言葉にならなかった
身体がどんどん暗闇に沈んでいく錯覚を覚えた。あれ、そういえば私、何してたんだっけ…
いつも通り大学に行く用意して、少し早い電車に乗って…それで…
あれ、それで…それで…思い出せないや。
何でだろう、思い出そうとするほどぼろぼろと端っこから崩れていくような…
私って誰だっけ、どうして、こんなところに…
―…!
何か聞こえる。暗闇のずっとずっと向こうだ。
―、おきろ…!シュエ!
もしかして、私を呼んでる?それは私の名前?
だとしたら、あなたは誰なの?
―シュエ!しっかりしろ!!
ぼんやりと、少しずつ思い出してきた。そうだ、私の名前。シュエ。冬に生まれた私にお父さんがつけてくれた大切な名前。
私は…
ふっと意識が浮上する。
私は、孫悟空の娘だ。
「ぅ…」
「シュエちゃん!よかった…孫くん!」
「シュエ!!でぇじょうぶか…?ほっぺは痛くねぇか?」
「少しジンジンするけど…大丈夫」
どうやら私はブルマさんに膝枕をされていたみたいで、彼女にゆっくりと上半身を起こされた。その際にぽと、と冷えピタが膝に落ちる。
「服はびしょ濡れだったから変えさせてもらったわよ。私が乗って来た飛行船の荷台にシャツと短パンしかなかったけど…」
「…いえ、お気遣い感謝します」
あ…と声を上げるブルマさんを、申し訳ないけど無視して立ち上がる。そういえば、とお父さんの隣に立つ緑色の人に目を向けた。あ、ピッコロさんだ…
「…シュエが起きたことだし、そろそろ行くか。ピッコロ」
「…あぁ」
「待ってお父さん」
背を向けたお父さんの手を咄嗟に掴む。
「私も連れてって」
「おめぇ、自分が何言ってんのかわかってんのか?」
「重々承知してるつもりだよ。悟飯を助けに行くんでしょ?私も、一緒に行く」
「シュエちゃん何言ってんだよ!!君はまだ子供なんだぞ!?そんなの無茶苦茶だ!!」
「わかってます!けど、自分の弟をみすみす見殺しに何てできない。だから…」
「これは遊びじゃねぇんだぞ!!」
びくり、と体がこわばった。いつも温厚なお父さんが、怒鳴った…
お父さんは今までにないくらい眉を吊り上げて、私を見下ろしていた。
「おめぇだって身を以て経験しただろ、あいつの強さ…冷酷さ。相手が子供だろうがあいつにとっちゃそんなの関係ぇねぇんだ!いくらオラが武術を教えてたとしても、おめぇはまだ子供で、女の子なんだ…頼むから、ブルマたちとここにいろ。な?」
私の肩に手を置いて、言い聞かせるように念を押す。悲痛な面持ちをしたお父さんを見たら、もう何も言えなくなった。そんなの、そんなのわかっているさ…
前世ではアニメでの存在だったけれど、今あの子は、悟飯は私の弟で、それで…
私はなんて無力なんだろう。ぎり、と唇を噛み締めるとたらりと血が口の端を伝った。
「……わか、た…」
「いい子だ。けぇったらみんなでピクニックにでも行こうな」
口から垂れる血を親指で拭い、一度私を強く抱きしめた後お父さんは筋斗雲に乗ってピッコロさんと飛んで行ってしまった。
「………」
去り際、なんだかピッコロさんと目が合った気がした。
「…」
「…仕方ないよ、シュエちゃん。悟空も悟飯くんが攫われて焦ってるんだ。それに、ピッコロもいるんだぜ?…素直に喜べはしないけど…」
ぽんぽん、とクリリンさんが私の頭をなでる。
「シュエや、自分の父親を信じてあげなさい。…ブルマ、ドラゴンレーダーの反応の場所は覚えておるか?」
「え?うん、一応…まさか」
亀仙人のじっちゃんは、私の方を向いてニカッと笑い、親指を立てた。
ブルマさん同様クリリンさんやカメさんの口元がひくり、、と引きつったのを私は見逃さなかった。
「ワシらもそこに行くぞぉおおおー!!!」
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夢主ちゃんの前世はしがない大学生です。ここでちらっと夢主の正体(?)が出てきましたが、多分ちょくちょくそういう描写が出てくると思います。
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