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考えるまでもない
白熱の球技大会。
西谷VS東峰、勝敗は西谷に軍配があがった。 やはり、素人ばかりのバレーチームで勝つには強力なスパイクより安定したレシーブの方が大切なのではないか、というのが私の意見だ。 ボールを落とした方が負けるのだから。 それでも、西谷東峰両者の活躍は目を瞠るもので流石は本業、といった感じだった。
まあやっぱ毎日練習してる人等は違いますね!
そんな中、私達のチームはなんと決勝へと駒を進めてしまった。 けれど惜しくも決勝戦で、元バレー部と現役バレー部で固められた上級生チームに負けてしまった。
まあ、3年生は今年で最後なわけだし、華をもたせてやったというところだ。
でも決勝なんかへ駒を進めてしまったので、みな最後には凄く悔しがって。 いつも練習に明け暮れている運動部の連中も、今日ばかりは休みということでクラスの殆どの人間がカラオケに詰まっているわけだが、さっきから話題は唯一決勝へ駒を進めたバレーの話で持ちきりだ。
私はというと、歌は下手ではないけど人前で歌うのは特に好きではないし、適当に受け流しながらその場をしのいでいる。といった状態。
元々大人数で騒ぐのは好きではない。 出来るなら人間関係は一対一にしてほしいと思うほどだ。
「ごめん、ちょっとトイレー」
そう言って狭い席の間を抜けると、騒がしい大部屋から解放された安心感でため息が漏れた。
あー、やっぱ疲れるなあ。 決勝まで残って、疲れてるんだし早くお開きになってほしい。 なんて、あまりにノリの悪すぎる意見だけどさ。
トイレに向かいながらそんな薄情なことを考えていると、目の前の個室のドアが開き、そこから大学生くらいと思われる男4人組が出てきた。
そのうちのひとりとばっちり目が合ってしまったので、咄嗟に目線を逸らす。
うわ、油断した。ヤバい! そう思ったところで時すでに遅しというやつで。
次の瞬間、
「ねえ君、かわいいねー」 「うわ!ほんとだ!めちゃくちゃ可愛いねー!」
目が合った男が話しかけてきて、その隣にいた男も私に気付くなり興奮した声をあげた。
うわ、面倒くさそうなのに見つかっちゃったよー。
今まで、悪質なナンパやキャッチの手口には、東京に住んでいた頃何度も出会ったしその度ひとりで切り抜けてきた(本当はたまーにクロに助けを求めたけど)。 しかし今回は完全に油断していた所から突然彼らがドアから出てきた為、気づけば進行方向を4人に塞がれてしまっていた。
部屋に戻ろうか。いやでもこいつら着いてきたりしたら、みんな楽しんでるところに水を差すだろうしなあ。 打開策を模索しながら黙り込んでいると、
「なにちゃんって言うのー?高校生かな?」 「ねーねーさっきからどうして口聞いてくれないの?俺ら見た目と違って怖くないからさー」
そう言って1人が肩に手を伸ばしてくる。ので、思わず反射的にその手を叩いてしまった。
「っ、やっ!」
唇から小さく漏れた悲鳴。
でもここはカラオケだ。どの部屋も歌声、笑い声、流行りの音楽。そういった爆音に満ちている。 こんな小さな私の声に、誰かが気付くなんてことはない。
「いってー!そんな叩いたりしたら怪我しちゃうでしょ?」 「おいおいどーするよー?」 「治療費は体でー?」
そんなお決まりの下衆な台詞に、そいつらはゲラゲラと大きな声で笑った。
……舌打ちが出そうになる。
男の人の、そういう下品な笑い声が苦手だった。昔から吐き気がした。 だから騒がしい男は嫌いだ。
それなのに。
こんな追い込まれた状態で、私は西谷の笑顔を思い出していた。
こんな時にいきなり、どうしたというのか。頭がおかしくなってしまったのかもしれない。 けれど、私の意思とは反して、次々に浮かぶあの太陽みたいな笑顔。
なんでなのかな。不思議だ。 いつもうるさくてテンション高くてお調子者。おまけに私の潔子を狙ってる。そんな男子は苦手なはずなのに。嫌ってもおかしくないのに。
どうして彼のことは、嫌いになれないんだろう。
見るからにバカ丸出しで、私よりずっと身長も小さくて。それなのにあんなに真剣な瞳で、ひたむきにバレーボールを追いかけていて。
もっと私を見てくれればいいのに、なんて馬鹿げたことを思ってしまいそうになる。
そんなことを考えて、こんな時なのに上の空だったのがいけなかった。 思考の波にのまれるにしても、時と場合を考えないにも程があった。
気づけば、先ほど叩いて回避した手にしっかりと肩を掴まれているではないか。
瞬間、背筋がゾクリとして、全身の毛が逆立ったのがわかる。 情けないことに、男の目に嫌な光が映り込むのが見えて足がすくんでしまっているようだった。
「ねー君、さっきから聞いてんのー?人の手ぇ叩いといてさ、」
と、その時、
「すみません、」
背後から第三者の声が掛かる。
この絶体絶命のピンチから救ってくれたのは、
「その子俺の連れなんで離してもらえますか?」
色白の肌、目元にホクロ、人のよさそうな笑顔のよく似合うクラスメイト、菅原だった。
「あ゛ー?」
いきなりの乱入に怪訝な顔をする男をひと睨みした後、菅原は全く関係無い方向を向き、
「すみませーん!店員さん!こっちですー!」
店員を呼んだ。
「げっ!」 「おい、もう行くぞ!」
突然の第三者、そして店員の乱入によって、大事にされるのを避けたかったのだろう。 先程までのしつこさはなんだったのかと思うほどあっさりと彼等は退散した。
掴まれていた肩も解放され、張り詰めた緊張で強張った身体から少しずつ力が抜けていく。
けれど、
「〜〜っはーっ!よかったー!逃げてくれたよー!」
そう息をついたのは、むしろ菅原の方で。 恐らく彼は勇気を振り絞って私を助けてくれて、多分あの店員を呼ぼうとしたのも完全にカマをかけただけだったのだろう。
「ミョウジはほんと、トラブルメーカーっつーか、気づくと事件のど真ん中だなあ」
隣に並んでそう言う菅原の指は微かに震えていて。 冷静な判断と飄々とした態度は、精一杯隠していただけみたいだ。
そういえば菅原って、肝が据わってるってわけじゃあないのに勇気はあるんだよなぁ。なんて場違いな感想を抱いた。
普段ならトラブルメーカーだなんて不名誉なこと、真っ先に反論するだろうけれど、今日は否定する気など起きなかった。
今回に至っては私が引き起こしたトラブルだと思ったのと同時に、菅原の勇気に助けられた事実を重く受け止めざるおえなかったからだ。
「うん。ごめん。油断して歩いてたから、私が悪いわ」
そう素直に謝罪すると、信じられないものを見たような顔をされたので、少しくらいは傷つかなくも無い。
「珍しいな、どうしたよ……」
「別に、なんでもない」
気落ちしているのは、油断してナンパ野郎共の目の前に突っ込んで行ってしまったから。それによって菅原に迷惑をかけて、助けてもらってしまったから。
でも、そんなことでここまで心臓が苦しくなるわけがない。
きっと一番の理由は違う。
「ありがとう、菅原」
そう微笑むと、私は赤色でWCと書かれた扉に手をかけた。
いつも寄り添ってくれるおかん系男子菅原といえど、女子トイレへは入れない。 自分でも酷いとは思う。菅原はきっと大変な思いをして助けてくれたのに、ありがとうの一言で済ませようとしているんだから。
でも、どうしても今はひとりになりたい気分だったのだ。
気付いてしまった。 考えるまでもないほど、あっさりと。
私が気落ちしている最大の理由。 それは、自分のピンチに駆けつけてくれるのは他ならぬ西谷だと期待してしまっていた。 そのことに気付いたからだ。
そしてその想いは、気づいてしまえば今までどうして気づかなかったんだろうってくらい、私の体の奥底にしっかりと根付いていた。
息をしただけで、ズキンと胸が痛くて。 今度は我慢できなかった舌打ちが、カラオケのトイレに響いた。
ねぇ、菅原。 惚れたのは西谷じゃなくて、私の方だったみたい。
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