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自由なき安寧に跪く




閻魔様のデスクの引き出しに飛び込んでからしばらく。僕は真っ暗な道をひたすら前に向かって歩いていた。1つもない明りのせいで自分が今どこにいるのか、本当に歩いているのか、目を閉じているのか開いているのかわからないでいる。
体中の感覚が段々わからなくなってきたころ、ようやく目前に小さな明りを見つけた。眩しさに目が眩みそうになりながらも、それに向かったひた走る。


「おっと、待ちな坊主」

「うわッ」


もうすぐ出口だという所で、不意に首根っこを引かれ尻餅をつく。振り返るとさっきまで何もなかったはずの暗い空間の中から、白い人がにゅッと現れ、思わず肩を揺らした。その人はめんどくさそうに白い髪を揺らしながら腕組みをした。


「こっから先は通行止めだ。お前みたいな子供が来る場所じゃねぇ。帰れ」

「僕はこの先の夢幻層という場所に用があります。すみませんが、通してください」


ばッと通行許可書を突きつけながら白い男の人を見る。彼はまじまじと許可書を見つめると、ちろちろと長い舌を出しながらそれをぐしゃり、と握り潰した。


「…確かにこれは閻魔直筆のものだ。いいだろう、通してやる」

「あ、はい。ありがとうございます…」


現れた時と同じように暗闇に溶けて行く彼を見送りつつ、残りわずかの道を歩く。彼は多分蛇だ。なんとなくそう思っただけで理由なんて言えないけれど、ちろちろとした長い舌といい全体的に白いといい、何より血のように真っ赤な目はどこか神聖さを感じた。蛇とは古来、脱皮を繰り返す姿から永遠を思わせられることから、命を象徴とするものとして崇められてきた動物である。夢幻層は魂が集まる場所。永遠を見失った魂たちを見守り続けると言う意味では彼は最適なのかもしれない。

ようやく1本道が終わりを告げ、暗闇から解放される。辿りついた場所は、壁に筒状の灯篭がいくつもかけられた広い洞窟の中だった。


「ここが、夢幻層…?」


なんだか思っていたのと違う。けど、雰囲気はそんな感じだ。息が詰まりそうというか、何となく息苦しく感じる。洞窟の奥に注連縄が垂れ下がる扉を見つけ、それにゆっくりと近付いた。ドアノブに触れると、ぶわッとそこを通して大量の感情が頭に流れこんできた。そんな負のものに耐え切れず思わず手を離すと、ようやくまともに息が吸えたような気がした。気付けば全身冷や汗をかいていて、心臓は口から飛び出るんじゃないかってくらい速く動いている。扉に触れただけでこんな状態になるんだ。中に入ればもっと重い症状を引き起こすだろう。


「どうした、入らないのかい?」

「……さっきの…」


1本道の入り口の壁に凭れ掛かりながら腕を組むここの見張りのお兄さん。彼は僕を嘲笑うかのように鼻を鳴らした。


「お前がどういう理由でそこに入りたがるのかは知らんが、やめといたほうがいいぜ。獄卒でも近付くやつはいねぇのに、生身の人間なんかが入っちまったらあっという間に連中に連れて行かれるぞ」

「…それでも僕は行かないといけないんです」

「…なぜそうまでしてそこに行きたがる。死にに行くのか。俺にはちっとも理解できん」

「死にたいわけじゃありません。僕はただ、大切な人を迎えに行きたいだけなんです」

「大切な人、ねぇ…。そこを自由に出入りできるのは閻魔だけだった。だが……お前なら、戻って来れるかもな」

「え?」

「さっさと行け。いつまでもそこにいられちゃ仕事の邪魔だ」

「…ありがとう、お兄さん」

「御白(ミシロ)だ。お兄さんだなんて年じゃねぇよ」

「はは…御白さんありがとう。僕、行くね」

「…………頑張れよ」


僕に背を向けた御白さんを横目に今度こそしっかりとドアノブを握る。さっきと同じように流れ込んでくる負の感情に逆らいながら、心なし重く感じる夢幻層の扉を開けたのだった。





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なんとなく夢幻層の見張りを出してみた。

御白(ミシロ)…全体的に白い。真っ赤な目が特徴。蛇の獄卒で、蛇特有の舌をちろちろとさせている。もはや癖。夢幻層の見張り役。


この物語での地獄は、基本は鬼の獄卒で構成されていますが、夢幻層など、獄卒でもあまり近付かないような区域には鬼以外の獄卒が働いています。なぜかというと彼らは大なり小なり自分の姿にコンプレックスを抱いているから。


ということになっています。夢幻層とかそのあたりは完全なるオリジナルとなっていますのであしからず。






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