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練習します



料理は得意じゃない。
普通の子はお母さんの手料理で育つのかもしれないけど、私は小さい頃からスーパーのお惣菜とかコンビニ弁当とか、外食とか。

そういうもので育ったから、幼馴染の為にお菓子を焼くことが月に一回あるかなー?って程度にしかキッチンに立った経験がなかった。

だから、高校で一人暮らしをすることになった時、お弁当を自分で作ることにした。
苦手なことを放置するのは癪だったし、母が家事をやらなかったのは仕事で忙しくて家にいる時間が殆どなかったからだ。
私は違う。自分の為に料理を覚えるべきだと思った。

米の炊き方くらいは炊飯器って便利な家電があるし始めからできたけど、出汁の取り方、煮物を煮崩れさせないコツ、魚の下ろし方。初めのうちは本当に何にも出来なくて、悔しさが私に努力させた。

勉強は得意。運動神経だって昔からいい方。容姿に至っても知らないところでファンクラブなるものが発足している程度には恵まれて生きてきた。

苦手なことは強いて言うなら人間関係。
でもそれだって絶望的ってわけじゃなくて、ただ年上に気を遣ったり年下を思いやったりとか苦手なだけ。
研磨とかみたいに絶望的なレベルじゃない。

友達も少ない方ではなかったと思う。

まあ、どんな友達も幼馴染の二人ほど腹を割って話せる様にはならなかったけれど、別に友達でいる上で絶対的に信頼し合うことが重要とは思えない。

他人が自分に求めているのが表面的に付き合いやすいハイスペックな知り合いって程度だってわかってた。
だから私だって内面まで人と深く繋がる必要性なんか感じてなかった。

あ、幼馴染はもう家族みたいなものっていうかお互い顔を見れば何考えてるかわかるような仲だったし、私に何も求めてなかったから、まあ気恥ずかしい表現をするなら強い絆で結ばれていたと思う。


そんなわけで、それまで自分にここまで出来ないことがあるってことに気付かなかった。

その悔しさで料理を覚えた。
けど、その腕は多分、世の女の子達の中でもかなりへっぽこなことくらい自覚がある。

もともと手先は器用じゃなかったから、盛り付けとかも美的センスを感じ得ない。多分才能自体が欠落してる気がする。

初めよりは上達はしたものの、冷蔵庫に余ってるもので何かを作るとかそういうの考えられないし、レシピ見なきゃパスタとか簡単なものしか作れないままだ。

だからこそ、なのかもしれない。

「クリスマス、部活終わったらうち来る?」

それは聖夜まで一ヶ月を切ったある日。いつもの帰り道で、西谷にした提案。

「えっ!」

12月も間近でもうすぐある意味西谷の漢の見せ所であるテスト期間になろうかって頃だった。

東京から宮城に引っ越してきた時は、11月も終わるこの時期にはきっと景色は白一色の雪国に変わってしまうのかと思ってたな。
でも、実際の宮城はそこまで雪も降らないし思っていたよりは気温も下がらない。

とは言っても、東京よりはずっと寒いし雪も降るんだけどさ。

「それともどこか行きたいところとかある?」

私が顔を覗き込めば、

「いえ!俺はもう、ナマエさんがいればそれだけで何もいりません!」

西谷は少し緊張した面持ちで、これ以上ないくらい嬉しいことを言ってくれる。

「……うん。私も」

胸がホッと温かくなるのを感じながら静かに同意を示せば、

「っ、ナマエさんっ!」

西谷もきっと同じ気持ちになってくれた。と思う。

「まあ夜遅くに出掛けてもあれだし、家でゆっくりDVDとか観ながら過ごすのもいいよね」

西谷はたとえ赤点を取らなくても夕方まで部活があるらしい。
非常に残念ではあるけど、クリスマスじゃなくたってデートで何処かに行く機会なんていくらでもあるはず。

「そうっスね!」

だから西谷がバレー部で頑張り続ける限り、私はお家で過ごすクリスマスの楽しさを満喫しようと思う。

「……晩ご飯、作っていい?」

ちょっとビビりつつ問えば、

「……!ナマエさんの手料理っ食えるんスか!?」

西谷は想像以上に嬉しそうにする。

「私、料理あんま得意じゃないよ」

一応事前申請。

「でも、作ってくれるんスよね?」

けど、瞳を輝かせる西谷にはそんなの関係ないみたいで。

「ナマエさんの手料理!それだけでもう美味いに決まってます!!」

意味のわからない謎理論を披露してくれる。

だから、

「うん。練習します」

私は西谷にまずい料理なんか出せないなあって思わされた。

まあ、こうなるってわかってて言ったんだけどさ。

もし私が料理を上達する芽があるとしたら、それは西谷に変なものを食べさせないために頑張る他無いと思った。

こんなこと言ってても、西谷はきっと不味いものには不味いって言うと思う。
ダメなことはダメって言う人だ。

たとえ私のことをとっても大切にしてくれていても、きっと私がいけないことしたら叱ってくれる。


だからきっと、西谷に褒められたら嬉しくなるんだ。

彼が本心からしか言葉を紡がないことを知っているから。

だからきっと、いつでも俺の嫁になれますね。なんて言って欲しくて。

私は頑張れるって思った。




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