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窓の外は曇天
球技大会から一週間。 私はいつも買いに行く飲むヨーグルトを買わなかった。 体育館の近くの自販機にしかない、私のお気に入りを。
移動教室も寄り道などしない。 潔子とご飯を食べるのは、天気がいい日も教室にした。 いつもは晴れた日は気分がいいからと外へ行きたがる私が、風が強くて砂埃が気になるだとか、最近日焼けしただとか、適当な嘘を並べて2年の教室の階から出たがらないので、潔子は何も言わないけれど不思議がっていたと思う。
帰りもバイトがない日は図書室で少し勉強すると、運動部達が必死に汗を流している頃を見計らって、切り上げて帰った。 まあ、勉強など実際家でも出来るのだ。 それをしないのはなんとなく、学校の方が捗るような気がしているからという曖昧な理由なので、特に不便は無い。
そこまでしている成果か、球技大会以来西谷とは顔を合わせていない。
潔子や菅原の口から聞く様子からして、西谷はこの一週間も元気にバカやっているみたいで。
会えないし、会いたくなんて無いのだけれど、それでも西谷の様子を耳にするだけで、花が少しずつほころぶような小さくて淡い幸せを感じては、この胸に巣食う想いを思い知らされてドン底へ叩き落されるようだ。と思った。
恋煩いなんて言葉があるけれど、こんなことになって初めてこれは本当に病気なのだと知った。
朝起きれば今日は西谷に会えたりしないかな。なんて考えて、夜寝る前には今なにしてるかな。私のことを少しでも思い出してくれていたりしないかな。なんて。ご飯を食べても勉強をしても、四六時中馬鹿のひとつ覚えみたいに西谷のことばかり考える。
静かで無駄のないレシーブ。 小さいけれど大きな背中。 照れてすぐに赤く染まる頬。 少しも躊躇わずにくれる優しさ。
真っ直ぐな瞳。 太陽みたいな笑顔。
彼が私に向けてくれたすべてを、思い出すのだ。
まるで道化だ。そういくらため息をついても、状況は好転しない。
なんで西谷なの。 よりによって、潔子のことを好きな人を好きになってしまった。
私の大好きな潔子。 潔子の魅力ならいくらでもあげられるし、彼女に惹かれるのは仕方がないと思う。魅力ある人物に皆が引き寄せられるのは自然の摂理だ。
私はずっと、潔子だけ特別でよかったのに。 西谷に恋してしまった今、大好きな潔子に複雑な感情を抱いてしまっている。
その事実は私を苦しめて、西谷になど会わなければこんな気持ち消えて無くなるかもしれない。なんて考えに至らせた。
だから私は出来る限り西谷を避けて、会いたい、なんて毎朝思いながらもそんな想いなど胸の内の奥底に追いやって生活している。
そうやって、一週間。 彼に鉢合わせないように出来ていた。 けれど、現状苦肉の策は功を奏してはいないし、まだまだ模索の必要性がありそうだ。
*
窓の外は曇天。今にも泣き出しそうな空だった。 きっと放課後には降り出してしまうだろう。
もっとも、私は置き傘しているのでなんら問題は無いのだが。
「ミョウジー!ノートサンキュ!」
そう言った菅原は、私に現国のノートを手渡した。 それは昨日貸したもので、私は成績優秀者なので、テストを控えた今必死なんです拝ませてくださいと土下座されて仕方なく見せてやることにしたのだった。
「ありがとなー。わかりやすかった」
そう言ってきた菅原に、うん。いーよー。と短く返事をして、会話を切り上げた。
つもりだった。
「ところでさ、ミョウジ」
「んー?まだなんかノート取り忘れたの?」
「いや、気のせいだったらいいんだけど」
そう前置きして、菅原は言いにくそうにした。 だったら言わなければいいのに。
嫌な予感がした私は、そんな酷いことすら思ってしまう。
「最近俺のこと避けてるのは、なんで」
ほら。やっぱり、嫌な予感的中。
私は思わずため息を吐きそうになって、ぎりぎりのところで飲み込んだ。
「避けてないけど」
そう言う私の瞳を、探るように覗き込んだ菅原の、切なそうな顔。
「そういうのは、もっと上手に人を避けられるようになってから言えって」
一年の時から割りと話をする仲だったし、今年に入って今のクラスになってからはクラスで最も仲が良かったと言っても過言では無いくらい。 多分、もう私達は表面上の付き合いでは無いのだ。
不本意だけれど。
はあ。さっき飲み込んだ筈のため息が漏れた。
ほんと、これだから勘のいいやつってやなんだよなあ。 そのくせ菅原って放っといてくれないお節介だし。
「菅原は悪くない。私の問題。ただちょっと、菅原から話を聞くのが辛いってか、面倒くさいって時期なだけ」
吐き捨てる私に、
「面倒って……おまっ直球すぎるだろ」
酷く傷付いた顔を隠すように、ツッコむ菅原。
「傷付いた?」
「わりと」
「そっか。……ごめん」
そうは言うものの、菅原の顔は初めよりスッキリし始めていて、多分私から本音を引き出したことに満足したのだと思う。
「じゃー俺、話しかけないほうがいい?」
「ううん。菅原が悪いんじゃ無いし、今まで通りでいて。私が、」
その続きはなんて言ったらいいのか。 少しだけ悩んで、想像した何倍もはっきりとした声が喉から転がり出た。
「私が、ちゃんと乗り越えるよ」
言った瞬間、私は無意識に笑っていた。
「おう!わかった!」
そう答えてくれた菅原もまた、嬉しそうに笑った。
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