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課題提起
西谷が俺ん家のと違いますね!とか言うから、お雑煮ってすまし汁じゃないものもあるんだってことを知った。 もしかしたらこういうのも地域性とかあるのかな。
ほら、関東と関西のうどんは違うとかよく聞くし、お雑煮にも色々と種類があるものなのかも。
なーんて疑問は後でググるとして、ひとまず私は目の前でどんだけ食うのってくらいおせちとお雑煮を食べ続けてる自身の彼氏を見つめていた。
いや、本当に惚気てんじゃねえよっていうか、自分でもバカかなって疑わしいんだけど。私、多分西谷のことならいつまででも見つめていられそうで。
西谷が好きすぎる自分が、たまにちょっと怖いくらいだった。
でも最近やっと、うちの居間に西谷がいることにも慣れてきたかも。
「ねえ西谷ー?」
声を掛ければ、なんとなくつけたままになってたテレビから向き直って私の方に顔を向けてくれる西谷。
「ひゃい!どーしました?」
でも、口いっぱいに餅は入ったまま。 そんな口の中にもの入れたまま喋ったりして、喉引っ掛けないかなこの子。とか、まるで保護者みたいなことを考えてしまう。
「私らもうすぐ付き合って三ヶ月は経つよねー」
「あ、確かに!もーすぐ記念日っスね!」
私達の記念日は西谷の誕生日翌日。 だから10月11日だ。
実は私は、西谷はきっと記念日なんか気にしないし、むしろ付き合った日にちなんか速攻忘れるものと思っていた。 けれど予想外なことに、毎月11日には今日記念日っスね!ってニカッと笑ってくれるから。
西谷はきっと、私が思うよりずっと私との交際を大切にしてくれているのだと思う。
まだ2回しか迎えていない記念日だけれど、いつまでもこうして祝えたらいいなー。って、
「そうだけどそうじゃなくてー」
違うんだよそう言う話をしたくて振った話題じゃないよ! なんか西谷がもうすぐ記念日って言ってあの太陽みたいな笑顔を向けてくるから、危うく脱線しそうになったわ。
「?」
西谷が悪いわけじゃないのに目尻をきつくして睨むように彼を見つめれば、彼は不思議そうに首を傾げていた。
キョトンとした顔で首をかしげるその仕草に、私の西谷フリークな心臓はキュンとしちゃったりするわけなんですが。
「あんたいつまで私に敬語使う気よ」
それとこれとは別の話。 私が不満げに頬を膨らませて口にした言葉に、
「えっそ、それは……」
さっきまで可愛いキョトン顔してた私の彼は気まずそうに視線を逸らした。
「それは?」
目線を逸らされたことにムッとして、拗ねたように唇を突き出してみせる。と、
「たとえ付き合っても!ナマエさんは先輩ですし!」
西谷は両手をコタツのテーブルの上で握り締める。片手は箸を持ったままだ。
なんかその姿は食べ物に意地汚い犬かなんかみたいで、ちょっと可愛い。
けど、
「……してる時は結構タメ口きくくせに」
私だって折れる気はなかった。 西谷は普段は徹底して敬語のくせに、ふとした瞬間とかやらしいことしてる時だけ、タメ口で煽ったり愛を吐いてきたりする。
それが決してダメっていうわけじゃないけれど、正直不意に西谷にナマエって呼ばれると、心臓発作で死ぬかもって冷や冷やするから勘弁してほしいんだよね。 いっそいつもそう呼んでくれるならきっと慣れたりもするのに、普段は頑なに後輩のままだしさ!
だからそれを指摘すれば、
「え、あっすみませ」 「そーじゃなくて!普段から敬語なんかいらないって言ってんの!謝らないでー!」
西谷は怒られてるとでも思って謝ろうとするから、もう私はヤケクソみたいに叫んでしまった。
敬語なんかいらない。 だって私達は付き合ってるんだ。
学年の差があっても、そんなのは生まれたのが少しだけ私の方が早かったっていうだけの話だ。
今はこうして付き合っているのだから、先輩後輩じゃなくて、恋人としてもう一歩歩み寄ってくれてもいいんじゃなかろうか。
そう訴える私に、
「で、でもっ」 「でもじゃないよーっ!あとさん付けもしなくていいから!むしろしないで!」
西谷は未だうだうだ、でもとか言い逃れしようとするから。 バン、と音を立てて掘り炬燵を叩いてみる。
「え、なっ!?急にどうしたんスか!なんか怒ってるんですか!?」
するとどうだろう。 私の愛しの恋人は慌てた様子で、ちょっと困った顔。
そりゃそうだ。西谷は付き合うことになってからずーっと敬語だったし、ナマエさんって呼んできたのに。 いきなりこんなことで喚き出したりして、意味がわからないとは自分でも思う。
「……だって、」
「?だって?」
でも、
「……西谷、同じクラスの女の子とタメ口で話してた」
今日初めて、西谷が同学年の女子と話している姿を見てしまった。
そして彼女達と気兼ねなく話している姿を見て、思ってしまったんだ。
「え!?そ、そりゃー、同い年なんで敬語は使わないっスよ」
「私彼女なのに!なんか……他の子より距離あるみたいで、嫌なんだもん」
ああ、いいなーって。
戸惑う西谷に尻すぼみになりながらもぼやくのは、なんともわかりやすい嫉妬の心だ。
私、西谷の彼女なのに、全然知らない同じクラスってだけの女の子が羨ましくてたまらなかった。
愚かだなって思う。 こんなに大事にされといて、今もせっかくの元旦に、家族より私を優先して一緒にいてくれてるのに。
大好きだってたくさん言ってくれるし、部活で疲れてても毎日夜は送ってくれるし、年下のくせにクリスマスにはあんなサプライズまでしてくれちゃってさ。 彼の全身はいつでも私への愛を叫んでる。
だから、ちゃんと知ってる筈なのに。
私も西谷と同じクラスに入られたらよかったなーって。 私の知らないところで女の子と仲良くしないでーって。 私もあけおめって気安く挨拶されたいなーって。
思っちゃったの。バカだってわかってるけど、我慢出来なかった。
と、自身のどうしようもない欲張りを少しだけ省みていれば、
「〜〜っナマエっ」
なんだかもう耐えられないって顔で、私に飛びついてくる西谷。
「わ、っと、西谷?」
多分、男の子に抱き着かれているわりには、その衝撃は驚くほど軽い。
けど、彼の腕は言うまでもなくちゃんとした男のもので。 ぎゅーっと私を抱き締める力は、いつだって驚くほど力強かった。
「あんま可愛いことばっか言うなよ……!」
ちょっと苦しそうにさえ聴こえるその声は、いつもより少しだけ低い。
「か、わいいかな、こんなの」
その声がいつもの可愛い姿とは違って、男っぽくてカッコよくて。また胸がキュンっていうのを自覚した。
「可愛いっスよ!ヤキモチ焼きなナマエさん!」
西谷はぎゅっと一際強く抱き締めてから、そっと私の顔を見上げてくるけど、
「あ、また!敬語!さん付け!」
さっきはちゃんとタメ口も名前呼びも出来てたのに、速攻で元に戻った。
「あー!いや、切り替えんの難しくて。意識はしてみますけどなかなかっ!……つーか、」
それを指摘すれば、西谷は苦々しく唇を噛む。 呼び名や口調なんてなかなか長年の癖が抜けるものじゃない。きっとわかっていてもそう簡単に直せるものでもないのだろう。
これはもう毎日指摘しまくって反復練習しかないかな。なんて思っていたら、
「名前呼んでくれないのは、むしろナマエさんの方だろ」
なんと、とんでもないブーメラン。
さっきまで私の手にあった、頬を膨らませて拗ねたみたいにじっとりと睨みつける権利は、
「えっ!?」
「俺の名前、してる時しか呼ばない」
いつの間にやら西谷の手に渡っていた。
「え……あ、それはっ」
そうなってしまうと、狼狽することになるのは私の方。
今まで散々西谷にあーだこーだと文句をつけた分のツケが、
「俺に敬語とさん付けやめろって言うなら、ナマエさんも呼び方変えてくれるのがスジなんじゃないっスかー?」
今度は自分に降りかかってくるのである。
「うっ……に、西谷めぇ、意地悪っ」
見事な手のひら返しを食らって、眉をハの字にして唇を噛むこととなった私に、
「ハハ、ほら、ナマエ」
西谷はおかしそうに笑って。
鼻先の触れる距離、その真っ直ぐで少しの淀みのない綺麗な瞳に私が映る。
いつもバカみたいに声のでかい西谷が、そうやって至近距離で私を呼ぶ、少し掠れた声が、一瞬で私の心を浚っていった。
「…………ゆ、夕?」
私のが身長高いくせに、顎を引いて上目遣いで言う。
そうやって誘ってみたりおちょくってることも多々あるんだけど、残念ながら今回はそう言うのじゃなくて。 恥ずかしくて顔を背けようとしたけど、西谷の手のひらに頬を撫でられて逃がしてもらえなかったって、だけの話だ。
「……ッス!」
なのに、顔を見合わせて名前を呼び合うなんてことをさせた張本人は、目の前で耳まで真っ赤になるから。
私ももう限界。 顔が熱くてたまらなかった。
「……は、恥ずかしくない?これ」
「……恥ずかしいよな……っ」
同意を求めれば、西谷がはあ、と吐いた息に二人分の緊張が滲む。
だめだこりゃ、そう思ってしまった。 きっと西谷もそう思っただろうなー。
「や、やっぱもうちょっとだけ今まで通りでいく?」
なんて一人で納得してした私の提案に、
「や、それは!だ、ダメだ!」
予想外の言葉が返される。
ダメなんて言う西谷は少し口籠るのに、その声ははっきりとした意思を滲ませていて、
「え、な、なんで?」
首を傾げる。
こんな、名前で呼び合うだけで二人して真っ赤になってわちゃわちゃしちゃってさ、今の私達にはハードル高いってことくらい西谷もわかってる筈なのに。
だいたい私からした提案だし、西谷も初めはそれはちょっとーって言ってたくせに。なんだって今はこんな頑なにダメとかいうのよ。
そう、ぽかんと口を開けて間抜け面を晒す。
と、次の瞬間。
「……ナマエはいつか西谷になんだからっ!俺のこと西谷って呼んでたらおかしいだろ!」
耳を疑うような一言が飛び込んでくる。
「え、」
なんて小さく息を漏らすと、
「今のうちに呼び慣れてもらわねーと、将来困るだろっ!」
目の前で、ただでさえ真っ赤だった西谷の顔がより一層赤くなって。
困ったように顰められた顔は、きっと全力で照れてるのを隠そうとしてて。 けど綺麗な色の瞳だけは真剣そのもの、私を捉えて離さない。
そんな彼の様子に一瞬で心奪われて、
「〜〜〜っに、にしのやあーっ」 「あ、ちょっナマエさんっ!?」
押し倒す勢いで飛びついた私も、小柄な身体をながらなんとかそれを受け止めてみせる西谷も。
もはや全然名前呼びできてないから。
私達が周りのカップルみたいに気安く名前で呼び合うようになるには、まだまだ時間が掛かりそうだってのが現実。
けど、
「……いつか、本物の指輪買うまでには、ちゃんと呼べるようになりましょう」
「うん、が、頑張ろ……っ!」
二人で顔を見合わせて、笑いあってキスをする。
私達が周りのカップルにラブラブとかそういう度合いで負けてるかって言ったら、そんなことは絶対あり得ないなーって思うから。
いつかは西谷家のお雑煮の味、覚えたいなーとか気の早いことを考える、1月1日の正午。
付き合って三か月も経ってないのにさ、当たり前に将来は同じ姓になるって考えてくれるこの人が、本当に本当に、大切だと思った。
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