碧空と向日葵 | ナノ






「お嬢ちゃん、重ない?」

「は、はい、私は全然大丈夫です。というかむしろお兄さんの方が……」

「俺は鍛えとるからな!」



 隣を歩くお兄さんの手には、ダンボール二箱分の野菜。対して私に渡されたのは、つぶれやすい野菜や果物だけだった。
 本人いわくこういったものの方が運ぶのが苦手らしいが、本当にいいのだろうか。しかし自信たっぷりに鍛えていると言ったお兄さんの顔からは確かに余裕が伺える。
 見上げるこちらに気付いたお兄さんが、白い歯を見せながらニィ、と笑う。多分大丈夫、って意味なんだと思う。見た目は派手な金髪でヤンキーっぽいから少し怖い気がするけど、垂れ目のおかげかどこか柔らかくもある。あと、何故か服が袈裟だし。少なくとも、お兄さんは私が普段あまり関わりを持たないタイプの人だった。
 地元の友人が見たら驚きそうだ。私自身、驚いている。私は元々、人付き合いが苦手だから。現に今だって、それほどの会話はない。他の子だったら、もっとうまくこういった時間も過ごせるんだろうなぁ。なんだかお兄さんには申しわけない。

 明るい通りを並んで歩く。ここから虎屋さんはそこまでの距離はない。虎屋さんについたら少し休んで、また散策かなぁ。なんて、考えていた時だった。



「うわっ、」



 どんっ、と肩にぶつかる衝撃に、体がよろめく。どうにか足に力を入れて耐えるが、手から意識が離れてしまったために持っていた箱が投げ出されてしまう。あ、最悪、だ。血の気が一気にひいていく。

 持っていたのはつぶれやすい野菜や果物。つぶれてしまってたら、どうしよう。おじさんやお兄さんに申し訳ない、どうしよう。

 ぐるぐると頭を渦巻く暗い思考を持て余しながら、急いでしゃがみこんで果物を拾う。ぶつかってきたのは旅行者らしい。 聞き慣れた標準語で喋っていた彼らは、ぶつかってからは立ったまま私をじっと見ている。
 恥ずかしい。周りの視線がつらい。どうしよう、野菜たちはどうにか無事だったけど、どうしても手が、足が震える。こんな自分が、嫌いだった。



「……ちっ、」



 彼らの舌打ちに、肩が跳ねた。目が、邪魔だと、お前が悪いと伝えている。私はちらりとあげた視線を再び地面に戻した。野菜たちを箱につめこんだが、顔があげられない。箱のふちを震える手で握る。
 ぽん、と何かがそんな私の頭に触れた。
 反射的に顔を上げて見上げると、お兄さんがまたさっきの笑顔で白い歯を見せてニィ、と笑いかける。
 なんで、と私が思うのと、同時だった。

 お兄さんの跳び蹴りが、彼らの内の一人に直撃したのは。



「お前ら、目ェついとるんか?あ゛ぁ!?ぶつかってきたのはどう見たってお前らやったやろうがぁ!!」



 唖然とする私。呆然とする彼ら。お兄さんは蹴り飛ばされて地面に尻餅をついた彼に自信満々にふんぞり返った。
 お兄さんはしゃがみこんだままの私の頭をくしゃりと撫でる。少し乱暴だけどまるで安心させるような手付きに、気付いた時には私の手の震えも足の震えも止まっていた。
 お兄さんは私の頭を撫でたまま、彼らに続けて言う。



「あんまふざけた事ゆうとると本気でいてこましたるえ!この金造さまのシマでこないな事許される思たら大間違いやわ!はよお嬢ちゃんに頭下げろや!」



 くわっ、と鬼の形相で噛み付くように叫ぶお兄さんに、彼らはヒッと小さく喉をひきつらせた。顔色を悪くさせた彼らは尻餅をついた一人がどうにか立ち上がるなり、すぐさま一目散に駆け出した。
 それを全力で追おうとするお兄さんに気付いて、咄嗟に彼の袈裟のひらひらとした袖を掴んで引き止める。



「も、もう大丈夫です」

「何も大丈夫やないやろ!あいつらまだお嬢ちゃんに頭下げとらんやないか!」



 先ほどの怒り心頭な声色がそのままこちらを向いて、私の肩が跳ねた。それを見たお兄さんは、ばつが悪そうに視線をそらす。
 あ、違う。違うんです。
 お兄さんが勘違いをしているであろう事に気がついて、私はしゃがんだまま慌てる。私の肩が跳ねたのは、さっきの人たちに対してみたいな恐怖からじゃなくて、ただ単に驚いたからだ。
 お兄さんが優しいのは、この出会ってからの短時間だけでも充分分かったから。
 しゅんとしているお兄さんに声をかける。臆病な私の声はどうしてもこんなことにすら緊張してしまい震えてしまうけれど、どうしても伝えたかった。



「ほ、本当に、大丈夫です」

「……せやけど、」

「お兄さんが怒ってくださったから、平気です」



 ぱっ、とお兄さんが驚いた顔をこちらに向けた。さっとしゃがみこんで、私の顔をじぃっと見つめる。彼の整った顔は心臓に悪いけれど、なんだか犬のようなお兄さんがかわいらしくて、私は珍しく、本当に珍しく、こんな状況でも声が震えずに伝えることができたのだ。



「本当に、ありがとうございます」

「……おう!」



 ニカッ、とお兄さんが笑う。彼に似合う大きな笑顔に、私もつられて口元をほころばせた。


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