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人の気持ちも知らないで



翌日、授業の合間に雑誌をめくっていると、

「昨日、バレー部の後輩にさ、清水と付き合ってる凄い美人の先輩知ってますか。とか言われたんだけど」

菅原が笑いを堪えきれないといった表情で話しかけてくる。

「うん。あーなんだっけ。にしの?」

昨日の男の子の真っ直ぐな瞳を思い浮かべながら言うと、にしのや、な。と菅原に指摘される。

うむ。男の名前なんかいちいち覚えないだろ。

「清水に聞いたらミョウジが嫁とか言ったとか呆れてたぞ」

呆れてた。その言葉を聞いて、菅原に聞かれて嫌な顔をしてる潔子が目に浮かんだ。潔子ってばつれないなあ。

「てかついに西谷と田中に出会っちゃったんだ?」

そう訊いてくる菅原は野次馬根性丸出しで、さも楽しくて仕方ないって顔。

「あー。坊主の方が田中?ぽいわー」

菅原の話に相槌を打ちながら、私は昨日のことを思い出していた。

あの坊主、初見じゃ目つき悪すぎてビビっちゃいそうだけど、もー次からは容赦しないわ。
今後潔子に変なことしたら許さない。

「ふたりともあんなだけど、部ではやる気もあっていい感じなんだよ」

「へえ」

「特に西谷とか、中総体でベストリベロとったほどの実力者で」

「ふーん」

西谷って、あのちっちゃい方だよな。
160センチ無いんじゃないかってくらいの身長だったけど、なるほどリベロか。

「なんかでも、あの2人初めて清水に会った時からなんかもう崇拝って感じで、ちょっとミョウジに似てるわ」

「へーえ。あ゛?似てる?」

なんだか腑に落ちない言葉が聞こえてきたので、私は雑誌から顔を上げて菅原に抗議の視線を送った。

「ミョウジも崇拝してるだろ、清水のこと」

そう言った菅原は悪戯っぽい表情をしている。

「私達は仲良しだもん。一緒にしないで」

吐き捨てるようにそう言うと、

「まあまあ、あいつらも別に清水になんかしようってわけじゃないし、邪険にすんなよ」

へらへら笑顔で諭すように返された。

菅原のこの笑顔が、私はやっぱりちょっとむかつく。
ひとの気も知らないくせに。





その日の放課後。
潔子と体育館まで歩いて、私は自販で紙パックの飲み物を買う。

潔子と少しでも一緒にいるために買いに来たとも言えるのだが、私はここの自販にしかない飲むヨーグルトが大好きなのだ。

ちゅうちゅう。
しばし、飲むヨーグルトを飲みながらバレー部が部活の用意をしているのを眺めた。

今日はどうせ図書室で勉強して帰るつもりだし、少しくらいいいかな。なんて思ったのだ。

が、

「ミョウジさん!」

背後から聞こえた声は、見覚えのある彼のものだった。

「あー……、うんと、西谷」

絞り出したその名前は、不良みたいな二人組の小さい方の名だ。

「どうしたんスか?潔子さんに用事とか……あ、もしかして見学とか?!」

パッと表情を輝かせて訊いてくる一年は、菅原いわく中学の時には名の通ったバレーの選手らしい。

ふむ。確かに運動神経は良さそうだけど。
やっぱ見た目にはわかんないなあ。

「いや、潔子送ってきたついでにちょっと覗いてただけ」

答えながら、自分より下にある目線をじっと見つめる。

目が綺麗なんだよなー。この子。

「え、そうなんすね。送って……って、あれっすか、やっぱ、嫁……」

そう言った西谷のなんとも言えない表情。
彼が感じているのは、じーっと見られていることに対する居心地の悪さなどではなく、多分美女2人でめくるめく花園……みたいなものへの複雑な感情なのだろう。
そりゃあ、美人がふたりでくっついてしまったら男としてはやるせない気持ちになるのだろう。
しかも一方は崇拝している憧れの先輩。複雑な心境というやつをお察しする。

というか、菅原も潔子も、付き合ってると思わせているのか。
潔子は奴ら2人をウザがってそうだったし分かるけど、菅原やっぱ性格悪いな。

まあ、私としてはいつでも潔子とお付き合いしたいしいつでも気分は嫁なんだけど。

でもあれはもちろん軽口というか、とりあえず潔子ファンは牽制しておきたかっただけで。
私達の関係はもちろん健全にお友達なのである。

そんなことを考えながらどう返そうか悩んでいると、

「私とナマエは友達」

いつの間にかジャージに着替えてきていた潔子が、体育館から現れた。

「ナマエも面白がってそう言うことばっかり言わないの」

めっ!とばかりに子どものように叱られて、しゅんと肩を落とす仕草をすれば、潔子はそんな顔しないで。と私の頭を撫でた。

彼女の華奢な指が私の髪を揺らして、切なくなる。

ああ、こんな蜜月みたいなやりとりも互いに恋人やら好きな人があらわれたらもう出来ないのかもしれない。

「じゃあ、また明日ね」

そう言って手を振る潔子に手を振り返して、私はポカンとする西谷に向き直る。

そして、

「まあ、付き合ってはいない。私達お友達。だからといって、君にチャンスがあるわけではないからね」

釘をさした。

まだまだ私の潔子だし、たとえ私の潔子じゃなくなる日が来たって、それは君のものになるってことじゃあ無いんだよ。

だから潔子を大好きでいるのなんて、やめてよ。
そんなの私だけで十分でしょ。

そんな私の想いなんか無視して、目の前の小柄な彼はわなわなと震えだす。

「ま、マジすか?!ふたりは付き合ってないんすか?!」

そう言った彼の真っ直ぐな瞳の輝き。
羨ましい。
と思ったのは、真っ直ぐ潔子に向かっていける素直さを?それとも、こんな想いを受ける潔子を?

「うん。そーねー。残念だけど。まあ、これから?付き合う可能性だって私には存分にあるけどね?」

少し苛立ってそう言う私に、

「なら俺と付き合う未来だって、分かんないですよね」

西谷は挑むように笑った。
ニカッと目を細めて笑うと白い歯が剥き出しになって、無防備なその姿は私の胸の奥の何かを擽る。

あれ、なんだこれ。

「チャンスがあったら、必ず掴んでみせます」

そう言った彼の笑顔は眩しかったし、小柄なその背中は意気揚々としていて、私の胸には妙な違和感と小さな敗北感が、ざらりと異物のように残った。




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