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真っ直ぐな瞳




ずっと暗い場所を歩いていた。出口だなんてどこにあるのかさえわからない真っ暗な闇。一歩を踏み出すたびにジャラジャラと足枷の鎖が鳴る。振り返ると、どこにつながっているのかわからない鎖。それはまるで僕の心を深淵に繋ぎとめるかのようで。

…とても、胸糞悪かった。


『―――』


不意に鼓膜を何かが揺らした。小さくて聴き取れやしなかったけど、それはとても温かくて優しくて、思わず手を伸ばしたくなるような。そんな声。

僕はきっと、この声を知っている。


『ヘリオ、どうか―――』


かつて奴隷だった僕を、悪夢のような絶望の中から自らの命と引き換えに救い出してくれたあの人…


『どうか、生きて…』


僕は…





「あ、起きた!ミトさーん!起きたよー!」


倦怠感にまみれた重い瞼を持ち上げると、すぐ傍からとても元気な声が耳に入った。見慣れない天井、嗅ぎ慣れない空気。目だけを動かして周りを探ると、どれも僕が見たことのないものばかりが置かれていた。ここは一体…
瞬間今までもことを思い出した僕。僕はヤムライハさんたちが開発したディメンシオンの誤作動に巻き込まれたんだ。ということはここはつまり…


「大丈夫?」

「ッ!!」


突然視界に入りこんできた顔。僕は勢いよく跳ね起きて相手の襟首をつかみ、床に引き倒した。そしてその首筋に袖に隠していた金票を突きつける。


「動くな」

「ッ…」

「少しでも動いてみろ、その首ないと思え」


ぐっと縹を押し付けると、彼の首から一筋の血が流れた。一瞬たじろぐものの、ここで怯んでいては自分の身は守れない。自分の身を守れるのは自分だけ。
少年は痛みに顔を顰めたもののそれは一瞬で、すぐに表情を変えて真っ直ぐと僕の目を見つめてきた。


「落ち着いて、大丈夫だから」

「うるさい!」

「ゴン?騒がしいけどどうしたの?」


がちゃり、とここの部屋のものであろうドアが開かれ、そこから一人の女性が顔をのぞかせた。彼女は僕たちの状況を見てサッと顔を青くさせると、悲鳴に近い声を出した。


「ゴンッ!!」

「来ないでミトさん。大丈夫だから」

「でも…!」

「大丈夫。…ねぇ、君はびっくりしただけなんだよね?目を覚ましたら知らないところにいて…」

「、…」

「ここには君に危害を加えたりする人はいないよ。だから落ち着いて。大丈夫…ね?」

「………」


ゆっくりと彼の首から縹を離す。不思議と彼の言葉はすぅっと胸に浸透した。まるでアラジンに語りかけられたときのような、そんな感覚。嫌じゃなかった。
起き上った少年はミトと呼ばれた女性に振り返って笑いかけると、同じように彼女も安堵の笑みを浮かべた。


「…すみません、いきなり武器を突きつけてしまって…」

「別にいいよ。オレこそ君を驚かせちゃったみたいだし、ごめんね?」

「いえ、こちらこそ…」


そういうと少年はにっこりと笑った。


「オレ、ゴン!君の名前は?」

「僕はヘリオです。…あの、ここはどこでしょか…?僕、さっきまで知り合いの部屋にいたのですが…」

「そうそう!そのことなんだけど…」


少年、もといゴンから聞いた話を簡潔にするとこうだ。空に突然現れた八芒星から僕が降ってきて、それを受け止めてくれたのがゴンで、こうやって僕をここに運んでくれたらしい。本当に簡潔になってしまったがまぁいいか。
彼らにも僕がどうしてここにいるか。そして僕がいた世界のことを少しだけ話したら目を点にしていた。そりゃそうだ。
それより、僕はこれからどうしようか。見た感じや、話を聞いた限りじゃここは僕がいた世界とは異なるようだ。魔法の概念もないみたいだし、それならば金属器だなんてきっと存在しないだろう。シン様が行ってみたいと言っていた異世界に、僕は今いる。僕が1人じゃなくて、ジャーファルさんやシン様がここにいてくれたらどれほど心強かったか。ここへ来た原因はわかっている。けれど肝心の帰る方法がわからなければどうしようもない。


「…あの、大丈夫?」

「え?」

「ずっと考え込んでいるみたいだから。ヘリオはさ、元の世界に帰りたいんだよね?」

「…はい。大切な人たちがいますから…。でも、どうすればいいのかわからない…」

「簡単だよ!ハンターになれば、手掛かりが見つかるかもしれない」

「はん、たー…?」

「ゴン!あんたまだそんなこと言ってるの!?ヘリオちゃんにまでそんなこと吹きこんで…」

「でもミトさん。それじゃあヘリオは元の世界に帰れないよ?ハンターになれば、一般の人がいけない場所が大体行けるようになるし、聞けない情報だって聞くことができるんだ」

「……、」

「オレ、絶対沼の主を釣り上げて見せるから」


ゴンとミトさんの間に流れる何とも言えない空気に僕はただおろおろするばかりだった。そして静かに部屋を出て行ったミトさん。この場に降りる沈黙。どう、しよう…なんだか、彼らの間に僕が亀裂を入れてしまった気がする…


「…ミトさんはね」、


不意にゴンがぽつり、と話しだした。


「ミトさんは、オレがハンターになるのが嫌なんだ。オレがまだ赤ん坊だった頃、オレを捨ててまでハンターの仕事をとった親父が許せないみたいで、同じ仕事をさせたくないみたい」

「そう、ですか…」


正直、なんて言っていいかわからなかった。可哀そうに、だなんてそんな同情じみた言葉は絶対にかけたくはない。それは僕が言われて一番嫌いだったから。だから僕は、そうですか、の一言だけ呟いて口を閉ざした。


「でもすごいよね。オレを捨ててでも続けたいって思える仕事を親父がやってるんだ。親父が魅せられたハンターって仕事を、オレもやってみたい」

「ゴン…」


ずっと、どこまでもまっすぐな目はやっぱりアラジンとそっくりで、彼の言葉一つ一つに力があると思った。もし僕にルフが見えていたのなら、きっと彼の周りはたくさんのルフで溢れていただろう。
彼らの言う”ハンター”と言うものがどんなものかは僕にはわからないけれど、ゴンが目指すハンターというものになれば、元の世界に戻るための手がかりか何かが見つかるかもしれない。
それに、何もせずにじっとしているだなんて僕の性に合わないから。もうあの時みたいに、何もできなかった僕じゃないんだ。


「…ゴン、」

「ん?」

「僕も…僕も、あなたが言う”ハンター”と言うものになれたのなら、手掛かりは見つかるでしょうか…」

「きっと見つかるよ。オレもヘリオと一緒に探すから」

「…うん、ありがとう」


ピチチ、とどこからか鳥の鳴き声が聞こえた気がした。






 
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