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今日は我慢してください
西谷とご飯を食べ終えると、私はまだ文化祭終了まで時間があることに気づいた。
どうしよう。 このまま西谷を巻き込んでいいものだろうか。
正直ご飯に付き合わせたのも半ば無理矢理だしな。そろそろ解放してあげるべきかな?
などと私が迷っていると、
「腹も一杯になったし、ミョウジさんどっか行きたいとことかありますか?」
西谷が問いかけてきた。
あ、まだ解放しなくていいのかな? なんて安心してしまったのは内緒だ。
「私は特に……西谷は?」
「俺も先輩のメイド姿見れたんで満足してます」
おいおい、なんだそりゃ。 そうツッコミたいのを一先ず我慢して、それなら……とひとつの考えが頭に浮かんだ。
「じゃあ、潔子に会いに行く?」
そう首をかしげると、西谷は想定していなかった答えだったのか、驚いた顔をしていた。
「潔子のクラスお化け屋敷なんだよねー。お化け役じゃないって言ってたから、行けば会うくらいは出来るかもね」
別に、西谷になら大好きな潔子を取られることになっても仕方ないと思えるかもしれない。……嫌だけど。 なんて考えが私にそう言わせたんじゃなかった。
ただ、私が潔子に会いたかったので、きっと西谷もこんな特別な日だし潔子に会いたいことだろう。と思った。
「潔子さんに近づくなって怒んないんスね」
よっぽど驚いたのだろう。 西谷は間抜け面だった。
「んー。まあ、潔子は私のだけど、正々堂々私からうばえるものなら奪ってみなさいって思えるくらいには、西谷のかっこよさを評価したってとこかなー?」
意識して性格悪そうに笑ってみた。 きっと彼は嫌そうにするだろうな、なんて思いながら、嫌がらせじみた行為だ。
けれど、目の前にいたのは悲しそうな顔をした西谷だった。 酷く、彼に不釣り合いな表情。
「先輩にかっこいいって言われんの、思ってたより嬉しくならねぇの不思議だ」
そして紡がれた一言は彼に似合わない、とても小さな声。
一瞬、その予想だにしなかった反応に言葉を失うが、すぐに言葉の意味が胸に突っかかってきた。
「なにそれ。そんなこと言うなら潔子に会いに行くのやめる?」
なんだよ、せっかく人がライバル(?)として認めてあげたっていうのに! 唇を立てて西谷を睨むと、
「いや、せっかくだし行きましょ!」
困ったように眉を寄せたまま、それでも彼は笑って言った。
なんだっていうのだ。 そう混乱しつつも、私は西谷と潔子のクラスへ向かった。
*
「え?潔子いないの?」
それは、まさかの展開だった。 途中でお昼ご飯のゴミを捨ててから潔子のクラスの前までたどり着いて、お化け屋敷の受付をしていた女生徒に声をかけた。
すると潔子は数分前に他クラスの男子生徒に呼び出されて出て行ったという。
「どうしよう、西谷」
「数分前って、入れ違いもいいとこっスね」
先ほどは気乗りしないような顔を見せた西谷だったが、ここまで来て流石に残念そうに言った。
きっと会いに来たのに愛しの潔子さんに会えなくて、目の前で餌を取り上げられたような気分なのだろう。
でもそうじゃない。私が言いたいのはそう言うことではなくて!
「いやいや、そうじゃないでしょ」
「え?ど、どうしたんですか?」
「こんな日に男子が女子を呼び出すって多分告白だよ?マズイでしょ!」
そう。文化祭なんて一年に一回の大イベントだ。イベントの魔力なのか何なのか。男女共にこういう日には気になるあの子をデートに誘ってみたり、勇気を出して告白してみたりする輩が多い。
ましてやあの潔子だ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花そのものともいえるあのマイビーナス清水潔子だ。 そりゃあ飢えた男どもが目を光らせて、常にその柔肌に舌舐めずりをしている彼女のことだ。
今頃どこぞの馬の骨が潔子に告白しているとも限らなかった。
「止めよう!止めねば!止めなきゃ!!」
半狂乱で叫んだ私に、西谷は驚いて言う。
「え、いやいや何をスか!」
「え?だから告白だよ!」
「呼び出しただけで告白とは限らないですよ!普通に用事あったのかもしんねぇし!」
「でも!手遅れになったら!行かなくきゃ!」
「いやいや!だから!第一なんで告白止めなきゃいけないんスか!」
「はあ?あんた、潔子に悪い虫ついて平気なの?!」
人のあふれ返る廊下を潔子を探して歩くと、声を荒げる私に何人もの人が振り返った。 早足の私の隣を離されないように西谷がついてきて、私達はまるで互いに顔を合わせながら競歩でもしているようだった。
「悪い虫って……、まだどんな人が呼び出したのかわからないじゃないですか」
西谷は言って、困った顔。 なんでそんなに余裕で居られるんだろう。
普通自分の好きな人が告白されるかもしれないってなったらもっと焦るもんじゃないの? 本当に潔子のこと好きなの?! ただ綺麗だからちやほやしてただけだっていうの?だとしたらそんな奴に負けても仕方ないかも、なんて私は思ったのだろうか。
「西谷、あんた、好きな人が他の奴に取られちゃうかもってなっても平気なの……?」
震えそうになる声を押し殺して言う私に、
「嫌に決まってます!」
はっきりとした声で、彼は答えた。 瞳はさっきバレーの話をした時と同じ、真剣そのもので。
少しだけ、あっけにとられた。
「でも、誰にも誰かの気持ちを否定する権利はないんじゃないですか」
正論だった。 けれど、私にとって潔子はそんな正論なんかどうでもいいと思ってしまうくらい大切な親友だ。
無意識に唇を噛み締める。
「潔子さんへの気持ちは潔子さんにしか答えは出せないじゃないスかね」
そう言った西谷は静かに笑って、
「でもミョウジさん寂しがりだから、今日は俺がいるんで我慢してください」
私の頭をポンポンと撫でた。
なんだこいつ。 何様なのよ!いつもは潔子さん潔子さんって崇めてるくせにこんな時だけ大人ぶって!そう罵りたくなる気持ちもあったのだけれど。
自分より身長の小さい年下の男の子に頭を撫でられながら、私はどうしてだか聞き分けのない子どもみたいなことを言い続けられなかった。
寂しがりとか言われたのが図星で怯んだんじゃない。 ただ西谷の手が思ったより優しくて、驚いてしまっただけなのだ。
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