無様だなんていわないで
先ほどやって来た謎の男性(素敵ファッション(笑))は、自称お父さんのお兄さんだと言う。もうこの時点で私にはさっぱりわからんのだが、ボケるにはいささか空気が鋭すぎた。
そもそもこの人の名前ってラディッツって言ったんだろうけど、私最初”ラディッシュ”って聞こえて「え、野菜?」なんて空気も何も読んじゃいない様なアホなことを聞き返しそうになったよ。よく耐えた私のお口。もう拍手喝采だね。
「いでで…悟空、気を付けろ…あいつ、普通じゃない」
カメハウスに突っ込んで行ってクリリンさんが頭を押さえながら言った。いやね、クリリンさん。普通じゃないことくらいわかるよ。だってこの人めっちゃ変態クサい格好してるもん。
「おとうさん…!」
「こら悟飯、め!おねぇのそばにいなさい」
お父さんのところに駆け寄ろうとする悟飯の手を引いて腕の中に閉じ込めると、ぎゅッと腰に小さな手がまわされた。今の私めっちゃ空気読んだと思わない?
そして自称兄のラディッツの言葉は続く。お父さんが宇宙人で、戦闘民族サイヤ人だったり、この地球を滅亡させるために送り込まれたとか、月が真円を描くときがサイヤ人の本領を発揮できる時だとか。
…まぁ、私は多少なら知っていたけれども、改めてこうして聞くととんでもなくハチャメチャだなぁ。
悟飯を抱きしめている私を、ブルマさんが後ろから抱え込んだ。
「赤ん坊を一人で送り込むなんて…!」
「フンッ」
不意にラディッツと目が合った。…なんか、めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど。抱きしめる腕に力を込めた。
「悟空はな、この世界を救ったぐらいなんだぞ!!帰れ帰れー!!」
きっと相手は帰れと言って帰るような相手じゃない。あーぁ、なんて世知辛いんだ…
「こ、こわいよぉ…!」
「大丈夫、おねぇがついてるからね」
「…さっきから気になっていたんだが、後ろのガキはお前の子ではないのか?」
「!ち、違う!!」
「恍けるな!あの尻尾はなんだ、サイヤ人の血を引いてる証拠じゃないのか?」
しまった尻尾隠すの忘れてた!!
慌てて目の前で揺れる尻尾を捕まえて仕舞い込むも、見つかってしまったのならもう意味はない。
私は尻尾がないからかお父さんの子供と認識されなかったらしい。それもそれで辛いものがあるけど…
「ッ…だったら、なんだってんだよ!!」
「父親のお前が聞き分けが悪いんでなぁ…ちょっと息子を貸してもらうとするか」
近付いてくるラディッツに背筋か凍る。やば、この人本気だ…!
どうにかして悟飯だけでも逃がせられないだろうかと周りを見ても、ここが海の上に浮かんでいることに気付きすぐに頭の片隅に追いやった。足場が砂だから私の脚力で威嚇することもできないし…ど、どうしよ…
「ち、近寄んなッ!!ぶっ飛ばすぞ!!」
ぐッと構えたお父さん。けれどラディッツは一瞬姿を消したと思ったら、次の瞬間にはお父さんを遠くに蹴り飛ばした。地に沈むお父さんの体に息をのんだ。
「うわぁあんおとうさぁーんッ!!」
「あ、こら悟飯!!」
するり、と私の腕から抜け出した悟飯はお父さんに向かって無謀にも駆けて行った。ラディッツがにやり、と笑う。
「チッ」
ラディッツが悟飯を捕まえる前に何とかしなくちゃ。幸い私の脚は常人より優れている自信があるし、踏み込めば間に合う距離ではある。
だから…
「せぃッ!」
悟飯に伸びた手を思いっきり蹴り上げる。子供にしては強力だった蹴りに驚いたのか、ラディッツは目を見開いて私を見た。
「ちょお…!シュエちゃん!!」
「なんだ、小娘」
「この子に手を出さないで」
「ふん、威勢のいい小娘だ。だがな」
「ぎゃッ!」
ガッと髪を掴まれ、何本かぶちぶちと抜ける音がした。痛い痛いこの野郎離せちくしょう!!
じたばたと暴れていると、急に前髪の力が消えた。え…と顔を上げた瞬間、頬にとんでもなく強い衝撃が与えられて、当然吹っ飛ぶ私の体は、大きな水飛沫を上げて海に突っ込んだ。
「シュエーッ!!!」
「貴様ごときの言う事を、この俺が聞くとでも思っていたのか?」
「おねぇちゃああんッ!!」
水越しに悟飯の悲鳴が聞こえる。助けてって言ってる。私が…私が助けてあげなくちゃ。だって私は年上だから。でも…体が言うことを聞いてくれない…
―ご、ごはん…ごめんね…
ごぼごぼと私の意識は海に沈んでいった。
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