曖昧ノスタルジー
3年後に現れると言う人造人間を倒すために各々修行しに散ってから結構な日にちが経った。ピッコロさんもうちに来てお父さんと一緒に稽古をつけてくれたり、私と悟飯は勉強と両立しながら日々を過ごしている。まぁ、あの時のお母さんの怒りようは今でも忘れられないんだけどね。まさしく鬼だったよ。
「いったぁ…」
「もが…」
「今日はここまでだな」
今日も今日とて2人にぶちのめされた私たちはあちこちに大きなたんこぶをこさえてもんどりうっていた。悟飯にいたっては雪の中に頭が埋もれてるから。あれって息できてんのかな。
「そうだなぁ。そろそろ日も暮れてきたし、このくれぇにすっか!」
オラ腹減ったぁー!と家に向かって飛んでいくお父さんの後を悟飯とピッコロさんが続く。私はその場に留まったままぼうっと沈みゆく太陽を見つめた。
「シュエ?帰らねぇのか?」
「あ、うん…私はちょっと…」
「…そっか。暗くなる前に帰って来るんだぞ?」
「うん」
家とは真逆の方向に飛んでいく私は、私だけしか知らない湖の畔に向かった。
今までお父さんたちとの修行が終わった後こうして何回かどこかに飛んで行っていた。その度にさっきみたいにお父さんに、暗くなる前に帰って来いと言われるんだけど、私はそれを守ったことがない。それでもお父さんはいつも、なにも言わずに、なにも追及することなく私を見送ってくれる。
それが嬉しいのと同時に、少し寂しく感じた。
「…私はどうしたいんだろうか」
水面に写る自分を見ながらぼやいた。あの謎の青年が現れてからというものの、こうやって物思いに耽るようになった気がするなぁ。
ピッコロさんは耳がいいから、多分あの人が言ってたことを聞いたんだろう。私には話の内容が聞こえなかったけど、それでもあの人が何を言ったかはなんとなくわかっているつもりだ。
私はこの世界にとって異物だ。大方あの人はお父さんに、私は本当に孫悟空の娘なのかとか聞いたんだろうなぁ。だってあの人、悟飯が私のことをお姉ちゃんって言ってたのを聞いてありえない!って顔したもん。被害妄想だと言われればそこまでだけれど、私の事情と照らし合わせれば察しはつく。伊達にうん十年生きてないからね。忘れちゃダメだよ。私見た目はロリっ子だけど精神年齢果てしないから。
「…とにかく今は超サイヤ人の力をきちんとコントロールできるようにならなくちゃ」
湖に足を浸けて目を閉じた。ゆっくりと超サイヤ人になるのを感じながら、それに伴って生じる興奮を強引に押さえつける。
「ぐッ…」
今にも弾けそうな気を気合いで押し込める。飲まれるな。この力の持ち主は私だ。私なんだ。私を支配できるのは私自身。だから…
「出て…来るなッ…!!」
ばちんッと気が大きく弾けた後、少しずつおさまって行く気に深く深呼吸をした。力が体に馴染んできた。これなら多少無茶しても力に飲まれることはないと思う。
「はぁッ…は、…やった、ね…」
気付けば月は折り返し地点をとうに過ぎていて、またやってしまったと額を抑えた。
あーあ、今日も徹夜だ。何日目だろう、こうやって徹夜するの。覚えてないや。まぁそんなことどうだっていいんだけど。
そうだ、夜の間だけ超サイヤ人で居よう。日常的にならしておけば、いざという時にもっと強い力が出せるかもしれない。昼間はお母さんがびっくりするからね。金髪で帰ってみようものなら「シュエちゃんが不良になっちまっただぁあああああ!!!」だなんて言ってバリカンで髪の毛剃られる気がするんだよね。お母さんだからやりかねないよ。
「…この際だからとことん徹夜しよう。知りたいこともあるし…」
そもそも私自身のことを話したとして、あの人が答えてくれるのかどうか。
限りない不安を抱えながら私は闇夜を神様の神殿に向かって飛んだ。
*****
「神様、いますか?」
午前3時過ぎ。神殿に辿りついた私は入り口から顔をのぞかせて中を見た。うわ、真っ暗。こんな時間に非常識だってわかってるんだけど、どうしても今知りたいんだよね。
「こんな時間に何か用か」
「うわ…!!び、ビビったぁ…ポポさんか」
「シュエ、子供は寝る時間。早く家に帰れ」
「…帰れない。どうしても神様に聞きたいことがあるから、今は帰らない」
「明日じゃダメなのか」
「うん」
じっとポポさんの無機質な目を見つめる。ポポさんってば全体的に黒いから暗闇に同化するんだよね。だから闇の中に目玉だけが浮いてるみたいでちょっと、いやかなり怖い。
少しの間お互いを見つめていると、観念したように溜め息を吐いたポポさんが私に背を向けた。
「ついて来い。神様はあっちにいる」
「ありがとう」
見た目と違って中はとても入り組んでいるみたいで、しばらくの間上だか下だかを移動していると1つの部屋に辿りついた。ポポさんがそこをノックすると、ゆっくりとドアが開かれる。
「来たか。お前がここに来ることはわかっていた」
「こんな時間にごめんなさい、神様」
椅子に腰かけて私を射ぬく鋭い視線に足が竦みそうになる。やっぱりこの人は神様なんだなぁ。そばにいるだけで威圧感に押しつぶされそうだ。
「あなたに聞きたいことがあって…単刀直入に聞きます。神様は、前世って信じますか?」
「前世?」
「いわゆる輪廻転生。リンカーネイションとも言いますね。それをあなたは信じますか?」
むっつりと黙りこくった神様に頬を一筋の汗が流れ落ちた。私のことを聞くにあたって大前提が前世についてだ。じゃないと話が進まないし、ただの気狂いになってしまうから。
「生きとし生けるものが死ねば、肉体は滅びれど魂は全く別のものに宿る。極稀に、生まれ変わる前の記憶を持つものがいると聞く。ワシは信じているよ。お前の言う前世というものを」
「!…そう、ですか…」
「…それで、お前がここに来た目的はそんなことではないのだろう?」
どうやら神様には何でもお見通しらしい。たは、と頭を掻きながら神様を見上げた。
「私、本当に少しなんですけど、前世の記憶があるんです」
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