアバレウツボを三枚におろしていた方が全然マシだ…
メンチさんたちに持って行ったゴンやレオリオさんは…お子様ランチか何かでしょうか。ゴンに至ってはお花をたくさん飾って可愛いのですが、多分彼女が求めているのはそういうことじゃないと思います。
クラピカさんは…
「403番と同じレベル、か…」
「………」
…うん、僕は何も見ていません。
調理台の使い方はミトさんから伝授済みだ。少し手惑うことはあるけれど、謝肉宴通りにやれば問題はないはず。最後の野菜を少し飾って…
「…よし!」
「おぉー!ヘリオのおいしそう!!」
「シンドリア式謝肉宴料理です」
「まはらがーん…?」
「…あとで教えますね」
「うん!」
「ま、頑張れよー」
いってらっしゃーい!と景気よく送り出してくれたゴンとレオリオさん。僕はいそいそとお皿をメンチさんの元へ持って行った。
「お願いします」
「…見た目はまともだけど、404番みたいに見た目だけ重視したとかじゃないわよね?」
「大丈夫だと思います。……自信ないですけど」
「ふーん…」
ぐさり、と問答無用でフォークを突き刺したメンチさんは、そのまま料理を口に運んだ。相変わらず眉間に皺が寄ったままだけど…大丈夫だろうか…謝肉宴で料理を担当したこともあると言っても、それはあくまで南海生物が島にやって来た時だけなのだ。
ごくり、と飲み込んだメンチさんの反応を固唾を呑んで見守る。
「…変わった味付けね。あたしこういうの食べたことないかも…」
「僕の国のものです」
「ふーん…てゆーか味薄すぎ。本当に調味料入れたわけ?」
「(薄かったのか…入れ過ぎたと思ったんだけど…)」
そしてダメ出しのラッシュ。も…やめて…心が折れる…
涙ながらにそれらを聞いていると、彼女の雰囲気が少し和らいだ。
「でもま、この中じゃあんたが及第点ってとこかしら」
「…へ、」
「かーなーりのおまけで合格よ。独特の風味、気に入ったわ。次はもっと精進しなさいよね」
「あ、はい…!」
「んー、うまぁーい!!」
がっつくブハラさんをよそに僕は未だ夢でも見ているような心地で自分の調理台に戻って来た。途端にわらわらと僕の周りにゴンたちが集まってくる。
「どうだった!?」
「何言ってんだよ、ゴン。俺たちが落とされたんだぜ?こいつも不合格に決まって…」
「合格…いただきました…」
「「「「……え!?」」」」
「及第点ですが…」
「嘘だろ、合格ぅう!!?」
ざっと全員の視線が僕に向けられた。が、そんなもので怯む僕ではない。僕は合格云々より、シンドリアの味が美食ハンターの彼女に認めてもらえたことが、何よりも嬉しかった。
「やったね、ヘリオ!」
「は、はい…!」
「んー、ボクもうおなかいっぱいー」
「あたしもおなかいっぱいー。てゆーか406番の食べた後にまっずいの食べたくないわ。てなわけで、しゅーりょー。合格者は一人ねー」
無情にも響き渡ったメンチさんの声に一同騒然。もちろん僕も唖然。
「おいおい、なんでだよ!!こんな小娘が合格とか納得できねぇよ!!」
ぽかんとしていると隣の調理台にいた男性が僕を見下したように睨み付けながらメンチさんに文句を言っていた。こういうのはどこの世界にもいるものだ。恥ずかしくないのだろうか。
「そうだぜ!散々俺たちを落としといて、そりゃないんじゃねぇの?」
「合格者1人とか、本気かよ…!」
…なんか、逆に申し訳なくなってくるんだけど…僕にどうしろというのだろうか。
口々に文句をつける受験者たちをぼうっと見ていると、不意に勢いよく胸倉を掴まれた。高く持ち上げられたせいで足は宙に浮き宙ぶらりん状態。
「ぐッ…」
「納得いかねぇなぁ…!」
「ヘリオ!」
駆けだしそうなゴンたちを手で制して僕の胸倉を掴みあげる男性を見る。確か…トンパさんがトードーさんと言っていた気がする。
「こんな小娘ごときが合格するなんざ、おれは絶対に認めねぇ!!」
「…ハッ」
「なんだ、てめぇ…!」
「見苦しい。試験官の課題に対して大した創作もしないくせによくもまぁ合格云々と言いましたね。正直僕だって彼女に食べてもらえるかって言うこと自体不安だったのに知ったような口を利かないでもらえますか。しかもダメ出しラッシュですよわかります?それでも彼女は及第点ですが認めてくれたんです。それをあなたが僕にどうこう言う筋合いはない!!」
全部言い切った直後、左の頬にとんでもない衝撃が走った。体は地面に叩きつけられ、背中を強打する。一瞬呼吸ができなくなったけれど、何とか上半身だけ起き上がって咳き込んだ。
「ごほッごほッ…ぅッ…」
「ふざけんじゃねぇ!!てめぇもう一回言ってみろ!!」
トードーさんが僕に向かって拳を振り上げた。その姿が僕に鞭打つ貴族にひどく類似して…
全身が金縛りにあったように硬直して、僕は振り下ろされる拳をただ茫然と見ていた。
「ッ…!」
迫りくる拳に身を硬くした時、僕にぶち当たるよりも先に大きな手がトードーさんを吹っ飛ばした。
きょとん、とその光景に瞠目していると、背後からブハラさんがひょっこりと顔を出した。
「大丈夫?」
「あ…はい…ありがとうございます…」
「ヘリオッ!!」
ずざぁあッとすごい勢いでゴンとレオリオさんがやって来た。
「いろいろ無茶苦茶だよ…!まったく、オレびっくりしたんだから…」
「ったく、あいつ女子供相手に顔面殴るかよ!!ちょっと滲みるぞ」
「いっつ…!」
テキパキと僕の頬を手当てしていくレオリオさんの顔は険しい。ゴンもまた然り、見たことないような目でトードーさんを見つめていた。ふと下を向くとトードーさんに胸倉を掴まれたまま殴られたからか、服が盛大に破けている。官服じゃなくてその下に着ている方だったから少しほっとした。
「うわわッ、ヘリオ服ッ…服!!」
「…破けたみたいですね」
「何ほのぼの言ってんだよ!!結構盛大に裂けてんじゃねぇか…着替えは?」
「あるのはあるんですが…」
羽織れるものは持っていなかった気が…。顔を赤くして目を逸らすゴンたちを横目に一応鞄を漁ってみる。うーん、やっぱりないですね。どうしましょうか。
「…着ておけ」
「あ…ありがとうございます…」
クラピカさんが赤い上着をかしてくれた。お言葉に甘えて羽織らせてもらおう。
「…何手ぇ出してんのよ」
地を這うような声にびくり、と肩を揺らした。こつり、こつりとメンチさんが包丁を構えて階段を下りてくる。
「あたしは豚を使った料理で”おいしい”って言わせろって言ったのよ。この子の料理はとんでもなく味が薄かったけど、それでもあんたらが持って来たものより断然マシだわ。だから合格にしたの。それなのに何?結果が気に入らないからってやつあたり?お門違いもいいところね。
…言っとくけど、あたしらだって食材探して猛獣の巣に入ることも珍しくないのよ?」
4本の包丁を器用にジャグリングしながら話すメンチさんは、片手でそれらを受け止めると僕たち受験生に刃先を向けた。てゆーか、あんなにたくさん刃物振り回してよく怪我をしなかったな、あの人…
注意力も未知のものに挑戦する概がないくせにハンターになる資格はない、と言い切られた受験生一同は静かに俯く。あんな大口叩いた僕だけれど、多分この言葉はぼくにも言われているんだと思う。
沈黙がこの場を支配した時、どこからともなく老人の声が響き渡った。そして空を飛ぶ丸いものから勢いよく降って来た何かは、轟音をとどろかせながら地面に着地する。砂埃がおさまり、そこから現れた老人を見て誰かが”ハンター協会の会長”と言った。は、ハンターって協会とかあったんですね。初めて知りました。
ハンター協会の会長、もといネテロさんはメンチさんに受験者の中に気概がない者しかいなかったのかと問うた。それをメンチさんは否定する。受験生に美食ハンターを軽んじる発言をされ、カッとなって必要以上の厳しい審査になってしまったと。彼女を庇うわけではないが、何となく彼女の気持ちはわかる。もし僕だって文官の仕事をバカにされたのなら、きっとそいつを赦しはしない。その職に就いている人は誰だって誇りを持っているのだ。それを軽んじる発言はプロへの冒涜であると僕は思う。
結局、ネテロさんの発案で試験のやり直しをすることになった僕らは、丸い空を飛ぶもの(飛行船、というらしい)に乗ってマフタツ山という所に向かった。
*****
「これ、ありがとうございました。クラピカさん」
「気にすることはないのだよ」
飛行船の中で中着を着替えた僕はかりた上着を持ち主に返す。あれ以来少し気まずかったけれど、彼も何も言わず受け答えしてくれていることにひどく安心した。内心で何を思っているかはわからないけれど、それでも彼との間に亀裂を残すのは僕は嫌だ。
「あの、クラピカさん…」
「ん?」
「…一次試験の時、知ったような口をきいて申し訳ありませんでした」
手を組んで地面に膝をつける。この数時間ですっかり癖になってしまったそれはシンドリアでの王に頭を垂れるもの。僕自身の謝罪の気持ちをめいいっぱい詰め込んだそれにわたわたと慌てだすクラピカさんは、どうにか僕を立たせようと腕を引いた。
「そ、そんなことしなくてもいい!!君が膝をつくようなことではないのだよ!!」
「ですが…」
「私もついカッとなってしまった…怒鳴るようなことをしてすまなかった。ヘリオもなにかしらの事情があってあんなことを言ったのだろう?」
「……いえ、僕は…」
「…なんとなくわかるんだ。君の一族にも何かあったのではと。君が瞳のことを言われる度に隠すように目を伏せることだって」
「ッ…気付いて…」
「きっと私たちは、良くも悪くも似ているのだろうな」
僕がクラピカさんに似ているだなんて烏滸がましいにもほどがある。僕は彼ほど優しくはないし、他人のことなんて考えちゃいない。自分のためなら平気で他人を知らんふりするようなずるい人間にそんな言葉をかけてもらえるほど僕は偉くもなんともないのだ。
「ヘリオー、クラピカー。早くおいでよー!」
「…行くか」
「そうですね」
マフタツ山にやって来た僕たちは、目の前に聳える断崖絶壁を見下ろした。覗き込んだ瞬間に吹き上がった風が髪を巻き上げる。谷の深いところに複雑に張られてある糸はクモワシという生物の巣なのだそうで。クモワシは天敵から身を守るために深いたのに間に巣をつくり、卵を産むらしい。そもそもあんなとこにどうやって卵を産み落としたと言うのだろうか。
クモワシはあんなところに卵を産むから、世界で最も入手困難とされ、幻の卵と言われているそうだ。
「あの、あれはどうやってとるのですか?」
「これから実演して見せるから、目ん玉かっ開いてよぉーく見てなさい」
言うが早いか、メンチさんは躊躇するそぶりもなく谷間に飛び降りた。ぞっと心臓が縮み上がる感覚がして崖から身を乗り出す。その際手が滑って落っこちそうになったけれど、両脇からゴンとキルアくんが血相を変えて支えてくれた。
糸に掴まって様子を見ていたメンチさんは不意に手を離す。卵をとり、谷間の霧で見えたくなった頃、谷底から吹き上がる突風にのって僕たちがいる地上に戻って来た。
「はい。これでゆで卵を作るのよ」
「すごい…」
そして予想以上に卵が大きかった。なんだこれ、とても楽しそう。
「やり直しと言えど、406番は一応合格しているんだけど。どうする?」
「…ぜひやらせてください。メンチさんが体を張ってとって来た物を僕も食べてみたいですから」
「そう言うと思った!よし、行ってこい!!」
「う、わッ…」
どーん!と勢いよく押されつんのめった僕はキルアくんの背中に鼻を強打した。心底迷惑そうに振り返ってきた彼の顔は一生忘れない。
「行くぜヘリオー!!」
「ちょッ…!」
「それぇー!!」
両腕をレオリオさんとゴンに引っ張られたまま谷間へ飛び降りたため心底寿命が縮んだ気がした。風の抵抗で捲れ上がりそうなスカートを何とか抑えてクモワシの糸に掴まる。次々と落ちてきた受験者たちに比例して糸がぐんッと下に下がる。
「へへ、お先に!」
欲に駆られ1人が手を離した。俺たちも、と同じように手を離そうとしたレオリオさんをゴンが制する。
「風は常に吹いているわけじゃないからな」
悲鳴を上げながら谷底へと落ちて行った受験者を見る。僕の金属器があれば助けられないこともないが、僕に対して悪口を言うような人間を助けるほどお人好しじゃないんだ。これでも豚の料理の時のことは根に持っているんですよ。
「その風はいつ吹くんだよ!」
「待って」
ゴンが目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。時折鼻がピクピクするのがちょっとかわいいとか思わないでもないが、そんなことを思っている間にも糸は大人数の受験者の重みに耐えきれずに、徐々にブチブチと千切れていく。
「ゴン、まだ?」
「そろそろ危ないですけれど…」
「くそッ…風なんて待っていられるか!!」
そうしてまた数人が無謀にも谷底へ落ちて行った。もう少し待っていたのなら助かったかもしれないと言うのに。
「今だ!!」
あと少しで切れる、という時にゴンが高らかに叫んだ。サッと糸から手を離してクモワシの卵をとる。瞬間吹き上げてきた風は僕らの体を地上に向かって勢いよく巻き上げた。
「ヘリオスカート!!スカートぉおおおおお!!!!」
「わかってます!!」
「わかってますじゃねぇよ見えてんだよッ!!!」
「目を閉じろッ!!!」
手早く縹の紐を卵に巻き付け、両手で今にも全部めくれ上がりそうなスカートを押さえつける。周りに下着を晒すことは無事に回避できたけれど、ずいぶん変な体制での帰還になってしまったなぁ…
「なんで下にズボンはかなかったの!?オレ家出る前に言ったよね!?ねぇヘリオ!!」
「きゃあああああああああ!!!!」
「おまぁ!!!何やってんだよ!!!」
「ゴルぁガキぃいいい!!!」
「いっでぇえええええ!!」
何を思ったか勢いよく僕のスカートをまくり上げたゴンはメンチさんから拳骨という名の制裁を受けていた。ゴンに迫る彼女はまるで般若…
「なぁにどさくさに紛れてまくり上げてんだゴラぁ!!男はなぁ、女子の全裸はおろか下着さえ見ようものならどんな制裁を加えたって許されるんだぞア゛ァ゛ン!?」
「ゴメンナサイ」
ガクガクとメンチさんに揺すられるゴンが少し不憫に思えた。思えただけで助ける気は微塵もありませんけど。
…とまぁこんなハプニングもありつつ食べた卵は頬が落ちそうなくらいおいしかった。トードーさんはちゃんと僕に殴ったことを謝罪してくれた。
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ヘリオちゃんは時たま卑屈になります。
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