碧空と向日葵 | ナノ







 右も左も分からない古き良き街並みの中を、じっくり観察するようにゆっくりと歩く。あちらこちらの小さな店に並んでいる色とりどりの簪や小物が、私の目を奪う。
 少し暑いけれど、緩やかな時間の流れるここはとても良い街だ。この地は修学旅行で一度訪れたことがあるが、一人きりで目的地もなくふらふらと歩いている今の私には全く違う街に見えていた。


 ――そうだ、京都に行こう。


 まるでどこぞの広告のような事を思い立ったのはつい二日前である。相談した母から二つ返事で許可がおりたのは、彼女の友人がここで旅館を経営しているからに他ならない。決して私の状況を知っているからではない。
 自然とこぼれだした溜め息に気付いて、それをかき消すように首を横に振った。駄目だ駄目だ、これじゃあなんのためにここに来たのか分からないではないか。

 見慣れたビルの壁とは違う、昔ながらの日本家屋にかかる風鈴の音が、暑さを緩和してくれるような気がする。
 私にはせわしない流れの中にそびえ立つビルの群れよりも、こちらの古めかしくどこか穏やかでゆったりと流れている時間の方が合っているのかもしれない。
 そう思うと、じりじりと 照りつけてくる強い太陽の暑さもまあ良いかな、なんて考える私はまさに、単純な人間である。


 しばらくのんびりと歩いているとふと、八百屋さんが視界に入った。店先にかかっている『冷やした果物あります』の字にひかれて、私は足を向けた。
 店の中には小さな冷蔵庫があった。店のおじさんに声をかけると、その中のものを見せてくれる。どれもつやつやと美味しそうで、ますますどれにするか悩んでしまう私に、おじさんがパイナップルを薦めてくれた。
 祭りの出店で売っているような、棒に刺さったパイナップルを買った。そういえば、夢中で街を歩いていたせいで喉も乾いている。
 はしたないかもと思いながらも誘惑に負け、受け取ったその場で瑞々しい黄色い果実に歯を立てると、爽やかな甘酸っぱさと冷たさが口内を満たした。
途端に、おじさんが笑い出す。



「あっははは!お姉ちゃん豪快やなぁ」

「えっ、あ、す、すみません…」

「いや、そないに美味そに食うてくれはったら、店員冥利につくってもんや。お姉ちゃん、東京もんか?」

「あ、はい。ちょっと色々あって、今は虎屋さん、っていう旅館に泊まらせていただいてて……」

「えっ?お嬢ちゃん虎屋に泊まっとんの?」



 お嬢ちゃん?
 おじさんと私の会話に、背後からはきはきとした声が一つ加わった。
 振り向いたそこに立っていたのは、鮮やかな金色の髪とそれに似つかわしくない法衣のようなものを纏った男の人だった。



「おっ、金造やないか!なんや、お使いか?」

「ちゃうわ!まったく、何歳やと思っとんねん。おっちゃん、俺にもこれ一本くれ」



 金造、と呼ばれた人が私の持っているパインを指さすものだから、びっくりしてしまった。
 それが表情に出てしまった私にくすくすと笑う彼は、再び私のパインを指さす。



「それな、お嬢ちゃんがやたら美味そうに食うとるのが外から見えてなあ」

「え、あ、これ?」

「おん。それでなんや、俺も食いとおなってもうてん」



 にひ、と鮮やかに笑ったその人は、おじさんからパインを受け取って私のように、いや私以上に豪快にかぶりついた。じゅ、っと汁を吸って、口の周りについた果汁も舐めとる。なんとも美味しそうに食べる人だ。
 その一連の動作を間抜け面で見ていたのだが、自分の手首に垂れてくる同じ果実の汁にハッとして、私も自分のそれに再び噛みついた。せっかく冷えているのだ、何であろうと美味しい内に食べた方が良いに決まっている。
 私が半分程食べすすめた頃には、もう既に彼の手にあった黄色い果実の姿はなく、ただ果汁が染みた割り箸が一本握られているだけだった。それを指で挟んで遊ばせながら、彼はおじさんと一言二言交わしている。どうやら家族の話をしているらしいので、部外者は黙ってパイナップルを食べることに専念する。
 私がそれを全て胃に収めた時には、彼はいつの間にか持っていた割り箸を捨てていた。レジ前に立っているおじさんの横にゴミ箱が見えたので、私もごちそうさま、と一つ呟き割り箸を捨てた。ずっと持ってると、うっかりそのまま虎屋さんまで持っていきかねない。
 さて、次はどうしよう。水分も補給できたし、また目的地のない散策を続けようかな。
ついでに何か、女将さんにお土産でも――。
 そこまで考えて、私はぱちぱちとまばたきをしながらお兄さんを見つめてしまった。いやや!と叫んだお兄さんが、おじさんに大量の野菜を渡されていたからだ。
 話を聞く限り、暇なら野菜を虎屋さんまで持っていけとのことらしい。しかしこれは、どう考えても二往復しなければない量だに見える。
 そう気付いたと同時に、本日の私の予定は決まってしまった。



「……あ、の」

「おん?」

「お、お手伝いしましょうか?」



 そこまで言って、はっとした。お兄さんのフレンドリーさで見失っていたが、私と彼は初対面なのだ。
 これは、やらかしてしまったかもしれない。慌てて、要らなかったらかまわないと続けようとする。
 結局しようとしただけで、しなかったのだけれど。



「ほんまに!?」



 私が口にする前に、彼がきらきらと顔を輝かせてくれたのだから。私がこくこくと何度も頷くと、お兄さんはぱぁっとさらに表情を明るくさせる。思わずその笑顔に見惚れてしまったのは、仕方のないことだと思う。

 こうして私は、鮮やかな彼の人に出会ったのである。





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