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白昼夢にしずむ




第三次試験会場に向かうべく飛行船に乗り込んだ僕ら。会場には次の日の午前8時に到着するらしく、それまで各自自由に行動してもいいのだそうだ。食堂やシャワー室もあるみたいで、好きに利用してもいいとのこと。


「よし、ゴン!飛行船の中探検しようぜ!!」

「うん!ヘリオも行こうよ!!」

「僕は遠慮しときます。もう官服を破きたくはないので、着替えがてらシャワーでも浴びようかと」

「そっか…」

「ゴン、ほっとけよ。女はいろいろメンドくさいんだぜ」

「…余計なお世話です」


颯爽と去っていた彼らを見送り荷物をまとめる。確かこの通路を出て左…だったか。ご丁寧に案内板まで設置してくれているそれにしたがって進む。ようやく見つけたシャワー室はさっきの部屋より結構な距離があった。女性用のシャワー室まで完備してくれているなんて設備は上々ですね。武器を鞄の中に仕舞い、官服を脱ぎ脱衣所の脇に置いてある洗濯機に放り込み、ミトさんに教えてもらった通りのやり方でボタンを押した。僕もずいぶんこの世界に慣れたものだ。着替えとタオルを用意して靴を脱ぐ。その際に足首の皮の足飾りに目が行き、思わずフリーズするものの首を振ってそれをとった。


「…はぁ、案外消えないものですね」





「くぉらぁあ坊主!!厨房に入って来るんじゃねぇ!!食堂で食え食堂で!!」


ぺいっと厨房から追い出されたオレとキルアは、引っ掴まれていた首根っこを擦りながら戦利品の肉を頬張った。うん、おいしい。


「ちぇ、ちょっとくらいいいじゃねぇか」

「つまみ食いするからこそおいしいものもあるのにね」

「全くだぜ!」


もちゃもちゃと肉を齧りながら廊下を歩く。次の試験まで時間があうからか、飛行船の中は案外閑散としていた。厨房の人たちは忙しなく動いているみたいだけど。きっと大半が与えられた部屋で寝ているのかもしれない。


「うわ、すっげぇ!おいゴン!来て見ろよ!!」

「えッ、何々?わぁー!!」


飛行船の窓から下をのぞくと街の光がきらびやかに瞬いている。普段は全然気づかないけれど、こうやって遠いところから見て見ると全然見方が変わってくる。というのもオレはこういった光景をあまり見たことはない。なぜならくじら島の人たちは早くに眠ってしまうから、このくらいの時間でも家の電気が消えていることの方が多い。


「宝石みたいだね!!」

「うん!」

「…あ」

「…?どうかしたか?」

「いや、その…」


宝石みたい、で思い出した。それは以前オレがヘリオに言った言葉で、それを聞いた彼女が心底嫌そうに顔を歪めていたころをよく覚えている。思いっきり顔面叩かれたっけ。痛かったなぁ、あれは…


「…女の子ってさ、難しいよね」

「はぁ?何言ってんだよ急に」

「前にさ、ヘリオに”ヘリオの目は宝石箱みたいだね”って言ったんだ。そしたら…」

「ちょちょちょちょお!!ちょっと待て!!はッ!?お前あいつにそんなこと言ったわけ!?」

「え?言ったよ?」

「なんつーこっ恥ずかしいこと言ってんだよお前!!そんな…うわぁ、鳥肌立ってきた」

「だって本当だもん」


ヘリオの目は薄い紫色をしている。けれどふと見た瞬間には別の色をしている時がある。例えば赤。例えば黄色。緑。青。白。ピンク色。見るたびに色を変えるヘリオの瞳は吸い込まれそうでずっと見ていられる。この世にないたくさんの宝石が詰め込まれた宝石箱だと思った。


「…まぁ、確かにきれいだなとは思ったけどよ…」

「でしょー?…でもさ、ヘリオすんごい嫌そうな顔したんだよね」


今でもよく覚えている。オレなりの精一杯の褒め言葉だったのに、バカじゃないの?と言いたげに露骨に顔を歪めた上に顔面への攻撃。うーん…と頭を悩ませているとぽつり、とキルアがこぼした。


「…なんかあったんじゃねぇの?」

「多分そうなんだと思う。ヘリオがオレに何かを隠していることは知ってるけど、それを模索しようとは思わないよ」

「気にならないのか?」

「そりゃあ気になるよ。でもさ、オレ、いつかヘリオが自分で言ってくれるって信じてるから」

「ふーん…」


それからキルアとは他愛もないはなしをたくさんした。親はどんな人だとか、キルアが殺人鬼だって話とか。キルアはハンター試験に合格したら、まずは自分の家族全員とっ捕まえたいんだって。思わず苦笑したけど、面白かったからいっか!





*****



『ぅああッ…!』


目の前の奴隷の背中に一振りの鞭が叩き込まれた。男は下卑た笑いを響かせながら何度も何度も鞭を振るう。だんだん奴隷の声はしなくなり、ついにはピクリとも動かなくなった。それが余計周りにいた奴隷の恐怖を掻きたてる。一人の女性にしがみ付き、ガタガタと全身を震わせる少女を見つけた男はいやらしく笑い、ゆっくりと歩み始める。


『おいで、ヘリオ』

『ッ……い、や……』

『さぁ、早く…』

『いやッ…!!』


ぴたり、と男は歩みを止めた。その顔はおおよそ常人がするようなものではなく、ぐしゃり、と顔を歪めた瞬間少女の足に繋がれている鎖を引いた。


『言うことを聞けッ!!』

『いやああああああッ!!!!』

『ヘリオ…!!』


女性から引きはなされ、引き摺られるように男の元に連れて行かれた少女はその小さな体にたくさんの暴力を受けた。殴られ蹴られ、時たま切りつけられる少女を助けようと身を乗り出す女性を周りの奴隷が押さえる。奴隷の意図を察した女性は、ただただ唇を噛み締めてその光景を見ていた。


『奴隷の分際でッ!!この私に生かされている身でッ!!!』

『ご、ごめんなさいッ…ごめんなさいッ…ごめんなさい…!!!』

『お前の眼さえなければ死んでいることを忘れるなッ!!!』

『ごめ、なさ…ごめな、さい…ッい、あぁああああああああああ!!!!』





「……ッ!!」


勢いよく跳ね起きたヘリオは叫びそうになった口を押えた。ばくばくと激しく脈打つ心臓がすぐ耳の近くでなっている気がして…。乱れた呼吸を落ち着けるように深く息を吸い、吐いた。全身を流れる冷や汗がひどく気持ち悪く感じ、数時間前にシャワーを浴びたばかりだと言うのに、この状態じゃ意味はなかったようだと溜め息を吐いた。
そっと周囲を窺うも、誰も起きた気配はない。それに心底安堵した。

かつての悪夢であったあの光景は、忘れようとしているヘリオに見せつけるかのように夢に見る。まるで、決して忘れるな、と、当時の飼い主であったあの男が言っているみたいで。

…とても、不快だ。

いつもなら怖くて、自らの師であるジャーファルの寝台に潜り込んでいたヘリオだったが、今ここに彼はいない。彼女自身でどうにかしないといけないのだ。
カタカタと小さく震える自身の手をもう片方の手で押さえつける。けれど一向に止まりやしないその震えは逆にひどくなっていくばかりで、落ち着かせようとジャーファルに教わったおまじないを紡いだ。。


「…南の向こうに星一つ、そのまた向こうに星八つ…南の向こうに星一つ、そのまた向こうに…」

「ヘリオ…?」

「ひッ…!!」


唐突にかけられた声にヘリオは勢いよく振り返る。そこには眠そうに目を擦るクラピカがいて、こてん、と首を傾げていた。けれど、今の彼女にはそれさえ恐怖の対象でしかなく、ゆっくりと後ずさった。


「…どうした、何があった?」

「ッ――い、や……」

「落ち着け!しっかりするんだ!」

「やだぁあああああああ!!!」

「ヘリオッ!!」


突然叫びをあげたヘリオを咄嗟に抱きしめた。その部屋にいた者の大半はその声に驚いて飛び起きたようで、それはクラピカの隣で寝こけていたレオリオも例外ではない。ぎょっとしたクラピカは慌てて部屋を見渡した。


「な、なんだぁ!?もう着いたって言うのか?」

「!レオリオ…」

「へ?」

「(周りが起きてしまった…)…すまない、なんでもないんだ。起こして悪かったな」

「…お、おう…」


毛布ごとヘリオを抱き上げたクラピカはレオリオに一言を入れ、騒がしくなり始めた部屋を気付かれないように出たのだった。





「ッ…ひ…」

「…大丈夫、大丈夫だ」


クラピカは飛行船内で比較的人気の少ない奥詰まった廊下にいた。今だ小刻みに震えるヘリオを胡坐の上に乗せ、ゆっくりと背中を擦りながら思考を馳せた。

彼自身、ヘリオの過去に何かしらが起きていたことはなんとなく察していた。それは時たま見せるヘリオの宝石のような目の奥に潜むドス黒い何か。短い付き合いだが、それなりに苦楽を共にしてきたし、ヘリオという人間の性格も大体は把握しているつもりだ。けれど、それでも根本は解決しないのだろう。


「……落ち着いたか?」

「……うん」

「そうか」

「……見苦しいところをお見せしました」

「いや、構わないのだよ」


すっかり元の調子なヘリオにクラピカは内心ほっとした。けれど、彼女の背中を叩く手は止めず、愚図る子供を慰めるように体を前後に揺らした。


「……僕、赤ん坊ではないのですが」

「どうせ誰も見てやしないさ。年下は年下らしく、年上に甘えとけ」

「………」


ずいぶん不服そうだ。ぷーっと膨らんだ頬を指で押すと、ふしゅっと間抜けな音が出た。それにクラピカが笑い、ヘリオが機嫌を損ねて頬を膨らませ…ただの悪循環である。
ふとクラピカが真面目な表情をつくり、ヘリオの顔を覗き込んだ。


「…単刀直入に聞く。お前の過去に一体何があったんだ?」

「……」

「お前のあの様子から、過去に何かしらのトラウマが植えつけられていることは明白だ。たとえ悪夢を見たとしてもあそこまで取り乱すことはしない」

「、………」


トラウマを掘り返してしまうようで申し訳なく感じたが、それでもクラピカは知りたいと思った。彼自身、クルタ族のことをレオリオに打ち明けたことで少し肩の荷が下りたことは自覚している。だから、この小さな少女が背負うものを共有できたらとクラピカは思った。


「……言いたくなかったらいい。無理強いはしない」


沈黙を続けるヘリオに小さく息を吐いた時だった。


「……かつて、僕は奴隷でした…」

「…え…?」


自分の予想の斜め上を行ったヘリオの言葉に耳を疑った。この少女は一体何と言ったのだろうか。動揺するクラピカをよそにヘリオは続ける。


「僕の一族、クルールは、世界の北の果てに位置する”アイルト”という大陸に住む少数一族でした。言葉通りとても人数の少ない一族で、極北にある大陸だから食べるものや海でとれるものも限られていた。それでも僕らは毎日が楽しかった」


けれど、突然見知らぬ船がアイルトにやって来た。彼らは漂流者だったらしい。海で漂流する恐ろしさは一族全員が知っている。ましてや極寒の地だからなおさら。だから族長は快く彼らを迎えたんだ。
彼らは一族の知らないことをたくさん知っていた。たくさん持っていた。それらの知識は僕たちにとってとても貴重で、いろんなことを教えてくれる彼らはあっという間に一族と馴染んだ。

…けれど。


「……ッ、」

「…無理するな」

「いえ…大丈夫です…話せます」


一度深く深呼吸したヘリオは、またぽつりぽつりと話し始めた。


ある日、集落にたくさんの人間が押し寄せてきた。島に入り込んだやつが手引きしたんだ。やつらは一族を一人残らず拘束し、船の地下に放り込み、それだけじゃ飽きたらず、金目になるものを全て強奪していった。彼らは奴隷狩りだった。見せしめとして族長は殺され、大人しくするしかなかった僕らは船底で身を寄せるように震えていた。変な薬を撒かれ、意識が朦朧として、そして…

次に目が覚めたときは、眩しい照明と欲に目がくらむ人間達がひしめく奴隷市の広い舞台の上だった。むせ返るような熱気の中、手足につけられた冷たくて重い枷だけが、これは夢ではないのだと突きつけてきた。


「以前、ゴンが僕の目を見て”宝石箱”と言ったのを覚えてますか?」

「あ、あぁ…覚えている」

「……僕の目を、よく見てください」


言われたとおりにクラピカはヘリオの目を見つめた。薄い紫色をした瞳。不意にヘリオが小さく首を傾けた。するとさっきまで薄紫をしていた瞳が、新緑のような淡い緑色に変化する。さらに首を傾げる。今度は深海を映したような深い青。ゴンの例え通り、宝石箱のようだと思った瞬間、全てを悟った。気付いてしまった。ヘリオがなぜ自分の目を”宝石箱”と言われることを嫌うのか。


「まさか…」

「一族が奴隷狩りにあった理由…それがこの眼。あいつらは最初から族長の優しい心に付け込んで、僕らを奴隷商人に売り飛ばすつもりでいたんです。クルールの瞳は光の加減や見る角度で多彩に色を変える。けれどそれはクルールが生きている間だけ。クルールが死ねばその輝きは消え失せることから”生ける宝石”と呼ばれるようになりました。もともと少数だったクルールは希少視され、大変高い値がつけられる。クルールを手元に置けば一生分の幸福がもたらされるだなんて噂も広がりました。バカみたいですよね。僕たちにそんな力があるわけないのに…」


当然ながら僕も見ず知らずの貴族に売り飛ばされましたよ。そいつは僕をあくまで観賞用奴隷として購入したのだろうけど、もともとそいつ自信の性格はクソみたいに悪かった。何人もの奴隷を買っては気に入らない奴隷を死ぬまでいたぶるとんだ下衆野郎です。僕の場合皮肉にもこの眼のおかげで殺されることはありませんでしたが、それでも暴力はなくなることはなかった。


ヘリオは徐に自分の足首に手を伸ばした。出会った当初からつけている皮の足飾り。それを取り払った瞬間見えたものにクラピカは絶句した。
足首を覆うように赤黒く残る痣。それは長年枷をつけられていたことによってできる、もはや刻印のようなものだった。ヘリオが自分の目を”呪われた眼”と言った意味がようやく分かった。


「…でもまぁ、僕にも転機がやって来たわけで、今こうして僕はここにいます」

「…そう、だったのか」

「だからって同情しないでくださいね。奴隷として過ごした間は言葉じゃ言い表せないくらい惨めで残酷でしたけれど…代わりに大切なものができたんです。大切で大好きで、僕を絶望の底から掬い上げてくれた尊い人たち。彼らのおかげで、今の僕があるのです。だから、僕は彼らを裏切らないためにも、絶対に帰らねばなりません」


これが、僕の全てとハンター試験の志望動機です。


クラピカは、どこか遠くを見つめるヘリオが帰ろうとしている場所に、なんとなく気付いてしまったのだった。





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聞いたことのない大陸の名前や奴隷制度などに博識なクラピカ氏は、ヘリオちゃんがどこからやってきたのか、彼女の正体がどういったものかをこれで薄々察しました。もともと彼自身不思議な言動をするヘリオに違和感を抱いていたものの、それはゴンくんと一緒にいたことから気のせいだと思い込んでました。
本当はヘリオちゃんの過去の話を一番初めに聞くのはゴンの予定だったのですが、どうしてこうなったのやら…

書きたい事を書きたいだけ詰め込んだら悲惨なことになってしまった。

クラピカ氏寄りっぽくなってきましたが別にそんなことはないです。多分…


 
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