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月なんかじゃ足りない



新年を迎えて初めて目にしたものは、西谷の笑顔だった。

「あけましておめでとうございます!ナマエさん!」

去年の初めには想像も出来なかったなぁ。
まさか、次の年越しの頃には私に彼氏が出来ていようとは。

私よりずっと低い身長、室内なのにめちゃくちゃでかい声、道を歩けば小学生と間違われるガキっぽい言動。
そんな少しもタイプじゃないはずの後輩に、恋をするなんて。

人生って本当に何が起こるかわからないものだ。

「あけましておめでとう!西谷!」

いつもは逆立ってる髪は、お風呂入ってからうちに来たから今日はぺちゃんこのサラサラで。

「わっちょっ、ナマエさん!?」

その頭をくしゃくしゃに掻き乱すように撫でるのが、私のマイブーム。

そうしていつもはかっちょよくセットされてる髪の毛がぐっちゃぐちゃになったタイミングで、

「今年もよろしくーっ!」

私は西谷に触れるだけのキスをする。

まあ、あけおめの挨拶というか、景気付けだ。

けど、

「〜〜っナマエさんっ」

そんなキス一つで顔を真っ赤にして照れてくれちゃう、私の可愛い西谷に胸がきゅーんってなった。

新年早々、初ときめきだー。
なんてにやにやしてたら、

「わ、ちょっ西谷っ!?」

西谷が私に腕を伸ばしてきて、強引に抱き寄せてきた。

かと思ったら、

「すみません、俺、我慢出来ないっス!」

驚く私を見つめながら、鼻息荒く言い放つ。

「え、いやいやいや、これから初詣の予定でしょう!?」

その目は既にギラギラしちゃってて、あ、これあかんやつや……って思いつつも精一杯抵抗する。

だって、年が明けたら一緒に初詣行こうねってずーっと約束してたんだもん。

そしたら念願の初デートだねーって。

だから今ここで西谷の求愛に負けたら、ずっと楽しみにしてた約束を果たせなくなりかねない。

「はい。でも、煽ったのはナマエさんっスよ?」

なんで、普段は従順っていうか私の言うこと割と聞いてくれるのに、こういう時は強引っていうか、譲ってくれないんだろう。

私がそういうことしようとする西谷を振り解こうとしてるのは、なにも初詣だけが理由じゃない。

それは、

「でもでもっさっきしたばっかりじゃ……んんっ」

私達が今ベッドで裸のまま抱き合ってる状況を考えたら、理由は明らかってもので。
年が明ける寸前まで私達はお互いを貪るような行為に夢中になっていたばかり、なのだ。

そりゃさ、今したら私もう立てないよ!って主張しようとするでしょう?私の体力は西谷みたいに無限じゃないんだから。

けれど私の必死の訴えは、迫ってきた西谷の唇に飲み込まれてしまう。

「……は、……んぅ」

そして散々ひとの口内を荒らし回った後に、

「はい。けどあと一回くらいしてからでも、神社は逃げないっスよ」

ようやく解放された私に告げられるのは、要するに彼を説得することはできないってことだった。





近所の神社は、もう10時だというのにそこそこ人がいた。
でも東京の有名な神社と比べたら過疎地域にも程がある。

だから私達が手を繋いで歩くのも余裕だった。
人混みで逸れるとか手を繋いでいて通行人の邪魔になるとかっていう少女漫画とかの定番みたいなことは起こらず、むしろ私達が手を繋いでいれば人が避けていくほどだ。

まあ、私達は女側のがでかいっていうちょっと残念な身長が差あったし、私も西谷も割と目立つからなー。なんて、納得することにした。


でも本当なら夜のうちに初詣に来る予定だったのに、こんな時間になってしまったのはこの隣に並ぶ体力バカの所為。

もう無理って言ってんのにナマエさんは寝ててもいいっスよとか返してくるの。
いや、寝れるかよって話でしょ!

「あれー!?西谷じゃん!」

「わ!ほんとだ!あけおめー!」

と、神社の階段で西谷に話し掛けてきたのは、どうやら彼のクラスメイトの女の子達らしかった。

「おー!お前らも初詣かー!あけおめ!」

西谷もにこやかに挨拶を返す。

「え、てか、うそうそ、噂ってまじなの!?」

と、二人組の女の子のうち片方が酷く興奮した様子で西谷に問う。

「?何がだよ?」

彼はぽかんと首を傾げるけど、隣で黙って会話を傍観してる私には、彼女が今から何を言わんとしているのかはっきりわかるようだった。

どうせこの子は、

「あんたこの、あの、ミョウジ先輩と付き合ってんの!?」

私と西谷が付き合ってるのかどうかって問いたいのだ。
この、あのって、どういう日本語だろう。

あ、多分この子頭弱いな。西谷と同じクラスってことは進学じゃないし……。
とか脳内で悪態をつくのは、まあ、二人でいるのにこんな目の前でよくわからないクラスの女子に西谷を取られてイライラしてたから。

「?おう!付き合ってるけど、どーした!」

どーしたじゃないよー西谷ー。
もうさ、付き合ってるし、デートだからまたなって言ってこんな子達バイバイしてよー。

とか脳内ではもはや、西谷にさえ不満を貯め出すけれど、そんなこと言えるはずもなく。

話の流れからこっからどう転ぶのかなんて予想出来ていたけど、まあ、我慢しとくかーって思ってた。

「え、あ……いや、あまりにも、ふたりの身長差が」
「ていうか人間としてのレベルが……」
「月とスッポン……」

その言葉を聞くまでは。
けれど聞いてしまったら一瞬で気が変わった。

「あぁああー!?今なんて」
「ねえねえ、西谷のクラスの子ー?」

なんかあんまりな言われように西谷は激昂しようとしたけれど、私は笑顔で西谷の前に歩み出る。

「は、はい!」
「うわー、まじで喋ったぁ」

すると、やっぱりこの子達バカなんだと思う。
私がちょっと笑いかけただけで女同士のくせに目を輝かせてた。

まあ、そんなキラキラした目で見つめられると嫌な気はしないんだけどさ?

でも、

「月とスッポンっていうのは、一見似ているけど実際には全く違うものを言うのよー?私と西谷、似てるとこある?」

私は今イライラしていたから。
まるで国語のプリントの答え合わせでもするみたいに、嫌味を言った。

「え……」
「い、いえ……ありませ」

その笑顔が相当怖かったんだと思う。
西谷のクラスメイトの女の子二人組は、途端に真っ青な顔になる。

「そーお?じゃあ国語のお勉強し直した方がいいかもね?日本語間違えちゃうのってすっごい恥ずかしいから」

それはもはや後輩イビリというか、イジメにさえ見えたのだろう。

「ナマエさん……」

咄嗟に私の手を引く西谷が、制止と思われる声で名を呼んだ。

内心、チッて舌打ちしてたよ。
なんで庇うかなー?って。

でもこれ以上性格悪いとこ見せて西谷に幻滅されるのもなんだし、ここらで許してやりますかー。って考え直して。

「あ、それと、私にとっては西谷は世界一カッコいい太陽みたいな男だから、月なんかじゃ足りないってことだけ言っとくねー?」

最後に一言だけ言わせてもらう。

「〜〜っ!?ナマエさんっ」

と、隣で西谷が凄い勢いで手を握ってくるから。

正直ちょっと、痛かった。

けどそんな痛みも、西谷が嬉しさのあまり私の手を握り潰そうっていうのなら、まあ甘んじて一本くらい手を差し出してやらないこともない。

「ほーら、もうこんな時間なんだからっとっとと行くよー西谷っ!早く帰って一緒にお雑煮作るんだからっ!」

そう言って手を引けば、

「「……っ!?」」

目の前の女の子二人組が面白いほど狼狽するのがわかった。
多分、一緒にお雑煮作るとかどんな仲なんだろうって、脳内で目眩く妄想でもしちゃってるのだ。

そう考えたらちょっと可愛くも思えてきて、

「じゃ、またねー?西谷のクラスメイトちゃん?」

私は名前も知らない彼女らに手を振った。

それから、さっきから感動してんだかなんだか知らないけど、私を見上げて形容しがたい顔してる恋人の手を引く。

「ほら、せっかくのデートなんだからエスコートくらいしなさいよ、あんたは!」

「は、はいっ!」

御察しの通り、初デートはそのまま、締まらないものとなる。

けど、好きな人と手を繋いで参道を歩いて、神様にふたりの健康と安泰をお願いして。

エスコートは無かったけど、西谷は年初めずっと私の隣にいてくれたから。

とりあえず良しとしようじゃないか。



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