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幽霊の正体見たり
バイト帰りの夜道は、正直ちょっと怖い。 なんで昼間は子供たちが戯れていたりして明るい陽だまりの塊みたいな公園が、夜道だとこんなに不気味にみえてしまうのか。
だから夏休みは出来るだけ早い時間にシフトに入れてもらっていたのだけど、
「まあ、しょうがないよねー」
その日はあまりに人が居なすぎて店長が土下座しかねない勢いだった為、引き受けることにしたのだった。
あー、ブランコとか勝手に揺れてたらどうしよ。 そんな考えるべきじゃないホラー的想像をしてしまっては、恐ろしすぎて公園を見ないように努めたりして。
ばかだなーって分かっているけど、背筋がぞわぞわしてしまえば、もうダメだ。
あーもー、なんでこんなに街灯少ないのよ。 そう愚痴りたい気持ちを必死に押し込めて早足で歩いていると、
「…………っと、」
人の声が聞こえた。
「…………っ?!」
しかも公園の方から、一定のリズムでポンポンと音が響いてくるのも分かった。
え、こんな時間に、なんだろう。
確かバイト先を出るとき21時30分ってとこだった。 当然、田舎の小さな公園でこんな時間まで遊んでいるような子どもはいないだろう。
身体中から警報が鳴るように心拍が上がって、嫌な予感が止まらないのに、どうしてか足は止まってしまう。
――そして、
「ミョウジさん?」
ついには公園から私を呼ぶ声がした。
「ひぃいいいいっ!出たあー!!」
恐怖に竦んで動かない脚を無理矢理動かして、なんとか走り出す。
けれど、
「あ!ちょっ……待ってください!」
私を呼び止めた何かはあろうことか走る私を追いかけてくるではないか! 公園で亡くなった霊とかだろうか。 あ、最近では危ないからって遊具も取り壊されたりしているし、もしかしたらブランコから落ちて頭を打ったりしたらきっと無念しかないだろうし、それはもう強い怨念を溜め込んでいるのかもしれない!
そんな今こんな窮地にどうでもいい幽霊のバッグボーンを思っている間にも、夜道を追ってくる足音は速度を増して私を捕らえようとする。
ってか!私今日スニーカーだから結構な速度のはずなのに! なんなの?!こいつ!追いつかれるっ!!
なんて恐怖で泣きそうになっていると、
「ミョウジさん!!俺ですってばっ!!」
私を追い越したかと思えば、目の前の道を塞ぐようにして現れたのは、 一騎当千。どこかで見たことのあるようなTシャツ。
「…………西谷」
街灯も少ない薄暗い住宅街。 その道の真ん中には、その文字通り、一人で千人をも相手出来てしまうような男前っぷりの西谷がいた。
「なんで、」
驚いて動けない私に、
「いや、ミョウジさん見かけたから声掛けたら、なんか逃げられたんで」
不思議そうに首を傾げる西谷。
「追いかけました」
その淡々とした口調には、もちろん悪意なんかなく。本当に彼は私を脅かすつもりなんかなかったようだ。
「そ、そっか……」
それはわかるけれど、だからって夜道で追いかけてくるとか勘弁してよ! 本当に怖かったし、今も心臓はバクバク。脚だって馬鹿みたいに震えているじゃないか。
「あれ、もしかしてマズかったっスか?」
そう言って引き攣らせた顔は、どうやら普段とは違う私の様子に少しは違和感を抱いたらしく。
「うん。もし今後誰かと同じようなことがあっても、追いかけない方がお互いの為だよ」
私はそっと忠告した。 ……うん、相手が相手なら事案になりかねないよ西谷。
*
夜の公園は相変わらず不気味だったけれど、一人で千人倒してくれそうな西谷が一緒だから、私はもうその静けさを楽しめるようになっていた。
「私結構足速いんだけど、西谷すごいね」
二人でブランコに腰掛けると、なんだか西谷は小学生みたいだった。 とか、言えないけどね。
「そうスか?確かに、ミョウジさんすげー勢いでしたね!追いつけねぇかと思った」
はは、と笑う彼の手にはバレーボール。 どうやらさっき公園を通りかかった時に聞こえてきたポンポンという音の正体は、彼がひとりでパス練していた音だったらしい。
その時私にはポルターガイスト的なラップ音にしか聞こえなかったんだけど、なるほど言われてみれば納得。 幽霊でもなんでもなかったということだ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつか。はあ、わかってみたら下らない。
「まあ怖くて膝笑ってたんだけどさ、私これでも元陸上部なのに。やっぱ現役運動部は違うねー」
思えば、もう部活を引退してから2年近い月日が流れていたけれど、今でも体力測定なんかじゃ学年上位に食い込めるくらいには足が速いのだ。
けれど流石は運動部で毎日鍛えている奴は違う。 まあ、一応男女って点でも私に勝ち目は無かったのかもしれないけどさ。 やっぱりちょっとは悔しいよね。
「ミョウジさん陸上部なんスか!?」
「うん。ハードル。でもまあ、100メートルとかもそれなりに速かったよ」
西谷からしたら、運動部の上下関係の厳しさだったり苦しくても自分を追い込んで記録を狙いに行くストイックさだったり、そんなものは私とは無関係に見えるんだろう。 本当に驚いているのが伝わってくる。
「でもまぁ、運動部は私には合ってなかったとは思う」
苦い経験はたくさんした。 よく先輩に生意気だと呼び出されては、研磨に愚痴ったものだ。 たかが1、2年早く生まれたってだけでそんなに偉いのかって。
「先輩と上手くやれるようなタイプじゃないし、面倒な人間関係とかもう懲り懲りだしね」
それでも、どうしてなんだろう。 過ぎ去った青春を想う時、胸を占めるのは決して多くはないはずの楽しかった記憶ばかりなのは。
自己記録を更新した時の全身に滾る熱とか、苦手だった先輩にフォームが良くなってると褒められた擽ったさとか。 きつい練習のことよりも、数少ない一瞬の方がよっぽど胸を苦しくさせるんだ。
「……好きだったんスね」
西谷の呟きがぽつんと響く。
「へ?」
「走るの。そんな顔してます」
「え?そ、そう?なんか恥ずかしいな」
私を覗き込むように笑う彼は、
「はい。カッケー顔してましたよ!ミョウジさん!」
そう言って拳を突き出してくる。 そんなファイティングポーズもよく似合う。
「もっもう!からかうな!」
なんだかいつもかっちょいい西谷に、カッケーとか褒められると照れるな。 なんでだろ。綺麗とかいつも言われるのが全然胸に響かないとは言わないけど、言われ慣れないからだろうか。
恥ずかしくて目を逸らしてしまってからも、西谷は私のことを見つめていた。
何も言わず、ただ、見守るみたいに。
「……でも、まあそうだね。好きだったよ、走るの」
なんでもないことを言ったはずなのに、胸にすとんと自分の声が落ちていった。
そうかなって思って、そうなんだろうなって思って、そうだって確信した。 好きだったから走ってたんだって。
そんな事実に気付くのに2年も費やしちゃったし、だからなんだって感じだけど。 中学三年間続けたのに終わるのはやけにあっさりとしていたその日々を、ようやく消化出来た気がする。
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