泣いたのは誰のせいで
結局恐竜さんの後をライチさんのゴクウに乗って追いかけた私たちは現在途方に暮れてます。ぐつぐつと煮えたぎる沼からのっそりと現れた恐竜さんの骨。ライチさん曰く、この沼は生き物なら何でも溶かしてしまうらしく、この立ち込めるガスを吸い込んだら、並の人間はたちまち死んでしまうとのこと。
つまるところ、さっきの恐竜さんはドラゴンボールを呑みこんでこの沼に沈んだわけで、そのドラゴンボールもこの中なのである。途方にも暮れるよそんなもん。誰が好き好んでこんな沼に飛び込もうってのさ。
「まいったなぁ…ドラゴンボールはあの沼の中かぁ…」
「どうやって拾うんだろう…」
「まぁ無理だわな」
「ですよねぇ」
はぁ…と全員が再び頭を抱えた。うーん、正直どうかわからないんだけど、低確率に駆けて見てもいいんじゃないかって案が一つだけあるんだよね。
「ねぇライチさん」
「ん?」
「あのさ、この沼に入っても平気なスーツ的なものとかないの?こう、体全体を包めるような…」
「まぁ、あるっちゃあるんだが…」
「本当!?」
「だがそれを着てもせいぜい10秒しかもたんぞ?」
「短ッ!」
10秒とかあっという間じゃん。たとえそれを着て飛び込んだとして、探す時間もあるわけだから結構きついよねぇ…
まぁでも、物は試し、やってみようかな。
「ライチさん、」
「ぼ、ぼくがやります!!」
私より先に悟飯が言い放った。何言ってんのこの子は。そんなこと私がさせるわけないでしょうに。
「いいよ悟飯、私がやるから。ライチさんスーツ貸してよ」
「あ、あぁ…」
「ダメ!!おねえちゃんはここにいてよ!!ぼくが、ぼくがやるから!!」
「こういうのは年上がやるものなの!ここでクリリンさんたちと一緒にいな」
「ぼくだって…ッ、ぼくだってできる!!いつまでもおねえちゃんに頼ってばかりじゃダメなんだ!!おねえちゃん言ったよね、誰かじゃなくて、自分がやらなきゃいけいないって!」
「、」
「今までずっとぼくはそうやっておねえちゃんに甘えてきたんだ…だから、今度はぼくがやる番だよ!!」
ギッと強い目で私を見つめる悟飯。まさか私自身の言葉で論破されるとは思ってもみなかったなぁ。うん、悔しい。弟にこんなこと本当にさせたくないんだけど…
それまでおろおろと様子を窺っていたクリリンさんがそっと私の肩に手を置いた。
「…やらせてあげなよ、シュエ。悟飯だって男なんだ。自分の言葉くらい貫きたいさ」
「ッ、けど…!」
「我が儘言ってごめん。でもお願い、おねえちゃん…ぼくを信じて」
あぁもう…そんなこと言われたら、引き下がるしかないじゃないのさ…
ギリッと一度強く唇を噛み締めた後、私は悟飯の頭にそっと手の平を置いた。
「…戻ってこなかったら一生口きいてあげないんだから」
「それはやだよぅ…」
「決まりだな。10秒以上かからないようにお前さんの体に特殊ロープを付けるから、心配することはない」
「…いいわ、やってみましょう」
ゆっくりとハッチが開き、モビルスーツを着込んだ悟飯が淵に立った。
「レーダー反応からしてこの真下だわ。頑張って」
「7秒したら引き上げるからな!」
「はい!…おねえちゃん、行ってくるね」
「…うん。行ってらっしゃい」
ザバンッと沼に飛び込んでいった悟飯に、私はギュッと手で胸のあたりを握りしめた。どうか、どうか無事に帰ってきて…
「2…3…4…」
ブルマさんのカウントがどこか遠くの方で聞こえる気がする。あれ、7秒ってこんなに長かったっけ…
「5…6…」
「7ッ!!」
「今だッ!!」
ライチさんがロープのスイッチを押すと、どんどんロープが巻き上げられていく。その途中で不可解な違和感に襲われた。引き上げにしては、妙にロープの音が軽くないか…?
たらり、と背中に嫌な汗が伝った。
「しまった…!わしの計算より沼の水が…!」
「ッ!!」
予感は的中した。ぶっつりと途中からちぎれているロープに頭が真っ白になった。ていうことは、悟飯はまだ沼の中…?
「悟飯ッ!!!」
「ダメだシュエ行くな!!」
駆けだした私をクリリンさんが羽交い絞めた。
「離してッ!!離してよクリリンさん!!バカ!!悟飯はロープが切れてることを知らないんだッ!!離せクソッたれぇえええええ!!!!」
「落ち着け!!お前まで行ってどうするんだッ!!!」
「知るわけないでしょ!?だから…ッ、だから私が行くって言ったんだ…!!あの子を死なせるためにドラゴンボールを集めてるわけじゃないのにぃい…!!!」
「シュエちゃん…」
膝から崩れ落ちた私をブルマさんが支えてくれた。いつもこうだ。サイヤ人が来た時だって、悟飯が酷い目にあっていたのに私は見てるだけしかできなくて…!もうやだぁ…!戻ってこないと口きかないって言ったじゃん!!早く帰ってきてよぉ…!!
「うぅ〜…ッ、ごはぁん…」
ぼたぼたと溢れ出る涙が膝を濡れそぼらせた時、ザバンッと沼から高い水柱が立ち上がった。思わずそれを凝視していると、その中からドラゴンボールを握りしめた悟飯がにっこりと笑いながら出てきた。
「ただいま!!」
「悟飯!!」
「悟飯くん!!よかったぁ…!!」
ドラゴンボールも見つかったのね!!ときゃいきゃい喜ぶブルマさんとクリリンさんを尻目に私は呆然と悟飯を見つめた。スーツはところどころ溶けかかっていて、あと少し沼から上がって来るのが遅ければ確実にお陀仏だったであろうくらいボロボロだった。
「おねえちゃん、ただいま」
スーツを脱ぎ、目の前にしゃがんだ悟飯が私の顔を覗き込んだ。あぁ、悟飯だ…いつもの変わりない、可愛い悟飯だ。
「……、」
「?おねえ、…」
がばり。押し倒さんばかりの勢いで悟飯に抱き着いた私はその小さな肩に顔を埋めた。
「ばかぁ…!!本当に、口きけなくなるところだったじゃんかぁ…!!バカバカ悟飯のばかぁ…!!」
「…ごめんねおねえちゃん。泣かないで?」
「泣いてなんかッ、ないしぃ…!!」
「ふふ、泣いてるじゃない。ね、おねえちゃん。ぼくを見てよ」
「う…?」
ぐいっと目元を拭ってからゆっくりと顔を上げると、ふんわりと柔らかく笑う悟飯が私を見下ろしていた。
「ぼくはここにいるよ。だからもう泣かないで」
「、…うんッ」
笑いあう私たちをブルマさんたちは困ったように、けれど心底安心したように優しい目で見ていたらしい。
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