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熱い想い




微妙な空気が走ったのなんか、一瞬だった。

西谷は自分の分のたこ焼きとやきそばを平らげると、私の分と言って持ってきてくれたたこ焼きも半分ほど食べてくれた。

冷静に考えて、女子の割にはそこそこ食べる方だと思っているけれど、たこ焼きとやきそばどっちもは多いのだ。

そうやって2人でご飯を食べている間も、西谷は私を退屈などさせない。

「で、旭さんってばガンつけられただけでもうビビっちまって!」

「東峰くんあんな見た目なのにそんなに気ぃ弱いとか、ほんと意外だわ」

そう答えながら西谷が旭さんと慕う東峰くんの顔を思い浮かべる。
菅原と話しているところを何度も見かけているし、何より彼は長身で強面。目立つことこの上無い。

「先輩は旭さんと話したこと無いんスか?」

「そうねー。クラスも同じになったこと無いし、でも一年の時の球技大会でちょー怖くて!名前と顔は知ってるけど」

何を隠そう、私は一年の球技大会でバレーに出場したのだ。
結果は上級生にボコボコにされた形っったのだが、その時に隣のコートで試合していた東峰くんのスパイクは凄いなんてもんじゃなくて。

避けることもできず頭に直撃した男子生徒が保健室送りになっていたのはかなり印象的な事件だった。

「そういやミョウジさんバレーに出場してたってスガさんと旭さんが言ってましたよ!」

「うわ、まじか!でも私でかいからねー、結構活躍したよ!」

まあ、初戦敗退だけど。

「なんか対戦相手にウインクして倒してたとかスガさんが」

「あはは!まあ、私がウインクしたら相手はほうけるからやれって言われてやったよね」

「そりゃー怖い作戦っスね」

「そ?今年は何でるかわかんないけど西谷が同じ競技だったらやったげるわよ」

一緒に出ていた女子に頼まれてやってみたのだが、効果覿面な代わりにその人に次の日告白されて参ったっけな。

まあ、魂胆のわかっている人だったらそんな勘違いをしないでくれるだろうけれど、まずわかっていたら引っかからないのだろうし作戦としては微妙だったとは思う。

「え!それはズルい!」

「いやいや!戦略勝ち!」

「ん、ってことはミョウジさん、バレーっスね!」

「あ、やっぱ西谷はバレーに出るの?」

「そりゃそっス!」

毎日部活でバレーしているはずなのに
、そんな一年に一度のイベントでさえもバレーを選択してしまうとは。

ほんとに好きなんだなあ。

「そっかー。てか西谷……ネット届くの?」

素朴な疑問を投げると、

「んな?!」

西谷の顔は一瞬で怒りに染まる。

わかっていて地雷を踏んだのは、もしかしたら劣等感からかもしれない。

そんなに好きなものがあって、ひたすらに打ち込むことができるその真っ直ぐさを、羨ましく思う気持ちもあったから。

「あ、そっかリベロ?」

「ネットも届くしバレーは身長じゃねーよ!まあ!リベロだけど!」

「おお!」

西谷はいつもの敬語も忘れているのか語尾を荒げる。

リベロいいじゃん!私は好きだよリベロ!だって1人だけユニフォーム色違うからどこにいても目立つし!

なんて安易な感想から歓声を上げたけれど、そんな私を黙らすように西谷はその胸に灯る情熱の片鱗を見せてくれた。

「でも俺は身長小せえからリベロやってんじゃねーよ!」

その一言は少しも負け惜しみなんかではなく、ことスポーツにおいてフィジカルの面はどうやっても取り返せないハンディキャップになるというのに、心からの言葉だと伝わってくる。

「俺は身長2メートルあってもリベロやります」

思い出したような敬語に、本当なら笑いだしたかった。
今更だね?と。

でも、出来なかった。

「……」

「そりゃでけぇのは羨ましいし、身長欲しく無いわけねぇけど、それでも俺はリベロが最高にかっけぇと思うからリベロやってんスよ。消去法じゃねぇ」

そう言ってTシャツで額の汗をぬぐった西谷は、いつも美人だなんだと持て囃している私に生意気な口をきいたことなど少しも後悔していない顔だった。

それはもう、清々しいほど自分の道を信じている男の顔だ。

「……そっか」

沈黙の後にぽつんとそう呟くと、西谷はそこで漸くはっとして、気まずそうに目を逸らした。

それまで遮るものもなく全力で私に浴びせられていた情熱が、ふっと他を向くようで。
それがどうしてか惜しく思えてしまって。

私は耐えきれずに呟いてしまった。

「あんたほんと、かっこいいね」

心からの本音だ。
私にはない真っ直ぐ目標に向かって走り続けられる心。
自分の道が無駄なんじゃないかなんて疑うこともさせない強い想い。

真っ直ぐな瞳に射抜かれると、その情熱が自分に向いていないことに嫉妬してしまいそうになるほど、彼はバレーボールとひたむきに付き合っているのだ。

「あ、いや、俺つい熱くなって」

「うぅん、ごめんね。からかったりして。今のは私の言い方が悪かったよ」

そう言って眉を下げると、西谷はぽかんと口を開けた。

あ、さてはこいつも私がこんな素直に謝るとは思っていなかったんだな?

その点に関しては、まあ正しい判断だと思う。
私はプライドも高ければ素直でも無いし。

それでも、本当に悪いと思ったら謝るしか無いってことくらいはわかっているのだ。


「潔子が、さ」

「……?き、潔子さんスか?」

唐突に潔子の名を出すと目の前の西谷はあからさまに動揺した。

話の流れを無視したことも理由だし、きっと彼が潔子に抱く感情ももしかしたらその理由だろう。

「潔子がバレー部のマネージャーなんて面倒なことやってるの、今まで不思議だったのよ」

けれど私は彼の戸惑いなど無視して、未だ話が読めないという顔をする西谷に笑いかけた。

「でも、西谷見てたら少しはわかった」

少しだけ、悔しい。
私にとって潔子は何にも代えがたい親友だし、そんな潔子をバレーボールは自分から奪おうとするようにも感じていたから。

だから彼の情熱を認めることは、まるで敗北のようにも思えたのだ。

けれど、私も思ってしまった。

「一生懸命な誰かの隣で、一生懸命になりたいって気持ち」

ああ、こんな瞳で語る何かを、自分も持てたならよかったのに。
そしたら西谷の隣に立っても、こんなに情けない気持ちにはならずに済むのに。



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