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きっと見る夢




ゴンの家にお世話になり始めて今日で2週間がたった。行くあてのない僕をミトさんは快く受け入れてくれて、あまつさえ必要最低限のものまで取り揃えてくれた。部屋を用意してくれるとまで言ってくれたのだが、さすがにそれはとても申し訳なかったので寝る間だけゴンの部屋の床を借りていた。硬い床で寝るだなんて、12歳までは当たり前だったから今更どうってことない。ミトさんは最後まで反対していたけれど、僕が頑なに拒んだからか彼女の方が先に折れた。

初めはこの世界の見たことのない文字や物に戸惑っていたけれど、ミトさんやゴン、そして彼女の祖母にいろいろ教えてもらい、今では普通に本を読んだり、日常を過ごすにあたって支障をきたさないレベルにまでなっていた。ジャーファルさんのおかげで物覚えはいい方だと自負している。大体の家電の使い方もバッチリだ。
シャワーを知らないと言った時の彼らの驚きようは今でもよく覚えている。


「ヘリオ、おはよう」

「おはようございます、ミトさん…」


ゴンの部屋から居間へと降りていくと、ミトさんが台所で食器を洗っていた。ゴンはすでに部屋にいなかったから、今日も沼の主とやらを釣りに行ったんだろう。僕も彼の手伝いを申し出た身。早く行こう。


「ごちそうさま、ミトさん。とてもおいしかったです」

「そう。それはよかったわ」


食べた食器を台所に持って行くと、ミトさんがふんわりと笑った。それがあの人と一瞬重なって見えて、思わず目を瞬かせた。


「?どうかした?」

「あ…いえ、なんでも、ないです」

「そう…。…ヘリオは、ハンターになりたい?」


突然の質問に首を傾げた。そりゃあ帰るためにはハンターの資格があった方がいいに決まっている。その試験がどんな危機で過酷かはわからないけれど、やっぱり僕はジャーファルさんがいる世界に帰りたい。だって、そこが僕の居場所だから。
それを全て含み、僕は小さく頷いた。


「…私はあまりなってほしくはない。もちろんゴンにも。ハンターは本当に危険な仕事だから。でも…あの子の夢を応援したいって言う気持ちもあるし、ヘリオもちゃんと帰れたらいいなと思う」

「ミトさん…」

「ヘリオ」


キュッと蛇口を閉めたミトさんは水にぬれた手を拭いて僕に向き直った。変な緊張感が体を駆け抜け、すっと背筋を伸ばす。


「こんなこと、ヘリオにお願いするのも変な話だけど…もしゴンが沼の主を釣り上げたら…その時は、あの子を支えてやってくれないかしら」


ここはとても温かい。温かすぎて、時々僕自身がわからなくなる時がある。シンドリアにいたときと違ったぬくもりに、初めて触れた”家族”という温かさにジャーファルさんの優しさを忘れてしまいそうで怖かった。
ぎゅっと官服の袖に隠してある縹を握りしめる。…大丈夫これがある限り僕は僕だ。


「…僕ではきっと彼を支えることはできない。彼は僕たちが思ってる以上に遠くを見ているから。でも、一緒にいることはできる。こんな僕でいいのなら、ゴンの力になりたい…です…」

「…うん、よろしくね」


そっと頭に乗せられたミトさんの手。ジャーファルさんより小さなそれは、同じように温かくて優しかった。





*****



いつもの沼に行くと、大木の上でゴンが釣り竿を握りしめて沼を睨んでいた。葉っぱを頭からたくさん被って、カモフラージュのつもりだろうか。ゴンらしくて思わず笑ってしまった。


「…ッ、きた!!きたきたきた…きたぁあああああああ!!!!!!」

「!!」


突然叫び声をおあげたゴンは竿を大きく引いた。太い幹を一周して全体重をかける。不意にゴンの体が前のめりに倒れそうになり、僕は思わず地を蹴って大木を駆けあがり、後ろからゴンの体を支えた。


「う、わ…!」

「ヘリオ!」

「僕も、手伝う…!」

「ありがとう!」


2人して踏ん張るものの、主の力はとんでもなく強い。何回か南海生物を相手にしている僕でさえも引き込まれそうなほどの力に多少なりとも驚いたけれど…こんなの、僕の敵じゃない。チャキッと片手で縹を構えたとき、ゴンから制止の声がかかった。


「ダメだよヘリオ!それは使っちゃダメだ!」

「で、でもゴン、このままじゃ…」

「オレに考えがあるんだ!ヘリオはこのまま竿を離さないで!」

「ッ…わかりました!」


言われたとおりギュッと竿を握りしめる。するとゴンは素早く僕の背中に回り込み、僕を抱えるように竿を引いた。


「ぐぅ…ッ!!」

「飛ぶよ、ヘリオ!!」

「え!?飛ぶって…あッ!!」


ゴンは、何を思ったか僕の腰に腕を回し、そのまま大木から飛び降りた。突然の浮遊感に息を呑むけれど、次の瞬間沼から姿を現した大きな魚に僕たちは揃って歓喜の声を出したのだった。





「でっけぇなぁー!!」

「これが沼の主かー」


ビチビチとばたつく沼の主を、島の人たちが囲い口々に感嘆の声を漏らす。その傍らで得意げに胸を張るゴンに僕までもが嬉しくなった。


「お嬢ちゃんも一緒に引き上げたんだってな!」

「え?」

「こんな細っこいのにやるじゃねーか!なんたって主だからよ、とんでもない力だったろ?」

「えぇ、まぁ…ですが、ゴンもいましたから」

「くぅ〜…!妬けるねぇ!」

「はぁ…」


正直おじさんの言葉は僕にはちんぷんかんぷんだ。なぜ妬けるのか見当もつかない。まぁ、いっか。それにしても…と未だに動いている沼の主をちらりと見る。こうやって見てみるとますますシンドリアの海に生息する生き物たちのようだとしみじみ思った。いや、むしろ迷宮にいそう。だって、魚なのに腹から甲虫のような足が生えているんだもの。じっと見ていると不意にその足がカサカサと動いた。途端に全身を駆け巡った鳥肌。僕は主を見ないようにそっと目を逸らした。


「ヘリオー!!」

「ゴン」

「帰ろう!帰っていろいろ準備をしないとね!」

「準備…?」

「ハンター試験のだよ!明日の朝にドーレ港行きの船がくじら島に来るんだ!そのために今から急いで用意しないと!」

「ちょ、ゴン!?」


僕の手を引いて走るゴンにつられて僕も走る。多少なりとも興奮しているせいか、ゴンの走るスピードはとても速い。けれどそれに追いつけない僕じゃない。あっという間に家に辿りつくと、階段を駆け上がり部屋のクローゼットをごそごそと漁り出した。その間僕は手持無沙汰で見ているだけである。


「あった!はい、これ」


そうして手渡されたのは白い肩掛け鞄だった。そこそこの大きさがあるそれは結構なものがつめられそうだ。


「これに、ヘリオが必要だと感じたものを入れてね」

「…僕に必要なものはこれだけで十分です」


両腕の縹を見せると、ゴンは一瞬呆気にとられたのち苦笑いした。なぜだろう、こんな反応されるようなことは言っていないはずなんだけど…
むっとするとゴンは「ごめんごめん」と謝りながら僕の頬を押した。ふしゅッと口から間抜けな音がして少し恥ずかしくなった。


「せっかくだしいろいろ持って行きなよ。ヘリオは女の子なんだから、いるものは結構あると思うけど」

「…ですが、僕は今まで文官として王宮に勤めていた身ですから、別段必要だと思ったことはないのですが…」

「んー…じゃあオレが手伝ってあげる!えっとまずはね…」


ぽんぽんと床に置かれるものたちを呆然と見つめる。着替えであろう服が数着と洗面具、髪を梳かすブラシ、そしてその他もろもろ。
お、女の子っていろいろ大変ですね…


「大体こんな感じかな。本当は化粧水とかも必要なんだろうけど、さすがに大荷物になっちゃうからね。とりあえずこのくらいで十分だと思うよ」

「そ、そうですか…ありがとうございます…?」


荷物を詰め込まれた鞄を渡され、見つめる。服は以前ミトさんからいただいたもので、そのほかに彼女が買ってくれたものだってある。つくづく迷惑をかけっぱなしだと痛感したが、それでも僕を本当の娘のように扱ってくれる優しさがとても嬉しかった。


「さ、明日は早いよ!ご飯食べて早く寝よう!」

「…はい!」





*****


その晩、毛布にくるまって目を閉じるも中々寝付けないでいた。日付は当の前に変わっている。何度か寝返りをうっても同じだった。

…正直僕は怖い。仮にハンター試験に合格したとして、手掛かりを探すために旅に出たとしよう。もし、見つからなかったら?これから先ずっと元の世界に戻れなかったら?僕の大好きな人たちに会えない…。その真実を突きつけられたなら、僕はきっと生きてはいけない。ジャーファルさんやシン様がいないと、僕はうまく息を吸えないから。
そこまで考えて首を振った。よそう。絶望するにはまだ早い。だって僕はまだ何もしていないのだから。きっとヤムライハさんやアラジンも、向こうの世界でどうにか策を考えてくれてるはずだ。はぁ、と溜め息を吐いて上半身を起こす。


「眠れないの?」

「ッ!…起きてたんですか」

「うん…」


ぱっちりと目を開いたゴンが僕を見つめる。それに少し居心地が悪くなり、少し俯いた。


「ねぇヘリオ」

「はい?」

「ヘリオはさ、寝る時もそれ腕に巻きつけてるの?」


それ、と指差されたのは僕の武器である双縹。ジャーファルさんと同じように赤い紐でつなげたそれは僕の肩から手首までをぐるぐると覆っている。


「まぁ…」

「痛くないの?」

「慣れました。今じゃないと逆に落ち着かないくらいですよ」

「そうなんだ」


沈黙。少ししてゴンが質問する。それを何度か繰り返した。


「そういえば、ずっと気になってたんだけどさ。前にヘリオは空から落ちてきたって言ったよね?」

「僕はそう聞きました」

「その時さ、ヘリオの周りを小さな白い鳥がたくさん飛んでたんだ。今になってそれが何なのか気になって…」


小さな白い鳥。それはきっとルフだろう。魔法使いの才をもつ者や、特別な道具を使用したり何らかの条件で高密度に終結すない限りは見ることのできない全ての魂の故郷。それをゴンが見たのか。


「ルフ」

「るふ?」

「生きとし生けるもの全ての魂の故郷であり、この世のありとあらゆる自然現象を発生させていると言われている存在。それがルフ。…僕の世界では、そう言われています」

「へぇ、すごいね!」

「本当は普通の人間には見ることが出来ないんです。魔道士と呼ばれる魔法の才能がある人やマギ以外は、特定の条件を満たさなければそれらを目視することはできません。僕は、ルフを見ることはできませんから…」

「え、でもオレ普通に見えたよ?」

「…それはきっと、ルフがあなたに引かれたのだと思います。あなたは僕が知るマギによく似ている…」


真っ直ぐな目や見つめている先、年齢もそうだけど自分自身の持つ物差しのみでの反応や価値観。少しの間だけど、ゴンがどういう人間なのかというのは多少なりとも把握したつもりだ。それを踏まえて、僕は彼がアラジンと”似ている”と判断した。でも、当たり前だけど彼はあの子の代わりにはなれない。元の世界に帰りたいと言う気持ちが膨らむあまりこんなことを考えてしまうようになっていたようだ。それらを霧散させるようにぶんぶんと首を振った。


「ヘリオ?」

「…いえ、なんでもありません。もう寝ましょうか。明日は早いんでしょう?」

「そうだった!」


おやすみ!!と勢いよく布団をかぶったゴンに笑みをこぼし、僕も横になる。


「あ、そうだ。ヘリオ!」

「はい?」

「一緒に寝よう!」


ひょっこりとベッドの縁から顔をのぞかせたゴンが言った。なぜそうなったのかは定かではないが、はなはだ疑問である。


「なぜ?」

「なぜって…オレ前々からずっと思ってたよ?いくらヘリオが床でいいって言っても、オレだけベッドで寝るなんて抵抗あったからさ」

「だからと言ってあなたまでもが僕と同じように床で寝る必要はないでしょう。現にそのベッドはあなたのです」

「うーん、そういうことじゃなくてさ…とにかく!せっかくだしいいじゃん!ねぇヘリオー!」

「……しょうがないですね」

「ほんと?」


やったー!といそいそと端によるゴンを尻目に毛布を肩にかけたままベッドにあがる。シンドリアで使っていたベッドほどふかふかではなかったけれど、なぜだかひどく安心できた。目の前でにかりと笑うゴンから目を逸らす。こうやって誰かと一緒に寝るのはとても久しぶりだ。王宮にいた頃は大半を執務室で過ごしていたからなおさら。よく部屋に埃が溜まっていたなぁ。


「オレ、よく考えたらヘリオのことなんにも知らないや」

「…突然どうしたんですか」

「別に深い意味はないよ?けどさ、こうやって友達になったんだから、少しでもヘリオを知れたらいいなーって!」

「…変な人ですね」

「そう?」

「けど………嫌じゃないです」


そう言い切ってすっぽりと頭から毛布をかぶる。ゴンが何か言ってるけれど、この際無視だ。



その日、ジャーファルさんやシン様たちと一緒に笑いあう温かい夢を見た。






 
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