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俺に背負わせてください



「またねー!」

そう言って手を振ると、潔子と菅原が振り向いて手を振り返してくれる。
私と西谷は2人揃って、2人の背中が見えなくなるまで見送った。

まるで私達2人は、潔子の忠犬ハチ公だな、なんて思ってしまう。

「さーて、行こっか」

隣を見れば、優しくて頼りになる西谷。
今日も夜の闇に浮き上がる前髪のメッシュが印象的だ。

「はい。でもその前に、ミョウジさん!」

「ん?なぁに?」

私は歩き出そうと前を向いたのに、その場を一歩も動こうとしない西谷。
不思議に思って見つめると、西谷はその小さな背中を向けてその場にしゃがみ込んだ。

「乗ってください」

「…………ん?」

意味がわからなくて間抜けな声を出す私に、

「だから、せめてコンビニまででも俺がおんぶしてきますから、背中乗ってください!」

焦れたように言う西谷。

え、ちょっと何言ってんのこいつ。

「いや!いやいやいやいや!大丈夫だから!足心配してくれてるんだろうけどそこまでしなくて平気だし!」

自身より身長のある女を背負おうなんて、流石は男前の西谷だけど、そんなこと私は望んでない。

「何言ってんスか!足痛くて堪んないから潔子さんと早めに別れる道選びましたよね」

背中を向けてしゃがみ込んだまま、首だけこちらを向いて言う西谷。
なんでこいつ、バカなのにそういう事は気付いちゃうんだろ。

「そ、それはそうだけど、私結構重いよ?西谷潰れちゃうし」

「前保健室運んだ時も言いましたけど、ミョウジさんは痩せすぎだし、もっと食った方がいいっス!」

そうだったよ。私西谷にお姫様抱っこで保健室に運ばれるなんていう羞恥プレイしたことあるんだった!
その時もこんな会話したわ!

「でもほら、コンビニまでって結構距離あるし」

そう。ちょろっと保険室へ運ぶのとはワケが違う。コンビニまで何百メートルあると思ってるんだ!
田舎だぞここは!都会みたいにあらゆる角にコンビニ設置してないんだよ!!

「俺は確かに小せぇし、頼りないのかもしれないけど、女の子1人背負うなんて余裕です。鍛えてますし」

そりゃ知ってるよ!私より小さいしそんなマッチョって感じではないんだけどバレー部で毎日鍛えてるんだもん私をおんぶすることなんてわけないのかもしれない。実際ね!でも!でもだよ!

「でもでも、私これ以上西谷に迷惑かけたくないっ」

だって私、今日だけでももうどれだけ西谷に迷惑かけたのかわからない。
かき氷だめにして、そのかき氷は憧れの先輩にぶっかけさせて、なんかよくわかんないけど射的屋のおじさんに嫌なこと言われたのだって私が射的に興味持ったからだし、足から血なんか出すからせっかくの花火大会に私なんかとふたりっきりで。

それなのに帰りも、送らせて。
これ以上西谷に面倒、かけたくないよ。

悔しさから無意識に唇を噛む私に、

「何言ってんスか。俺がしたくてしてることですよ。迷惑なんて思わねぇ」

まるでくだらないこと言うなとでも言いたげな西谷。
その、私の考えなど少しも聞き入れる気のない態度で、

「それ以上うだうだ言うんなら俺にも考えがありますよ」

痺れを切らしたのかそんなことを言った。

「え、な、何……?考えって」

「ミョウジさん覚えてますか?射的したときに、勝った方が負けた方にひとつ命令できるって」

「……え、」

確かに、射的を始める前にそんなことを言ったっけ。
でも射的屋のおじさんの一言に激昂した西谷がそのまま飛び出して行ってしまったから、すっかり忘れていたのだ。

「あれ、今使います」

「そんな……なに、」

なんでもひとつだけ命令できるのだとしたら、なんでもひとつ、なのだ。
彼は私に潔子との仲を取り持ってもらうことだって出来る。

潔子をオトすなんて簡単じゃないし、私が協力したからといって必ず上手くいくわけじゃない。
でも、少なくとも潔子の親友に味方になってもらうことは出来る。


それなのに、

「俺に背負わせてください。ミョウジさんのこと」

西谷はふっと表情を緩ませて。
優しい顔で、馬鹿みたいにかっこいい台詞を言ったんだ。





百戦錬磨、なんてかっこいい四文字熟語の書かれたTシャツ。
その布越しの西谷の背中は、大きくはないのにすごく頼りになって。
胸が痛くなるくらい、あったかかった。

「ごめんね、西谷」

ぽつんと呟いた声が、夜道の静寂に響く。

裾をたくし上げた浴衣から晒された脚が、ぷらぷらと揺れた。

「……何がですか?」

振り返らずに問う西谷。その足取りは、私を気遣うみたいにゆっくりで。

「ん?だって、なんか今日私の所為で散々じゃない?」

ああ、楽しい今日が終わっちゃわないでって、星に手を伸ばすようにも思えた。

「そんなことないっスよ!ナマエさんのお陰ですげー楽しかったっス!」

「優しいなぁ」

「そんなんじゃないです。本心から言ってますからね!」

ムキになって振り返った西谷の顔が、目の前にあって。急だったものだから背負われた私との鼻先は、10センチ。

……かき氷ショックを思い出す。

「〜〜っ!すみませんっ」

驚いて正面を向き直った西谷の耳は、赤く染まっていて。

照れてるなって思ったら、なんだかまた胸が苦しくなった。
きっと、こんなに人の体温を感じるようなこと最近なかったから、動揺してるんだと思う。

「……ねぇ、潔子綺麗だったね」

「……?はい。綺麗でした」

「女神だったよね」

「いやー、女神でしたね!」

西谷も浴衣姿の潔子に会えて嬉しかっただろうな。
不幸中の幸いだけど、それだけは良かった。

そう思うのは本当なのに、胸にしこりが残るのはなぜなんだろう。
その情熱が、少しでも私に向かないかな。なんて。

「コンビニ着いたらさ、アイス買ったげる」

「えっ!?いいんスか!?」

かき氷おごり忘れちゃったしな。
なんて思って言った言葉に、西谷は嬉しそうに瞳をキラキラさせて振り返る。

「うん。……ご褒美欲しいでしょ?」

その顔に無遠慮に近付けば、びくりと背中まで震えた。
そんな西谷の大袈裟にも思える反応は、いつだって私の心を躍らせて。

頬をつんつん突くと、

「あ、えぁああミョウジさんっ!」

西谷の口から漏れる声がおかしい。

「ふふふふ」

「え、なっミョウジさんさては俺のこと面白がってますねっ!?」

楽しそうに笑う私に、どうやら怒った様子の西谷。

けれどそんなこと少しも気にせずに、コンビニに着くまでの間首筋に指を這わせたり耳を擽ったりして、その反応をたっぷり楽しんでしまった。

これ、もし社会人とかだったら私セクハラで訴えられるやつだな、なんて思いながらやめられないのは、きっと西谷が可愛すぎるから。

そう。別に、他意なんか無いから。
とか、西谷といると私、なんか言い訳ばっかりしてる気がする。




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