虎屋さんの入り口にて合流した志摩さんの後ろについて、細い道をぐんぐん進む。
「るるぶなんぞにゃ載っとらんとこ、案内したるからな!」
そう明るく宣言した志摩さんからはぐれてしまわないように早足でその背を追うと、ほどなくして裏道の出口が見えた。道の間を流れる小川に、連なり続く小店と民家。こちらに来るまでにせっかくだから、と色々見てきた観光ガイドには確かに載っていなかった景色を、きょろきょろと見回す。観光客の数はほとんどなく、道を歩くのは地元の人たちが多い。なるほど、確かにこれは志摩さんに教えて貰わないと来れなかったとこだなあ。
「かなちゃん、こっちこっち!」
小川を眺めていると、名前を呼ぶ志摩さんの声が聞こえた。声の方に目を向けると、お店の前で手招きをしているのが見える。
呼ばれるがままそちらへ向かうと、ほいコレ、と何かが目の前にずいと差し出された。ひんやりとした冷気が、私の顔まで届く。
「パッキンアイス?」
「ほお、かなちゃんはそっち派なんや」
俺はチューペット派、と笑う志摩さんが差し出していた薄緑色のひんやりしたそれは、幼い頃によく食べたアイスだ。人によって呼び方違うんだ。初めて知った事実に驚いていると、志摩さんが「ほな、はいパッキン」と真ん中でアイスを半分に割って、片方を再び私に差し出した。志摩さんはもう半分をくわえている。受け取ったアイスを彼に倣ってくわえると、口に広がる懐かしい味。
そこでようやく、志摩さんが前に立つこのお店が駄菓子屋なのだと気が付いた。店先に並ぶ十円単位の駄菓子の中には、幼い頃食べたことがあるものも多い。
「昔は予算50円とか100円でどれ買うかマジに悩んだりせえへんかった?」
「あ、しました。私、10円のラスクが好きで……」
「アレごっつ旨いよな〜!ちょお喉乾くけどな!」
多種多様な駄菓子を眺めながら、これは美味しいけどこれは……と真剣に語る志摩さんは、周りの子供たちの中にいても違和感がないように見える。悪い意味じゃなくて、子供心を忘れない、という意味で。
その証拠に、周りで真剣に駄菓子を選んでいた少年が志摩さんに突撃していった。
「おい金造!今日こそ勝負や!」
「ガキはすっこんどれ!」
「あれ、金造や!」
「ほんまや!金造!」
少年を筆頭に、店にいた数人の子供たちが志摩さんに寄っていく。志摩さんは眉間に皺を寄せてあしらいながらも、どことなく嬉しそうだ。志摩さんの明るい人柄が、人を惹きつけるのだろう。
しかし、勝負って何だろう。
「姉ちゃんからも何か言うたってや!」
「……え、わ、私?」
「他に誰がおんねや。姉ちゃんや姉ちゃん」
一歩離れたところから志摩さんたちを見守っていると、最初に志摩さんに話しかけた子が私を見上げながら話しかけてきた。突然の展開に何が何だか分からず反応が遅れてしまったが、どうやら私からも志摩さんに何かをお願いして欲しいらしい。
「え、と。勝負って何?」
「缶蹴り!」
また懐かしい遊びだ。志摩さんを見ると、他の子にもみくちゃにされていた。その中私の視線に気付いた志摩さんは、あ゛、と顔をしかめながらこちらへ向かってくる。
「おいチビ助、かなちゃんに何や変なこと言うとらんやろな!?」
「こんどんくさい姉ちゃんかな言うんか」
「お前ェ!」
ゴツン、と志摩さんの拳が男の子の脳天に落ちた。も、もの凄い音が聞こえた今……!慌てて男の子を見ると、どうやら慣れているようで、「何すんや!」と志摩さんに噛みついていた。とりあえず、大事ないようで一安心だ。
「柔造に言いつけるえ!」
「んな!そ、それはやめえ!」
「せやったら、缶蹴りや!」
じゅうぞう、と言う名前を出された途端、志摩さんがさあっと青ざめた。怖い人なのだろうか。とりあえず、志摩さんには効果てきめんだったようだ。志摩さんはうう、と唸ったあと、「しゃあないな……」と渋々了承した。途端、男の子の表情がぱっと明るくなる。
「ほな、明後日は空きなんやろ!そん時な!」
「おま、なんで俺の予定把握しとんねん!」
「柔造が言うてた!」
「柔兄……」
がっくりと志摩さんが肩を落とす。あ、じゅうぞうさん、って志摩さんのお兄さんなのか。男の子は駄菓子屋にかかっている古いかけ時計に目をやって、「ほなな!逃げんなよ金造!」と叫び手をぶんぶん振りながら店を出ていく。
「姉ちゃんも明後日な!」
「……え?」
爆弾を一つ、落としながら。
予想だにしない言葉に驚いていると、志摩さんが「堪忍!」と手を合わせた。
「アイツ、勝手にかなちゃんも頭数に入れよったみたいや……。無理に来おへんでも、大丈夫やから。……あー、せやけどもし、かなちゃんが暇やったら、」
「……わ、私も行っていいんですか?」
「!来てくれるん!?」
「は、はい、用事とかないし、あの子、私にも手振ってくれたし……」
誘って貰えて、嬉しかったんです。そう答えると、志摩さんは「ありがとお!」と満面の笑みを見せてくれた。
「あー時間とかは……かなちゃん、今携帯持っとる?」
「は、はい」
「せやったらほな、赤外線通信しよか」
差し出された携帯に慌てて自分も携帯を出し、赤外線通信の準備をする。まず私が送って、次に志摩さんから。登録しますか?の表示にはいを押して、登録完了だ。
「よっしゃ!ほな後で時間メールするわ!」
「は、はい」
「あー……しかし思ったより時間食うてもうたな。かなちゃんちょっと待っとって」
志摩さんの言葉に頷いてから私も先ほどの男の子のようにかけ時計に視線をやると、確かに思ったよりも時間は経っていた。来た時間も遅かったのもあり、もうお夕飯の時間に近い。ここから再びどこかを回るには少々遅い。
店を出たところで待っていると、ややして志摩さんが白い袋を持って駄菓子屋さんから出てきた。「ほな行こか」と笑う志摩さんに続いて、来る時通った細い裏道を抜ける。
虎屋さんに着くと、志摩さんは私に握っていた白い袋を握らせた。
「え、これ……」
「今日のお礼や!」
「え!で、でもむしろ、私がお礼をしなくちゃいけないくらいで、」
「ええからええから、受け取っとき!」
ほなまた明後日な!と手を振って、志摩さんはブーツを履いているとは思えないスピードで駆けて行ってしまった。虎屋さんの入り口の前に残された私はぽかんと間抜けに口を空けて、その背を見送るしかない。
「……ふふ、」
なんだか意味もなく、笑みが溢れてしまった。袋の中を見ると、様々な駄菓子の中多めに10円ラスクが入っている。それがまたおかしくて、嬉しくて、私は上機嫌でゆっくりと部屋へと歩き出した。
それをじっと見つめている影になど、気付かないまま。