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聖夜に願う



「俺だって、今すぐ抱きてぇよ」

そう言って抱きしめてくれた西谷の心臓も、私に負けないくらい早く強く打ちつけてた。

「でも、その前に聞いてくれ」

ぎゅっと強く抱き締めてから、私を覗き込む西谷は、酷く悲しそうな顔で私を見ていた。

「……?」

そのあまりに真剣な声に、あれだけ長時間流れ続けてた涙が止まった。

西谷は私の両頬に包むように手を当てて、

「あなたは何も悪くない」

真っ直ぐに私を見て、言った。

「え……」

なんの話をされているのか分からなくて、反応出来ない私に、

「父親が浮気して、それがバレて両親が離婚して家族が壊れたんですよね」

西谷は続けた。
その声は先程までの私を思いやっていた物とは違っていて、

「うん……」

それが、私を酷く戸惑わせた。

そして、

「だったらどこに、ナマエさんに悪いとこがあったんスか」

彼の言葉に、より一層私は戸惑うこととなる。

「……っ」

「そんなの、父親を浮気したくなるまで放っといた母親と、母親を裏切って浮気した父親が悪いんじゃないっスか!」

眉根を寄せて、どこか怒った様子の西谷に、

「な、でも、私が言わなければっ」

私までムッとして自身の非を訴える。

と、

「ナマエさんが言わなけりゃ両親は仲直りしてたんスか?ナマエさんが言わなけりゃいつまでも浮気がバレなかった、かもしれねぇってだけだろ。結局、遅かれ早かれ離婚は免れねぇよ」

西谷は冷たく言い放つ。
確かに、彼の言うことは正論なのだろう。

「なっ、でもっお母さんはっ」

でも、それは他人の意見だ。
母からしたら、私は――。

「ナマエさん、あなたが母親を強い人だと信じたい気持ちは分かります。小さい頃から尊敬してきたんだってことも。でも、」

西谷は私が目を逸すのさえ許してくれない。

「自分の背負うべき罪を子どもになすりつけるような奴が強いわけねぇよ」

私の頬をキスするみたいに両手で包んだまま、真正面から私に訴える。

「…………っ!」

尊敬する母を貶められて、

「親は子どもを護るもんだろ。それなのに、理不尽なイジメにあって傷付いてる子どもに、そんなことが言える奴は親なんかじゃねぇ!!」

母を親じゃないとまで言われて。

「……っやめて!」

私は西谷を睨みつける。
許せなかった。私の聖域を踏み荒らされるようで。

「殴りたきゃいくらでも殴ってください。でも、耳を塞ぐことだけは許さねぇ!」

西谷が許せない。それなのに、

「あなたは何も悪くねぇし!むしろ親の都合に散々振り回されて腹を立てるべきだ。てめーの都合で引越しまでさせといて!」

西谷が私の為に腹を立ててくれてるんだってことも、よくわかった。

「何度だって言ってやる!ナマエさん、あなたは何も悪くねぇよっ」

だって、彼の瞳にも、私を想う涙が浮かんでたから。

「西谷……なんで、泣いてるの?」

私が彼の頬に指を伸ばせば、スッと一筋落ちる涙が私の指を濡らした。

「……悔しいんだよっ!」

そう言って苦しそうに歪んだ顔に、私まで息が出来なくなった。

「俺はナマエさんを護りたいっそれがたとえ、あなたのご両親だって、あなたが傷付くことになるんなら放っておけないです」

西谷は自分が私に責められてまで、私を護ろうとしてくれる。

「でも、俺はあなたを傷付けるなら、あなた自身だって許せないです」

そして彼は私が自分を責め続けるのを許さない。
私は悪くないと、きっとこれからも言い続けるだろう。

「西谷……」

それが真摯な想いじゃなくて、なんだというのだ。

愛じゃない、わけがない。

「でも多分、俺だって、今あなたを傷つけてるからっ」

そう言って西谷が、悔しそうに唇を噛むから。

私はただ彼の血の滲む唇にそっとキスをした。

「西谷ぁっ好きだよ……」

そして私の言葉を引き金に、私達は何度も何度も、互いの想いを擦り合わせるように。

「俺も、好きだっ」

バカみたいにキスをした。

そのキスは西谷が唇を噛み締めた所為で、血の味がして。

その鉄の味を感じながら、私は自分の胸が遥かに軽くなってることに気付いた。

それこそ、まるで胸に埋まる鉛を取り除いたみたいに。

でも、

「もう、話したいことは話したんで」

私の耳に唇を寄せて、西谷がとんでもない台詞を吐くから。

「……抱いていいですか」

多分、私の胸には新しい爆弾が埋められた気がした。





祖母の家はもう古くて建付けが悪く、暖房をつけてから暫くは極寒のままだった。

「うおー!美味そう!なんスかこれ!」

けれど西谷は元気いっぱいで、キッチンで私が切り分けた料理に歓声を上げた。

私なんか足から凍りそうなのに。

「キッシュとローストビーフ!今簡単だけどピラフ作っちゃう!」

東京へ行ってた所為で、予定してた半分も品数を揃えられなかった。

「うおー!よくわかんねぇけど美味そうっ」

でも、西谷はそんなことまるで気にしないで、ただ隣で笑ってくれる。

「先食べてていいよ!私もすぐ行く!」

待たせることに申し訳なさを感じてそう言えば、

「いや!だめっスよ!一緒にいただきますしましょ!」

ちょっとむくれた西谷はそんな可愛いこと言ってくる。

なにこれ、ちょう幸せなんですけど。

「えー?じゃあもうとりあえずピラフいいやーっ」

私が切り始めてた材料を投げ出して、こたつのある部屋へ行くと、

「そうですよ!とりあえずいただきますしましょ!」

隣に並ぶ西谷が満面の笑みで言った。

「ナマエさんとなら!どんな飯もご馳走っスよ!」

何度も何度も、それこそ唇が荒れるほど互いを求め合った私達が、どうして色気のかけらもなく今こんな風に食卓を囲もうとしてるかっていうと、まあ、私を押し倒した西谷の腹からなんとも間抜けな音が聞こえてきたからだ。

どうやら部活終わり何も食べずに待っていたらしい。
そりゃお腹も空くだろう。

ていうか携帯、どうして返信なかったの?と聞けば、あ、やべぇ家に忘れてきたかも。
とかアホみたいな回答されて。
私は西谷に嫌われたのかなとか不安で仕方なかったのに、もはや怒る気も起こらなかった。

だって、過ぎ去ってしまえばそんなことは笑い話にしかならない。

「そーいや、このケーキどうしたんスか?」

西谷がそう言って開けたのは、クロがくれたケーキの箱だ。

「あ、小さいの買ったんスね!」

中を見て西谷が言うので、

「え?そうなの?」

私も覗き込む。中には三つ、切られたケーキが入ってた。

てっきりホールかと思っていたけど、よく考えたらあそこのケーキホールだと結構なお値段しちゃうしなぁ。
クロと研磨がどういう割合でお金払ったのかは知らないけど、別にふたりともリッチメンではないし。

「あれ、買ったんじゃないんスか?」

私がふたりのことを考えていると、西谷が首を傾げた。

「うん。帰りに幼馴染とちょっとだけ話したんだけど、これあげるって貰ったの。私の好きだった店のケーキだよ」

そういえばふたりに会ったことも、このケーキが貰い物だってことも言い忘れてたわ。

「おおー!じゃあ東京の店のケーキなんスか!?」

なんて、目をキラキラさせる西谷は小学生顔負けの無邪気さで、

「うん。ずっと暖房の効いた電車で運んでたから、悪くなってないといいんだけど」

これで明日二人してお腹壊したら笑えるなーっとか苦笑いが漏れた。

「……三つってことは、もしかしたらナマエさんとクリスマス過ごす気だったのかもしれないっスねー!」

西谷が何の気なしに言った一言に、ハッとした。

「あ、ほんとだ。あー、確かにクロと研磨が好きなのだわ。あ、私イチゴのね」

昔からクリスマスは一緒だったなあ。
私の家はあんなだったし、なかなか家族団欒とか無かったけど、いつもふたりの家に混ぜてもらってたから、寂しいなんて思わなかった。

きっと、そうやって昔は、クロと研磨に護ってもらっていたんだろうな。

「……なんかちょっと悪い気しますね」

私の感慨を見抜いてか、西谷が似合わない台詞を吐いた。

彼なら、でも今俺らの手元にあるのは事実なんで食べましょ!って何も気にしなくてもおかしくないのに。

「ん。確かに!でもまあ、後でお礼でもするから!今日はいいでしょ!」

ふたりに彼女でも出来たら、まあその時にお祝いでもしてやればいいのだ。

私を護ってくれてた日々に、今更お礼は言えないから。

「そっスね!だって今日はクリスマスですもんね!」

そう。今日はクリスマスなのだ。
本来の目的なんてどうでもいい。日本じゃクリスマスは恋人たちの日だ。

だから、湿っぽいのはもうよそう。
今日はもともと最高に楽しい日になる予定だったのだから。

「あ、日付超えたからもうクリスマスじゃないわ」

時計を見て私が言えば、

「えっちょっ!マジかー!やっちまったぜーっ!」

西谷は頭を抱えてのたうちまわる。

「はは、嘘うそ!あと15分ある!」

その様子がおかしくて、ゲラゲラ声を上げて笑えば、

「ああー!もう本当にナマエさんはー!」

西谷は本当に仕方ない人だなー!と唇を立てた。

「へへ!ごめんごめん!」

私は全然反省してないくせに口だけで謝るけど、

「でも……、間に合ってよかったです。メリークリスマス!ナマエさん!」

西谷はまだちょっとムッとしてた顔に笑みを浮かべて、今日限定の言葉を口にした。

その笑顔に、私まで笑顔になる。

「メリークリスマス!にしのやー!」

ちょっと予定通りとはいかなかったけど、頑張ったご馳走。
甘いケーキは幼馴染の愛が詰まってたし、隣には大好きな人。

楽しいだけの日にはならなかった。

でもね、西谷が私にくれたのは、どんなものにも代え難い贈り物だったと思う。


いつか母とも、こんな風に笑い合える日が来たらいいのに。

満ち足りた聖夜に願うことがあるのなら、私にはそれくらいだった。




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