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今、振り上げた剣を



夢幻層は不思議な場所だった。もっと不気味なところを想像していたのだけれど、どちらかといえばここは宇宙空間のようなところだった。


『こんにちは』


唐突に高い声に話しかけられた。視線を落とすと、3、4歳くらいの小さな女の子が立っていて、にっこりと笑いながら僕を見上げていた。普通ならかわいらしく思うはずなのに、その子の笑顔はなんだか気味が悪かった。


『おにいちゃん、まいご?』

「…ううん、違うよ。人を探しに来たんだ。僕と似たような服を着た女の子を見なかった?」


それでも手がかりは必要なわけで。女の子に聞くと少し考えたそぶりを見せたのち、ぱッと僕の手を取って引っ張った。途端に背筋を悪寒が駆け抜ける。


『わたしみたよ!あっちにいた!』


こっちこっち!と引かれるまま空間を歩く。この子に着いて行ってはいけない。本能的にそう思ったんだけど、どういうわけか振り払っても女の子の手から僕の手は解けることはなかった。


『ふふ、こっちだよー!』

「ちょ…」


気付けば周りは女の子と似たような子たちが集まってきていて、あちこちからたくさんの手が伸びてきた。それらが触れた場所から流れ込んでくる黒いものから少しでも逃げようと身をよじった瞬間、目の前を何かが花火のように弾けた。


『ぎゃぁッ!!』

『いヤ、これいや、キラい』

『来ナイデ、来なイで…!!』


口々にそう言いながら僕から離れているそれらはあっという間に空間に溶けて消えた。そんな彼らを蹴散らした光は何度か僕の周りを旋回した後、ゆっくりと人の形に姿を変えていく。


「…あなたは、」


にっこり、と笑う彼女は僕に背を向けると歩き出す。そして数歩進んだところでくるりと僕を振り返った。まるでついて来いと言っているみたい。さっきの女の子のこともあって警戒していると、彼女は困ったように眉を下げながら、ちょいちょいと空間の向こうを指差した。…なんとなく、その向こうにお姉ちゃんがいる気がして、僕は一定の距離を保ちながら彼女に着いて行くことにした。



何分、何十分くらい歩き続けただろうか。薄く発光している彼女はとても目立つからはぐれることはないけれど、こうも長いこと歩いていたら少しは不安になって来るもので。また騙されたのかも、と頭の片隅で思った頃、唐突に彼女は歩みを止めた。僕を振り返る彼女の足元には、膝を抱えるようにして蹲るお姉ちゃんがいた。彼女はお姉ちゃんの頭を数回なでた後、困ったように笑いながら僕を見た。


『この子をよろしくね、悟飯くん』

「!ま、まさかあなたは…」


ふッと彼女は霧散した。彼女が何者かなんとなくわかってしまった。そう、多分あの人は…

僕はゆっくりとお姉ちゃんに向かって歩いた。


「……どうしてここに来たの」

「迎えに来たんだよ、お姉ちゃん」


膝から顔を上げたお姉ちゃん。けれどお姉ちゃんじゃない。半分は僕の知るお姉ちゃんの顔で、もう半分は僕の知らない女の人の顔。きっとその半分が、前世でのお姉ちゃんの姿なんじゃないのかなって思った。お姉ちゃんの目は虚ろげに揺れて、それでも僕を睨むのを止めなかった。



「迎えなんていらない。いくら悟飯でも私はここから出ない。出たくない。だって出てしまえば私が異物だって嫌でも突きつけられるから。この世界にはもともと私は存在しない。存在してはいけなかった。なのになんで…どうして生まれたの…?私は生きるべきじゃなかった。あの時姉さんと一緒に全部全部消えてしまえばよかったのよ…!!

…私はもう悟飯たちのところに戻れない。戻る資格なんてない。お願いだからこのまま帰って!!」


夢幻層は魂そのものを映し出す場所でもある。だからきっとこれはお姉ちゃんの本音なのだろう。
ぶわり、とお姉ちゃんの背中からたくさんの黒く蠢くものが噴き出した。これはセルゲームの時にお姉ちゃんが見せた技…。確か、散画龍・八岐大蛇。8頭の龍が僕を飲み込まんとする勢いで迫りくる。けれどそれらを避けつつ着実にお姉ちゃんへを近付いて行く。そんな僕に気付いたのか、お姉ちゃんは後ずさりした。


「…嫌だ。絶対に帰らない」

「…こ、来ないで…」

「お姉ちゃんを連れて帰るって決めたんだ。約束したんだ!だから僕は何が何でもお姉ちゃんを連れて帰る!!」

「来るなぁああッ!!」

「前世?異物?そんなもの知らない。お姉ちゃんはちゃんと生きていた、笑ってた、泣いていた。僕が知るお姉ちゃんは勉強ができて面倒臭がりで、飄々としているわりに情が移りやすくて、暑がりで、いつも僕の手を引いてくれたどうしようもなく優しくて温かい太陽のような人だ!!お姉ちゃんが生きてきた13年は僕にもお父さんにもお母さんにもクリリンさんにも、お姉ちゃんを知る全ての人の心に存在しているんだ!!僕はお姉ちゃんが異物だなんて思ってことはない!!僕が生まれた時から大好きで愛おしい人に変わりない!!だからいい加減気付け、シュエー!!」

「……ッ!!!」


思わず抱きしめたお姉ちゃんの体は思った以上に細くて、少しでも力を入れれば折れてしまいそうな気がした。抵抗されるかと思ったけれど、逆にお姉ちゃんはそっと僕の服の裾を掴んで、じわりと肩口を涙で濡らした。同時にお姉ちゃんの周りを浮遊していた8頭の龍たちも消える。


「……生きて、いいのかな」

「うん」

「私、かえっても、いいのかなぁ…。また悟飯たちと、一緒に生きても、いいの、かなぁ…!」

「いいに決まってるよ!もしダメだなんて言うやつがいたら、僕がぶっ飛ばしてやる」

「…あは、悟飯、変わったね…。すっかり大きくなって…」

「いつまでも泣き虫じゃいられないよ…」

「そっか……ありがとうね」


もう一度お姉ちゃんをギュッと抱きしめた瞬間、お姉ちゃんの体が光の粒子となって空気中に消えた。多分もう、お姉ちゃんは大丈夫だ。僕は立ち上がり、後ろにいる気配に向かって声を掛けた。


「あなたが茜さん、ですよね」

『…うん、そうだよ。そっか、あの子、ちゃんと自分のこと話せたんだね。よかった…』

「なんとんあくあなたのことは理解しています。お姉ちゃんの前世での神龍、なんですよね?」

『やっぱり悟飯くんは賢いなぁ。その通り、私は神龍。神様に作られた龍だよ。けれど、私は君の世界の神龍と違ってドラゴンボールという媒体がなくても個人の意思で願いを叶えてあげることができる。でも、誰彼かまわず叶えるわけじゃないよ?私が本当に叶えてあげたいと思った人間たった1人にだけ、適用されるの』

「それがお姉ちゃんだった」

『そう』

「…あなたは、お姉ちゃんを…」

『大好きだよ。親友だもの。あの子の前世での家族事情は聴いたでしょ?出会った時からすべてを諦めたような目をしていたあの子の笑顔が見たかった。どうしても幸せにしてあげたかった。けど、ここでもあの子を死なせてしまったんだね…。私は同じ過ちを繰り返した。もうあの子に顔向けできないよ…』

「…そんなことないと思います。お姉ちゃんは茜さんを恨んだりしてませんよ。だって、前世でのあなたの話をしている時のお姉ちゃんはとても優しい顔をしていたから」

『!…そっか。変わらないなぁ、雪は。ふふ…。いいことを聞かせてくれた悟飯くんに、わたしからささやかなお礼を1つ』

「え、別にお礼だなんて…」

『いいからいいから聞きたまえ!あのね、雪…ううん、シュエはね、本当はすっごく照れ屋さんで寂しがり屋さんなんだよ。だから悟飯くんが上手く押し引きを使い分ければ、あの子ってばコロッといっちゃうんじゃないかな』

「!?」

『あはは!!この情報をどうするかは君次第だよ。…じゃ、ばいばい』


引き留める間もなく再び消えた茜さんは、もう二度と僕の前に姿をおあらわすことはなかった。ふっと気付けば宇宙空間のような光景ではなく、灯篭が壁にたくさんかかる夢幻層に入る前の広い洞窟の真ん中に座り込んでいた。
放心する僕を面白そうに見つめる御白さんがいる。


「戻ってこれたのか。…ま、その様子じゃお迎えは成功ってか」

「…そう、ですね。はい、ちゃんと手を取ることができました」

「あの子、お前の大切な子なんだな」

「!会ったんですか…?」

「さっきここをお前と似たような服を着た女の子が通ってったぞ。お世話になりましたってな。律儀なもんだ」

「…御白さん、いろいろありがとうございました。本当に…」

「…よせよ。俺は感謝こそすれどされるようなことはしてない。夢幻層の中で彷徨う魂たちを見守るのが俺の務めだ。干渉をせず、ただ見守るだけ。いつの日か自分のあるべき場所がわかるその日まで、俺はこいつらと共にある」

「…見つかりますよ、きっと。大切な人が迎えに来てくれます」

「だといいな」


夢幻層の扉を見つめる御白さんの赤い目はどこまでも優しく、慈愛に満ち溢れていた。どうかこの先、ここの魂たちが本当に大切なものに気付いてくれることを願う。






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