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雨だってかまわない




「それじゃあミトさん、おばあちゃん、行ってくるね!」

「…気を付けるのよ?」

「2週間お世話になりました。ありがとうございます」


翌日、僕とゴンは玄関先でミトさんとそのおばあさんに別れの挨拶をしていた。短い間だったけれど、僕にとってはとても大切な2週間で、ありがとうだなんて言葉じゃ足りなくらい。
けれど、僕はうまく伝えることができないから、僕の気持ち全部を込めて。


「…ありがとう」

「オレ、必ず合格して、ハンターになるから!」

「必ず、無事に帰ってくること。…約束できる?」

「うん!」


指切りをした最後に親指どうしを合わせた誓いのちゅー。なんか可愛らしい。指切りはしたことはあったけど、誓いのちゅーだなんて初めて聞いた。そしてゴンを抱きしめて涙を流すミトさんからそっと目を逸らす。


「ヘリオ」


不意にミトさんに名前を呼ばれた。振りかえる間もなく強引に腕を引かれて、温かいものに勢いよく顔面から突っ込んだ。僕の背中に回る腕。視界いっぱいに赤い服が見えて、僕は今ミトさんに抱きしめられているんだなってぼんやりと思った。


「ミト、さん…?」

「ヘリオも、ちゃんと無事に帰って来るのよ?怪我なんてしてきたら許さないんだからね」

「…!うん…うん…ッ」


異世界から来た僕を最後まで受け入れてくれたミトさん、おばあさん。本当に嬉しかったんだ。僕を見つけてくれたのがあなた方でよかった。このご恩は一生忘れない。いつか必ず、返すから。
ミトさんたちに手を振りながら、僕はいつの日かと同じようにゴンに手を引かれ、港に泊まるドーレ港行きの船に乗り込んだ。たくさんの見送りに、ゴンは島が見えなくなるまで手を振っていたのを、僕はただ見ていた。





ハンター試験を受けに行くだけあって、船の中は屈強というかなんというか、とにかくガラの悪そうな人たちでいっぱいだった。世界一のハンターになる。と島のみんなに向かって叫んでいたゴンをバカにしたような笑みに腹の中がぐつり、と煮えた。ぶっちゃけた話、こんなこと言うやつらに限って大したことはないのは経験済みである。ジャーファルさんが言ってたし、僕もそう思う。


「ここはお前みたいなやつが来るとこじゃねぇぜ?お嬢ちゃん」

「……」


心底バカげている。呆れ過ぎて溜め息もつけやしない。だから僕は精一杯の嘲笑を込めてフンッと鼻で笑ってやった。


「ヘリオ、向こう行こ?」

「はい」


男たちの視線を総無視して甲板を歩く。ふと下を見ると、リンゴの入った木箱を抱えた男の人が、同じ乗組員に蹴り飛ばされているのを見た。言っちゃ悪いが彼は誰よりもひょろっこいから、どうしてもそういった対象になってしまうのであろう。嫌がらせというのは、どこの世界でも消えないものなんだな。

ふと吹いた風になんだか嫌な予感がした。こう見えて僕はジャーファルさんとともに何度も外交の仕事のために船に乗ったことがある。これは一嵐来るかもしれない。マストの上に飛び乗ったゴンも鼻をスンスンならして船長に叫んだ。海鶴…カモメのことだろうか。


それからは早かった。あっという間に嵐に巻き込まれ、荒れ狂う海をものともせずに突き進むこの船に揺られながら嵐が通り過ぎるのを待った。


「うわぁあああああああ!!!」

「………(ひょい)」

「ぎゃぁああ!!!」

「………(ぴょーん)」

「助け…ごぶッ!!」

「………(サッ)」


全く情けない。これくらいの揺れでこうも弱音を吐くだなんてあなたたち本当に男ですか。うちの文官たちの方がよっぽど逞しいですよ。
こっちに飛んでくる男どもよ避けて避けて…。時折ぶっ飛ばして。だって邪魔じゃないですか。なぜわざわざ僕の方に飛んでくるのか理解に苦しみます。てゆーかそもそも僕は最初の位置から全く動いていないと言うのに。


「…先が思いやられますね」


はぁ、と溜め息を吐くとハンモックで本を読んでいる青年と目が合った。僕と同い年くらいだろうか。彼は僕を一瞥しただけですぐに視線を本へと戻す。
…退屈凌ぎに本、持ってくればよかったですね。

今更後悔してももう遅いのだけど。


「水持ってきましたよ!」

「ありがとうカッツォさん!」


そういえばゴンは揺れに潰れた人たちの看病をしていた。お人好しだなぁ。さっき彼らに馬鹿にされていたのを忘れたのだろうか。…いや、それでもゴンは助けるんだろうな。だってゴンだし。


「おい、そこの嬢ちゃん」

「…僕のことですか」

「おうよ」


ちょいちょい、とドアの隙間から船長に手招きをされ、訝しく思いながらも彼に近寄る。すると彼は何を思ったか僕の頭を豪快になでくり回した。


「うわッ…!」

「おめぇさんやるじゃねぇか!揺れまわる船内で平然と立っていられるなんてよ!嬢ちゃんだからって見くびってたぜ」


見くびられていたのか。まぁ別に気にしないけど。ちょっと不服そうに眉をしかめると、船長は豪快に笑ったのち、そっと僕に耳打ちした。それは船長たっての”お願いごと”で、面白そうなそれに僕は快く引き受けたのだった。


「ゴン」


いそいそと船内を走り回るゴンを呼び止めると、彼はきょとん、と目を瞬かせた。


「ヘリオは平気なんだね」

「当たり前です。文官たるもの、これくらい我慢できなくてどうしますか」

「そっか!」

「…それより、これからさっきより大きな嵐に直面すると小耳にはさんだのですが」


瞬間ざわめきだす周りに構わず続けた。


「ここの船の人が近くの港まで救命ボートを出してくれるみたいですけど、どうしますか?こんな嵐ですし、出直すのもありだと思うのですが…」


「じょ、冗談じゃねぇ…!!」


誰かの声を引き金に次々と船内を飛び出していく連中に内心で盛大にほくそ笑んだ。よくそんなんで試験を受けようだなんて思いましたね。正直今はゴンの仕返しができて僕は大変満足である。顔には出しませんけど。


「…ヘリオって時々意地悪だよね」

「はて、何のことやら僕にはわかりかねますが」


じっとりと見てくるゴンから逃げるように部屋を出る。


「そうそう、そこにいるお二方」

「…私たちのことか?」

「はい。船長が呼んでいましたよ。もちろんゴンも。操縦室に来るようにと」


船長さんからのお願い。それはこの嵐をきっかけに船内にいる連中をハンター試験に向かわせていいかどうかを振り分けろ。とのこと。
こんなの僕にやらせてもいいのかと不安になったのだけど、船長がいいと言ったのだからいいのだろうと勝手に自己解決した。
そして操縦室に集められたのは僕を含めて4人。さっきハンモックにいた人と身長の高いサングラスのおじ…さん…?と、僕とゴン。


「まず、4人の名前を聞こうか」

「オレ、ゴン!」

「私はクラピカだ」

「レオリオだけど」


レオ、リオ…
彼の声があまりにも僕の知ってる人と酷似していたからか、思わずびくり、と肩を揺らす。


「嬢ちゃん、お前さんの名前は?」

「、…ヘリオ」

「よし。お前ら、なぜハンターになりたいんだ?」

「おい、試験官でもねぇのに偉そうに聞くんじゃねぇ!」


レオリオさんはとても短気なようだ。ヒナホホ殿とはまるで似つかないな。彼はもっと寛大で、まさに”お父さん”というにふさわしかったから。
…あぁ、またやってしまった。似ている人を見ると、どうしても重ねてしまうようだ。もうしないと決めたのに。
そうこうしている間に痺れを切らせたゴンが自分の目的を言ってしまう。それにまた怒ったレオリオにあっけらかんとするゴン。…なんだか、とても面倒臭い空気だな。僕はそっと彼らから離れて、部屋の端っこに移動した。


「いいじゃん、理由を話すくらい!」

「協調性のねぇやつだな…俺は嫌なんだよ」


ちょん、とレオリオさんがゴンの額を小突く。仰け反ったゴンには悪いが、顔が面白くて吹き出してしまった。


「…私もレオリオに同感だな」

「あ?おい!てめぇも年下だろう!オレを呼び捨てにするんじゃねぇ!」

「もっともらしい嘘をついて、嫌な質問を回避するのは容易い」

「おい!聞いてんのか!?」

「しかし、偽証はもっとも恥ずべき行為だ。…かといって、正直に告白するには、私の志望動機はあまりにも深く私の心に関わりすぎている…」


…な、なんて面倒臭い人なんだろうか。よくもまぁ難しい言葉をつらつらと。まるでカンペでも用意していたのかというくらい饒舌に話したものだ。またもやクラピカさんにレオリオさんが突っかかって行った。相性が悪いのだろうか、なんというか…。まるでヤムライハさんとシャルルカンさんの喧嘩を見ているようだ。


「…つまり、オレの質問には答えられないと?」

「そうだ」

「ほぅ…おい、嬢ちゃん」

「…はい?」

「え、ヘリオいつの間にそんなところにいたの?」

「巻き込まれたくなかったので…ところで、僕に何か用事でも」

「お前さんの志望動機を聞いていないと思ってな。まさかお前さんまでこいつらと同じように答えられないだなんて言うんじゃないだろうな」

「……僕は、僕のあるべき場所へ帰るためにハンターを志望しています」

「…はぁ?お前何言ってんだ?帰るくらいハンターにならなくてもできんじゃねぇかよ」

「…帰れないんです」

「家に帰るんだろ?そんなの船や飛行船を乗り継げば…」

「簡単に帰れるのなら、僕は今ここにはいないッ!!!」


ビキリ、と足元の床が凍った。しん…と静まり返った室内にハッとし、逃げるようにその場を飛び出す。途中ゴンの声が聞こえた気がしたけど、悪いが今はそれに反応できる余裕はないのだ。

激しい雨が打ち付ける甲板に出た。官服はあっという間にびしょびしょになり、顔に髪が張り付いて気持ちが悪い。…あんなことで逆上するだなんて、僕もまだまだだ。けれど…


「簡単に帰れるのならここにはいない、か…」


ぐっと唇を噛み締めた。本当に帰る方法は見つかるのだろうか。もし見つからなかったら。これから先ジャーファルさんやシン様たちに会えなかったら。僕は一体どうすればいい…?大丈夫、僕は大丈夫。寂しくない。大丈夫。怖くない。大丈夫。平気。見つけてみせる。絶対に帰るから。帰って、ジャーファルさんといつものように徹夜して、逃げ出したシン様を連れ戻すために王宮を走り回って、シャルルカンさんとヤムライハさんのどうでもいい喧嘩を聞いて、アラジンやアリババくんやモルジアナと広い中庭でお昼寝して…
早く、帰りたい…

ぎゅっと袖の縹を抱きしめたとき、何やら向こうの甲板が騒がしくなった。さっきまで雨や波の音しか聞こえなかったのに、いつの間にかたくさんの乗組員がマストのロープを引いていた。


「急げ!!竜巻に巻き込まれちまうぞ!!」

「…竜巻?」


ふっと船先をみると、少し遠い場所に空まで届くほどの大きな竜巻がこの船目がけて迫ってきていた。いつの間にあんな…!あんなのにまきこまれでもしたら、この船は一発でアウトだ。僕もみんなにならい、手近なロープにしがみ付いた。


「ッ…!」

「ヘリオ!どこにいたの!?心配したんだから!」

「そんなことより早く引っ張ってください!!帆をたたまないと、柱が折れる!!」


僕が掴んだロープには幸か不幸かゴンがいた。眉を吊り上げるゴンを尻目に僕はロープを引くことに集中した。今にも折れそうな柱は、時折ミシミシと嫌な音を響かせている。…このままじゃ、5分も持ちやしない。仕方ないけど…使うしかないか。
袖口から縹を出し、そっと口元に近付ける。


「…ハーゲンティ、力をかしてください」


ぽうっと八芒星が瞬いた。縹を柱に向かって投げ、突き刺す。


「氷結(ハデール)!」


瞬間折れかかっていた柱がビキビキと音を立てて凍りつく。これでしばらくは柱は大丈夫だろう。突然の現象に周りは驚いていたけれど、僕はそんな連中を無視して縹を袖に仕舞った。


「それがこの前言ってた金属器って言うやつの力?」

「えぇ」


ゴンには金属器のことも、それに宿るジン、ハーゲンティのことも言ってある。彼なら言ってもいいと思ったから。
すると、突然の強風に煽られて帆が大きくはためいた。そして悲鳴を上げながら僕らの前を飛んでいくカッツォさん。それにいち早く気付いたゴンがロープを離し、駆けだした。


「ゴン!!」


僕もゴンを追って走る。甲板の外へ投げ出されたカッツォさんに手を伸ばすクラピカさんとレオリオさん。だけど彼らの手は無情にも空を切る。が、その間をゴンは駆け抜け、何を血迷ったか船の外へ飛び出した。


「ちょ…!!」


カッツォさんの手をゴンが掴み、ゴンの足をクラピカさんとレオリオさんが掴む。けれど運悪く大きく揺れた船に2人の手が滑って船の縁から離れてしまった。海に呑まれる…!!そう理解するが早いか、僕は両腕の縹を4人に向けて放った。
シャム=ラシュ式縹操術。ジャーファルさんに叩き込まれた縹術が役になってよかった。うまいこと4人の体に巻き付いたそれに引っ張られそうになりながらも踏ん張る。僕が、僕が踏ん張らないとみんな死んでしまう…!


「ふぐぅ…ッ!!」

「よくやった嬢ちゃん!!おい!!引っ張れぇ!!」

乗組員総出で僕の紐を引っ張る。そしてようやく4人が甲板に引っ張り上げられたころには、嵐はゆっくりとなりを潜めて行ったのだった。






*****


「こんの、ボケぇ!!」


レオリオさんの景気のいい罵声が船に響き渡った。目を吊り上げてゴンにお説教する彼らを少し離れた場所から見守りながら、びしょびしょの官服の裾を絞る。


「俺たちが足を掴んでなかったら、おめぇは今頃海の藻屑だったんだぞ!?」

「全く…無謀極まりない…ヘリオが私たちを繋ぎとめてくれていなかったら、一体どうなっていたか…」

「…でも、掴んでくれたじゃん!」


…そういう問題では、ないんですけどね。イラッと来た僕はツカツカとゴンに歩み寄り、縹を彼の顔面スレスレに飛ばした。


「お、お前何を…!?」

「…掴んでくれるくれないの前に、あなたは自分の命を無下にしすぎなんです。もしつかみ損ねていたらとか、考えないんですか」

「…それでも、オレは2人が掴んでくれるって信じた。だから飛び出したんだ」

「そういうことじゃなくて!!たとえつかんだとしてもさっきのように手を滑らせたら…」

「その時は、ヘリオが助けてくれるでしょ?」

「ッ、はぁ?」

「さっきだって、オレたちみんなまとめて助けてくれたじゃん!」

「それ、は…」

「もしヘリオが見ず知らずの人だったとしても、きっとオレたちを助けてくれた。オレたちのこと心配して、そうやって怒ってくれてるんでしょ?」

「、…」

「助けてくれてありがとう!!」


まぶしいほどの笑顔に僕はもう何も言えなくなった。そんなこと…そんなことはっきり言われたら、文句も何も言えないじゃないですか…


「ゴン!」

「カッツォさん!」

「助けてくれてありがとう!君は命の恩人だ!」

「ううん、オレが助けたんじゃないよ。この3人がいたから助かったんだ!」

「「「!」」」

「ありがとうございました!!」

「…いえ、礼には及ばない…」

「ま、まあ、助かってよかったな!」

「はい!!」


それじゃあオレ、持ち場に戻ります!そう言って去って行ったカッツォさんの背中を見送る。さっきまで漂っていた不穏な空気なんていつの間にか消えていた。…やっぱり、ゴンには敵わない。こうも空気を変えてしまうだなんて。…僕も、らしくないことをした。


「…今までの非礼を詫びよう。すまなかった。レオリオさん」

「な、何だよいきなり…水くせぇな、レオリオでいいよ!!」


…とにもかくにも、この2人の間に何があったかは定かではないけれど、喧嘩をしないのならそれでいい。すっかり晴れ渡った空をぼうっと見上げていると、そばで「あー」だか「うー」だかわからない呻き声が聞こえた。そっちに目を向けると、ばつが悪そうに視線を彷徨わせるレオリオさんがいた。


「…なにか」

「いや、その……わ、悪かったな。知ったような口聞いちまって…」


知ったような口。恐らくそれは操縦室で言ってた帰るの話しだろう。恐らくゴンから何か聞いたのか、それとも自分から悪いと思ってこうやって謝罪しに来ているのか。
…どっちにしろ僕はもう気にしてはいないのだ。


「…いえ、こちらこそムキになってしまいすみませんでした。ああやって面と向かって言われたのは初めてだったんで、戸惑ったんだと思います。僕の方こそ…」

「おっと!そっから先はなしだ!このままじゃ謝罪大会になっちまうからよ、だから…おあいこってことにしてくれねぇか?」

「おあいこ…ですか…ふふ、わかりました。そういうことにしときます」

「…おう」


かくして、晴れて船長から合格をもらった僕ら4人は、無事にドーレ港にたどり着くことができたのだった。





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ヘリオちゃんはゴンくんに一通り話していますよって言うことが言いたかっただけ(*`・ω・´)


 
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