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あんたみたいな弟なら欲しかったなあ




それじゃあと手を振られて、皆と別れると残される、西谷と私。

「西谷も、ありがとうね」

手ぶらになった私達は向かい合って、なんだか一仕事終えた戦友気分。

いや、実際はコンビニで飲み物買っただけなんだけどさ。

「いやいや、俺はもうクラスの出し物も終わってますし、暇なんで!」

相変わらず謙虚にもそう言う西谷に、

「そうは言っても、お礼くらいさせてよ。そうだ、お腹は減ってない?」

思いつきで返す。と、

「腹っスか?そーいや先輩のとこで食おうと思ってたんで、俺も何も食ってないっス!」

予想通り、素晴らしいお返事が返ってきた。

「お!じゃあ一緒にご飯食べよう!奢るよ」

「え?!いや、流石にそこまでは悪いっスよ!」

「なーに遠慮してんの!そんなキャラじゃないでしょう」

正直、西谷は奢るって言ったら飛び跳ねて喜んで、私の財布が破産するくらい食うやつかと思っていた節があって。

でも大丈夫!
私はぐうたらやっているバイトの給料も出た後だし、文化祭の焼きそばやたこ焼きがそんなに高いなんてことはありえないからだ。

というか、

「私がデートに誘ってやってんのに、喜ばないなんてあんた男なの?!」

私に文化祭一緒に回ろうなんていい寄ったり告白してくる男なんか大勢、それこそ腐るほどいるんだからなー?!という本音を隠しもせず声を荒げると、

「西谷夕!15歳!喜んでご一緒させていただきます!!」

先ほどまでうだうだ言っていたとは思えない、背筋の伸びた見事な敬礼。

よかった。
私みたいな美少女がひとりで文化祭ウロウロしたりするほど悲しいものはないし、何よりイベント事でギラギラしているナンパな男子生徒を振り切るのは面倒そうだと思わずにはいられない。

ちょっと可哀想だが、西谷には付き合ってもらおう。

「でも、いいんすか?」

並んで歩き出すと、すぐに隣から不安そうな声が聞こえた。

「ん?何が?」

見るとその顔には気まずそうな表情が浮かぶ。

「いや、ミョウジさん一緒に回る約束してるやつとかいるんじゃ、」
「いや、そんな人いたら私も菅原達みたいに勝手に抜けだしてるとこだわ!」

まあ、そう思うからこそ彼らを心の底から責める気にもなれないわけだが。

「そ、それもそっスね」

そう呟いた西谷は何やら晴れやかな表情に変わっていて、気を遣わなくて済んだことに安心したように見えた。

「丸1日メイドで忙しくする予定だったしさー、一緒に回りたいねって話してた潔子も忙しくて無理そうって言うし、もーこうなったらメイドさん頑張っちゃおっかなって張り切っちゃったよね」

したら、まさかのこんな時間に解放されちゃった。そう苦笑いすると、隣を歩く西谷はその白い歯を見せつけるように満面の笑み。

「じゃ、潔子さんの代わりにミョウジさんとデートする権利をもらえるってわけっスね!」

先ほどまであんなに不安げにこちらを気遣っていた筈なのに、その顔は本当に嬉しそうで。

「そーよー?名誉だと思って、噛み締めてね」

私も同じように歯を見せるようにして笑ったのは、照れそうになるのを隠す為。

なんでだろう。
自分からデートだと言うのはなんの気なく済むのに、西谷にデートだと返された瞬間恥ずかしく思えてしまうのは。





流石にメイド服のままご飯を食べるのもどうかと思い(いや、買い出しはメイド服のまま行っといてなんだが)着替える旨を伝えると、西谷からその間に食べ物を買っておくと提案があった。

少しだけ申し訳なくも思ったが、着替えの間待たせるのおかしいのでそのままお願いした。

「ミョウジさん!こっちたこ焼きで、こっちがやきそばっス!」

「わー!ごめん!ありがとう西谷!」

別れる前に言っておいた通り、屋上前の階段で待ち合わせると、西谷の持つビニール袋から美味しそうな匂いがした。

「ありがとねー!いくらだった?」

そう言って財布を開くと、

「あー!これ俺のクラスから貰ってきたんで、金はいいっスよ!」

西谷は胸を張って言った。

「え?まじ?いやいや、そんなん悪いよ!」

「いや、金かかってないのに貰う方がおかしいっスよ!」

「んー、いや、でも私奢るって言ったのに!」

「お気持ちはありがたくいただくっつーことで!」

「どーゆーことー?!」

そこまで言って、西谷のクラスの出し物は終わったと言っていたことを思い出した。

第一、やきそばとたこ焼きを一緒にやっているクラスなど無いだろう。た、多分だが。

それでもクラスの屋台に顔を出したら売れないから持ってけと言われた、と多分嘘だろうなって話を笑顔でする西谷に、そんな指摘は無粋なものだと思えなくもない。
少し迷って、それから結局知らないふりをすることに決めた私は、

「あーもー、西谷!」

「はい!」

「ちょっとこっちおいで!」

「え?は、はい」

少し離れて階段に腰掛けた西谷に言う。その言葉に不思議そうに首を傾げてから、お尻を浮かせるようにしてこちらに近づいた西谷。
大きな目、今日も今日とてこれでもかってほどに逆立てた黒髪。派手なクラスTシャツも妙に似合う、優しい歳下の男の子。

「よしよし、ありがとね」

そう言って頭を撫でると、まるで彼が保健室に運んでくれたあの日のようで。

「え、あ……ミョウジさんっ」

真っ赤に染まる頬は、今日何度目だろう。
いつも顔を合わすたび美人だの綺麗だのと褒め称えたり、今日も私と過ごせる時間を役得だなんて言ったり、そんな言動からは意外に思えるけれど、西谷の反応はウブとしかいいようの無いものだ。

前に頭を撫でた時は、なんだか西谷のそんな反応にからかってやりたくなって困ったことをしてしまった。

だから今回は努めて冷静に。

そのペタペタする髪を撫でると、誤魔化すように言った。

「ほーんと、あんたみたいな弟なら欲しかったなあ」

まるでその一言は、免罪符のようだ。

弟みたい、後輩として、そんな言葉を付けておけば、私は別に男女の熱っぽい意味で彼に触れたわけでは無いのだと言い訳できる気がした。

なんて、自身でそう思う時点でその言い訳は意味を成さないことなんて、わかっているのだけれど。

「……ミョウジさんの弟なら、俺はもうちょい身長伸びてもおかしくねーんスけど」

苦笑いと共に返ってきた一言は、西谷のあまり口にしたがらない身長というワードが入っていて。

苦い表情に苦い言葉。
その真意はよくわからないけれど。

「確かに!」

曖昧に笑い返すことくらいしか、私にできることは無い気がした。



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