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冗談でもこの場限りの言葉でもねぇ



西谷の大きな口にかかれば、4等分に切り分けたキッシュも一つあたりおよそ3口程度。
もしかしてフードファイターかな?圧巻の食べっぷりに私がポカンとしている間に、西谷はペロリと二切れ食べ終えて口を開く。

「ナマエさんっ!?料理上手いじゃないスか!」

満面の笑みで煽ててくる。

「えっ」

しかももう三切れ目に手が伸びているのを見る限り、その言葉も嘘じゃない。

「ほんと?食べれる?」

けれどまだおっかなびっくり問い掛けると、

「大丈夫っ!ちゃーんと美味いですよ!いい嫁になれますね!」

西谷はパーフェクトの回答をくれる。

実はその大きな一口めの時点からドキドキハラハラだった私は、ホッと胸を撫で下ろしながら息をつく。

必死に作ったことないレシピを覚えたのは、西谷においしいって言ってもらいたかったからだ。

キッシュとか焼くだけでしょって思ってたのに、実は試作で成功したのは一度だけで。
今回も失敗したら捨てようと思いながら作ったメニューだったのだ。

美味しいって言ってもらえた。それどころかいい嫁になれるなんてお墨付きまでもらえた。おかげで料理に対するやる気が俄然上がる。

これからもたまに料理作ってやろっと!そしたら私料理得意になるかもなーなんて考えながら、

「〜〜っ!あ……じゃあ、嫁に」
「これでもう、俺が嫁にもらうだけだな!」

私が調子に乗って嫁にして、とか軽口を叩こうとすれば、その言葉を遮ってニヒヒと笑う彼がいる。

「……!うーっ西谷ほんと好き……っ」

私は思わず、掘りごたつの隣に座る彼に飛び付いた。

「……っッス!俺もです!」

その衝撃でちょっと揺れつつも、ちゃんと受け止めてくれる西谷が、照れながらも嬉しそうに想いを返してくれて。

「……っうん!へへへへへ」

あー、こんな幸せがあっていいの?なんてバカみたいに鼻の下を長くした。
私はもう、身も心も西谷にめろめろだ。

でも、まだクリスマスは終わりじゃない。
私は、どうやら褒めて伸ばす方針の未来の旦那様をぎゅーっと強く抱き締めてから、そっと離れる。

「ちょっとだけ待ってて?あ、食べてていいから!」

西谷にずぅーっとひっついていたい気持ちは山々だけど、そうもいかない事情があった。

「?はい」

私が笑えば、彼は瞬きをした。

それから突然立ち上がった私に、

「……?ナマエさん?」

西谷はますます不思議そうに、首を傾げる。

その横を通って部屋を出て、スキップしちゃいそうなワクワクを押し殺して、自室からピカピカした紙袋を持ってくる。

そして、

「じゃじゃーん!クリスマスプレゼントー!」

西谷に笑い掛ければ、

「うわ!えっマジスか?!」

彼は驚いて肩を揺らした。

「すげー!開けていいスか!?」

「いいよーってか早く開けて!クリスマスが過ぎ去る前に!」

贈り物だから当然なんだけど、紙袋の中にはさらに袋が入っていて、開封を待つ間も待ちきれなくてそわそわしちゃう。
実際はクリスマスの日付内に渡す事にこだわってるんじゃない。
贈り物を喜んでもらえるのかどうか、不安と期待で落ち着かないだけ。

そうして彼が袋から取り出したのは、

「ん?これ……マフラー!?」

オレンジ色の鮮やかなマフラー。

「せーいかーい!西谷いっつもさー、私が中で待っててって言ってもバイト先でも学校でも、外で待つじゃない?ほら!今日とかも!だからさー、風邪引かないか心配で」

西谷になんだよマフラーかよって思われるのが怖くて、早口でまくし立てるように説明する。と、

「あざーっす!うおーっ!あったけー!」

早速私のあげたマフラーを巻いてみてくれて、マフラーに口まで覆われたその姿は、なんていうか私グッジョブって感じの可愛さで。

実は何の捻りもないプレゼントかなーなんて弱気だった心が一瞬で解けた。

「くらえ!カシミヤパワー!」

かめはめ波でも打つの?ってポーズで言うのは、精一杯の照れ隠し。

「カシミヤ?!なんスかそれ高そう!!」

なのに私の言葉に、西谷は余計な心配しだす。

戸惑ったその顔は、多分、私が料理もしたのにプレゼントまで貰う事に気が引けてるようだった。

「大丈夫!安心して!カシミヤ100パーセント高いけど、それはカシミヤ混なの。でも、暖かさ的にはかなり優秀なはずだから!」

軽くて暖かなカシミヤ混マフラーは、烏野のリベロのユニフォームのオレンジにそっくりな色で。
実はネットで一目惚れだった。

あー、これ、西谷に絶対似合うなって、思ったらもう購入ボタン押してた。

だからカシミヤ混であったか仕様だったのは副産物って感じが否めないけど、私の手をいつも西谷が温めてくれるみたいに、彼のことも寒さから守ってくれたらいいなって思うんだ。

「はい!俺もう汗かきそうっス!」

そう言って笑う西谷は、確かにちょっと汗ばんで見える。
そろそろ暖房も効いてきて室内も暖かく、さらに私達はこたつに入っているのだ。その上マフラーなんか巻いてしまったら、汗が出てくるのも当然だ。

「いやいや、もう取りなよ室内だし」

私は呆れたように西谷の首元に手を伸ばす。

けど、その手はどうしてか彼の手に捕まってしまった。

「はい。ありがとうございます、ナマエさん」

そして、近寄ってくる西谷の顔は、慈愛に満ちた優しさで私を見つめる。

「じゃあ、仕切り直しましょう」

なのにその奥でぎらつく瞳は、まるで餓えた獣のようで。

「料理にプレゼント、貰ってばっかじゃ悪いんで」

マフラーを外しながら舌なめずりして見せて、

「お礼しねえと」

クリスマスが終わる瞬間、私の唇を塞いだ。

お腹いっぱいとはいかなくても、空腹で彼の腹が鳴ることはもうないだろう。ローストビーフもケーキも、まだ食べてない。

けどそろそろ、私も腹を括らなくちゃいけなさそうだ。





今日泊まってくの?なんて聞いてない。
でも、クリスマスはお泊りって、なんとなくふたりとも思ってた気がする。
きっと何年経っても、今日という日は一生忘れられないだろう。

いろんなことがあった。久しぶりに会った母の事を想うと、まだ胸は痛む。
けれど彼が待っていてくれた。泣きながら私の胸から鉛を抉り出してくれた。私の料理をおいしいと言ってくれたし、一晩中抱き締めていてくれた。

朝起きたら、いつも一人で縮こまって眠ってるシングルベッドに好きな人が一緒に眠ってる。その光景は、なんだか酷く擽ったいものだった。

西谷の寝顔は無防備で、口を開けて寝ている姿はまるで小学生。

でもそんな姿にもキュンとしちゃうわけだけど、目の前で私の枕によだれ垂らしてる彼を見ていると、昨日のことはまるで夢みたいだと思った。

壊れそうに高鳴るお互いの鼓動と、味わったこともないような快感と、それを引き裂くような、自分って器が壊れるんじゃないかって程の痛み。

西谷に忘れられない夜にしてあげるって言ったけど、私にとっても忘れられない記憶になった。

西谷は、なんかほんと、勘弁してってくらいカッコよくて。

私はまたひとつ、深みに嵌るみたいに彼を好きになっていた。

なんだか思い出したらまた高鳴り出す心臓に、私はそっと胸の前で拳を握り締めて落ち着けーっと深呼吸する。と、

左手に違和感。

?なんだろう。そう思って布団から手を出せば、息が止まる。

「え、」

私の左手の薬指。
そこには見たこともない、キラリと光る銀色の物体が嵌っていた。

「おはようございます、ナマエさん」

と、呼吸も忘れてその違和感の正体を見つめている私に、隣から予想外にはっきりとした声で飛んでくる挨拶。

「にし、のや……」

ぽかんと口を開けたまま、視界はそのままに焦点を奥に向ける。

と、

「やーっと気付いてくれました?」

そう言って彼は私の左手に自分の左手を絡めた。

そして、

「これ……」

彼の左手にも、私と同じように銀色の輝きがある。

「……ペアリング?」

未だ信じられない面持ちで呟く私に、西谷はニヒヒと悪戯が成功したみたいな顔をする。

「はい。ナマエさん意外と起きねぇから、俺はもう早く気づいて欲しくて起こしちまおうかとうずうずしちまって」

寝てる間に指輪を付ける、なんてキザなことをしておいて、照れ臭いのか早口に言う西谷。
途端、そんな彼の顔が、ゆらりと揺れた。

「……うそっ」

なんとか呟けたのは、馬鹿みたいに現実を問う一言だけで、私は気付いたら嗚咽をあげて泣き出していた。

「えっわ、ナマエさんっ!?」

西谷は突然の涙に驚いてた。
当然だろう、きっと彼は笑って欲しくて、こんなサプライズを仕掛けてきたのだから。

「ごめっ……夢、みたいにっ嬉しくて……っ」

しゃくりを上げながらもなんとか呟いたけれど、私は顔なんか取り繕えない程にぐしゃぐしゃで、自分でわかるくらい酷い泣き顔だったと思う。

「笑わないで聞いてください」

静かにそう言った西谷は、私の手を握りしめたまま、どこか厳かに感じる声で話し始める。きっとがらにもなく、彼は緊張していた。

「俺はまだ結婚できる歳じゃねぇ。自分でしたことの責任も、自分で取れないような歳です」

西谷が今どんな顔をしてるのか、そんなの涙で見えなくたってわかる気がした。

「俺たちはまだ付き合って二ヶ月しか経ってねぇし、出会ってからも一年経ってない。他人から見たらバカみてぇなことを言ってるんだって、俺だってわかってます。でも、」

きっと、私の心を撃ち抜くような、あの真っ直ぐな瞳で、どこまでも真剣な顔をしてる。そう思った。

「俺がナマエさんを嫁にもらうっつったのは、冗談でもこの場限りの言葉でもねぇ」

彼がそう言うのなら、私にはなんの疑問もない。
西谷がそう言うのだから、冗談でもこの場限りの言葉でもないのだ。

「一生、あなたを護って生きていきたい」

言った瞬間、ベッドに寝そべったまま私を抱き寄せる西谷。

「……っ」

その胸は昨日の夜と同じ、燃えるように熱くて。
そこにある鼓動は早く強く、彼を生かしていた。

その事実に、私はまた息をのむ。

「俺は絶対、いつかナマエさんを幸せに出来る男になります。だから、」

私の頭を押さえるように、ひとの顔を自身の鎖骨あたりに押し付けてくる西谷は、痛いほどの決心を滲ませて語りかけてくれる。

「あなたの未来も、ください」

だから、私は一生懸命彼の胸から顔を上げて、

「ばか」

涙を拭う。と、

「私、もう、幸せだよ。幸せ過ぎて、今死んだってなんの悔いもないくらい」

西谷の所為でもう人生に悔いなんかなくなっちゃったよって、笑ってみせた。

「……なーに言ってんスか!俺がもっともっと幸せにしてやるから、そんなアホなこと言ってんなよ!」

それに対してため息をつくように呆れた顔して言う西谷は、宝物にでも触れるような優しい手つきで、私の頭を撫でた。

「一緒に、生きるんですよ」

彼の瞳が揺れたように見えたのは、多分見間違いじゃない。

それから私達は、また互いに身を寄せ合うようにぎゅっと強く抱きしめ合う。

押し付けられる胸板と痛いくらい締め付けてくる、私の背中に回された腕。

そのどちらも痛くて苦しいのに、私には愛しくて。
ああ、生きてるって思った。


「いつか、あなたのお母さんにも、もう娘さんは俺のもんだって言いにいきます」

どれくらいそうしていただろうか。ただ静かに抱き合った後の沈黙を、カラリとした西谷の声が裂いた。

「……ふふ、お母さん、きっと怒る」

その傲慢なほどの言いっぷりがおかしくて、なんだか笑ってしまえば、

「知りませんよそんなの!」

真剣に言ったのにちょっとムッとする西谷。

「うん。確かにあーんな勝手な人、知らない男に娘を掻っ攫われちゃえばいいと思う」

その顔にまた笑ってしまう私は、一昨日までなら考えもしない台詞を吐く。

「……!」

西谷はそんな私の変化に驚いた様子。

母を勝手なひとだなんて思う日が来るとは思わなかった。
西谷が真っ向から私の考えを否定して、自分を責め続ける事をやめさせようとしてくれたから。

母はきっと、自分の非と家庭の崩壊を認めたくなくて、私を非難したんだ。
なんて、私にとって認めたくなかった事実に目を向けさせた。

彼は自分にも他人にも厳しい人なのだ。
そして同時に悲しくなるほど、優しい人でもある。

「でも、それでも私はあの人の最後の家族なの。だからやっぱり、また傷つくことになっても、話をしたい」

そして母は私にとってもかけがえのない家族だ。
彼女の弱さも、次は逃げずに受け止めたい。

「はい。次は俺も一緒に行きます」

西谷は優しい声で言った。

「え、ついて来てくれるの?」

どうやら私は誰より頼りになる男をお供に出来るらしい。
それなら私には怖いものなんかない。

そんな思いが、私も声色をどうしても明るくする。

「だから言ってるじゃないっスかー!俺のもんだって言いに」
「ありがと、嬉しい」

嬉しくて。西谷の言葉を遮って、お礼とともに彼の額にキス。

「……はいっ」

そうすると、昨日あんなことしといて今更じゃんって思うのに、西谷は目を泳がせて照れるから。

くすくす笑って、私は天井に向き直った。

ずっと片側ばかり向いていると肩が痛くなるのだ。

隣で西谷が私の横顔を見つめていたけど、私は自分の左手薬指に光る指輪を見つめた。

カーテンから漏れる光に透かすようにその輝きを見つめれば、

「……綺麗」

飾り気の少ないその銀色が、この世の何より美しく見えた。

折角拭った涙が、また出てきそうになるほど。

「あなたの方が綺麗です」

泣きそうなのを我慢してる私に、そんなこと言ってくる私の彼氏。

「なにそれ……ふふ」

多分昨日の行為の所為で、いつもより身体が重たかった。
けれど、こんなに満ち足りた朝はない。

でも、きっと西谷といたら、私はもっとずっと幸せになるのだ。
想像したらなんだか怖いくらいだった。

それでも私は、西谷と一生一緒に生きると決めた。
もしかしたら一緒にいるうちに、西谷の怖いもの知らずなとこが移ったのかな。


今日は少しだけ空気を読んで、バレー部は午後からだ。
だからもう少しだけ、この夢みたいな朝を、満喫しようと思う。




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