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初めての経験
こんな田舎の高校へ進学して、何をしろというのだろう。引っ越してきて暫くは、よくそう思った。
確かに人混みは好きじゃない。 自分がどこにいるのか、誰なのか、何のためにここにいるのか。わからなくなってしまうから。 目立たないように、ただ人の波に乗って歩くのは昔から苦手だった。
だけど。生まれ育った東京から、いきなり祖母の家のある宮城への引越しは、私にとってなかなかに憂鬱な出来事だったと思う。
高校では幼馴染が入るというバレー部で、マネージャーをして欲しいと言われていた。 私も別にやりたいことなどなかったし、マネージャーならいいか。なんて快諾していた。
もしもあのまま予定通り高校へ進学していたのなら、私はきっと潔子のように、今頃誰かの全力の青春に寄り添うように。自分もきちんと輝いていたのかもしれない。
なんて、たまに思う。
宮城に来て1年とちょっと。 烏野高校では2年になった。
友達は多くないし、2人いた幼馴染に会いたくないかと言われたらわりとよく会いたいなと思う。
でも。 潔子と友達になれたあの日、私は宮城に来て良かったと初めて思った。
そして、その気持ちは今も変わらない。
たとえ仮初めでも、私達の平穏を守るために必要なことはなんでもしてやる。 潔子が笑いかけてくれるなら、私はそれだけで充分なんだ。
「ミョウジさんのこと、俺、ずっと気になってて。よかったら俺と付き合わない?」
体育館裏。 相手はサッカー部の男の子で。次期エースだとかそうじゃないとかきいた。
けれどクラスも一緒になったこともないような人だ。 正直名前すら知らない。
「ごめんなさい。私、そういうの興味ないから」
「そっか。まあ、俺のこともよく知らないと思うし、どうかな。連絡先とか……」
困ったような顔をして目線をそらせば、相手が動揺しつつ引き下がろうとする気配を感じた。
連絡先なんか友達でもない人にどうして教えなくちゃならないのか。
うんざりしつつもため息を我慢して、
「私、マメなやりとりとか苦手なの。ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。
そこまで言うと、相手も私に取り入る隙がないと踏んだのかそっか。と諦めたようだった。
告白されるのはよくあるけれど、今時体育館裏に呼び出すなんて。珍しいな。 よくあるのは何度か話しかけられて連絡先を渋々交換すると、告白ってパターンだし。
直接言われた分、断るのもなんだか心が痛んだ気がする。 ……なんてことは全然ないけどね。
性格悪いこと極まりないけれど、うんざりしていた。
どうせみんな顔が可愛い彼女が欲しいだけだ。
ハア。溜息をつきながら体育館裏の角を曲がる。
と、
「……す、すいません!」
何やら青い顔をした西谷が突っ立っていた。
「んー?あれあれ?盗み見てたの?いい趣味してんじゃーん」
にっこり笑った私は、きっと怖かったのだろう。 西谷は顔の前で手の平を合わせて、頭を下げたままもう一度謝罪した。
「ほんとすいません!わざとじゃねーっつーか。なんか人の声すんなと思ったらミョウジ先輩で、告白されてたっつーか!」
そう答えた彼の声は想像以上にでかくて。 このままでは私に振られたなんとか君にまで聞こえかねない。 そう判断した私は、西谷の肩をガシッと掴むと肩を組むようにして隣に並び、
「ちょっとだけ静かにして」
西谷の唇に人差し指を立てた。
途端、真っ赤な顔をしてこくこくと頷くので、気を良くした私は微笑んだ。
「まあ相手もさ、本気じゃないでしょ。話したこともないし。でもさ、こんな噂話みたいなのされるのは嫌だろうから、ね?」
小首を傾げれば、西谷は硬い表情のまま。またこくこくと頷く。 どうやら理解したようだ。
なんだこいつ。うぶなの?可愛い反応すぎていじめたくなるわー。 なーんて。いけないいけない。相手は潔子と菅原の後輩なんだったぜ。
「わかったようなら、よろしい」
すっと腕を離して視線を外すと、まだぎこちない西谷がハッとして息をするのがわかった。
うわ、こいつ息止めてたのか。 なんかもはやこっちが緊張するからやめてほしいわ。
ゆっくりと吸って、吐いて、息を整えている西谷の隣で、私は目を瞑ってその音に耳をすませた。
規則正しくて、心地よい音。
「やっぱよくあるんスか、告白とか」
沈黙していた私に、西谷は問う。
「まあねー?私可愛いし」
そう言って自分の頬に手を当てると、
「でも、興味ないんスね」
なぜか遠くを見るような顔をされた。
あれ、こいつそんなとこも聞いてたのか。偶然通りかかったみたいに言っていたのに、ちゃっかり全部聞いてたのか。
「うん。私は潔子しか興味ないよ」
笑うと、
「もったいねー!だってあの人イケメンだったじゃないすか!」
西谷も笑った。
「イケメン?かなあ?私あんまタイプじゃないな」
なんとか君を思い出しながら言う。 まあ、クラスの女子がかっこいいって騒いでいるのを聞いたことはあるし、きっと世間的にはイケメンなんだろうけど。
「え、そうなんすか?!爽やかな感じだったし、背なんか180くらいありましたよ」
「まあね?でもいい男かどうかに身長なんか関係ないでしょ」
そう言うと、目の前でこれでもかってほどに見開かれた瞳。
ああ、私、この子の真っ直ぐな目がわりと好きだな。 なんて場違いなことを思った。
次の瞬間、
「やっぱそうっすよねー!!」
西谷は校舎まで聞こえているのではなかろうかという声量で言った。
「男の度量に、背なんか関係ねーし!」
「そだね。まあ、大きいに越したことは無いけど、男の価値はそんなんで決まらないよ」
私がにやりと笑うと、
「それ、ひょっとしなくても煽ってますよね!」
西谷は眉を吊り上げた。
コロコロ変わる表情。大袈裟な反応。 なんていうか、話していて飽きないなあ。
男の子との会話は、私にとって大抵は躱すもので。 不自然にならないように、失礼の無い程度で、落とし所を見つけて切り上げるものだった。
もっと話していたい。 そんなことを思うのは、ひょっとしたら初めての経験かもしれない。
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