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月経メランコリー
あー……やばい。 授業の終わりに立ち上がろうとすると、それだけでもう目の前がぐわんぐわんと揺れた。
視界の隅がフェードアウトしそうになる感覚の中、せめて飲み物を調達しようと身体に鞭打つように歩き出す。 席の近い菅原が心配して声をかけてくれたけれど、片手で大丈夫、と制止してそのまま教室を出る。 一階までなんとか降りることには成功した。
よし。もうちょっとで自販機。
実を言うと昨日の夜から体調が最低だった。
生理痛ってやつだ。 鎮痛剤の効果が切れるとお腹も頭も痛いし、腰なんか重くてだるくてやってられない。
それでも薬さえ効いてしまえばある程度不自由などないのだが、今回はたまにくる重い日っていうものらしく。
薬が効いていても貧血で死にそうだった。
「うー………」
思わず漏れた声は消え入りそうに弱々しく、とても私の声とは思えない。
嫌だなあ。 生理なんか無くなればいいのに。 子供をつくる機能なんか、望んだ人にだけ与えられたらそれでいいじゃないか。
ぼやくように考えながらお目当の自販機へと近づき、小銭を入れる。
とりあえずお茶を押したものの自販機はぴくりともしない。
「あれ、壊れた?」
そう呟いてしゃがみこみ、飲み物の取り出し口を覗くと、
「ミョウジさん、10円足りてないっすよ」
這いつくばるような低姿勢な私を覗き込むように見つめる小柄な彼。西谷がいた。
「あれ、おかしいなあ。ぴったり持ってきたのに」
ぼやく私を横目に、西谷はチャリン、と小銭を一枚入れた。 おいおい。私が先だろが。お金まだ返却してないし。泥棒かよ!
そう言う前に、ピッと音がして飲み物は選択され、ガタンッと勢いよく目の前の取り出し口に飲み物が落ちてくる。
見れば、出てきたのは私の買おうとしていたお茶だった。
ん?西谷お茶とか飲むの?キャラじゃないな。 なんて思いながら取り出し口を見つめていると、
「お茶でよかったすか?」
隣に立っていた西谷もしゃがみ込んで取り出し口に手を伸ばした。
どうやら私に買ってくれたようだ。 脳内で泥棒呼ばわりしたことを謝罪する。
「うん。お金、いいの?」
「10円くらい気にしないでください!」
至近距離で見る彼の満面の笑みは、眩しくて。
「そっか。ありがとう」
私は少し目が眩みながら、なんとかお礼を口にした。
今度会ったらなんか奢ってやろう。 そう考えつつ、その手からお茶のペットボトルを受け取る。
一口。飲んでまたお礼を言った。 お礼と共に出てきた私の笑顔はらへにゃへにゃの力無いもので、
「さっきからフラッフラじゃないすか。大丈夫すか?」
西谷の心配そうに私を覗き込む顔に、正直どぎまぎする。 それは体調が悪いのを見抜かれたからであって、決してこの一年坊主に至近距離で見つめられて慌てているとかではないのだ。
どうやら私がふらふら廊下を歩いてきたところから、西谷は心配してついてきていたらしかった。全然気付かんかった。ふ、不覚……。 そんな妙な居心地の悪さを誤魔化すように立ち上がる。
「平気へいきー」
けれど、貧血で立ちくらんだ私は、一瞬目の前が真っ暗になり、そのまま西谷の前に倒れ込んでしまう。
「……っ、」 「うわっとぉお!!」
大袈裟に驚いてみせた西谷は、私のことをちゃっかりしっかりキャッチして、その小柄な身体で支えてみせた。
「……っわ、ごめ、あの、わざとじゃな」 「いーから!掴まってください!」
そう言って西谷は、離れようとする私の腕をぐいっと思いきり引き寄せて背中に腕を回す。
あれ、これ、もしかして。 私は次の嫌な展開を予想して身体を硬くする。
そんな私のことなど無視して、
「あー!んっもう!んな青い顔して!次の授業なんか受けらんねーだろ!保健室行きましょ!」
西谷は予想通り私の膝裏にも腕を回して、いとも簡単に持ち上げてしまう。
「え、ちょっ、嘘でしょ?!」
急に見舞われた全身の浮遊感と、自分より身長の小さい西谷にそんなことをされたことへの驚きで、思いの外大きな声が出た。
「に、西谷!そんなことしなくていいよ!潰れちゃう!」
「なーに言ってんスか!軽すぎるからもっと食った方がいいっす」
慌てる私に答える西谷の声は、耳元で響く。
「保健室なんかすぐだから、ちゃんとつかまってください!」 「うぅ……っ」
正直、足もふらふらで力が入らない状態の弱った私には、いまいち反論する力もなかった。
「ごめん。……ありがと」
もう抵抗する力もないし、正直言ったら彼のお節介も今はありがたい。 素直にそう認めてお礼を言うと、西谷は一瞬驚いた顔をして、
「くっそ!〜〜っ!しおらしいミョウジさん、半端ねえっ!」
そうあほみたいに叫ぶので、かけた迷惑に関して申し訳なく思うのはやめた。
どくん、どくん。 目を閉じると聞こえる西谷の心臓の音は、緊張しているのか動いているから仕方ないのか、少し早いように感じた。
その音はなんだか私を妙に安心させるので、少しだけ涙が出そうになったのは、秘密だ。
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