碧空と向日葵 | ナノ






 食卓を囲んで、姉さまや父さまと夕餉を食べる。今日はとても嬉しいことがあったからか、箸がいつもより進む。つい弛む口元もそのままにおかずの煮物に箸を伸ばす私に、一番年の近い錦姉さまがこてんと首を傾げた。



「……なんや青、ええ事でもあったんか?珍しいやんか、そないに上機嫌なん」



 姉さまの言葉に、私はまたふふ、と笑みを零す。頭をよぎるのは、ついこの間仲良くなった年下の少女の言葉だった。


 私は今日黄昏時に、母さまからの言いつけで、女将さんにお醤油をいただきにとらやに足を運んでいた。そういえば、かなえと会ったのもこの廊下だった。その時の光景を思い出しながら、とらやの台所へと向かう、その道すがら。



「でね、昨日は青ちゃんと仲良くなったんだ」

「……青、って宝生のか?」

「うん、宝生青ちゃん。竜士くんも知ってるの?」



 聞こえてきたのは、丁度思い浮かべていた少女と自らが使える座主の子息の会話だった。食後のお茶を飲みながらのんびりと語らう二人はどうやら、店の裏で食事をとっていたらしい。そういえば彼女は今勝呂家に身を置いていると言っていた。
 別に、盗み聞きをしようと思ったのではなかった。それでもやはり、自分の名前が出たら人間気になってしまうもので。
 立ち止まってみてから、私は少し後悔した。かつて何度も味わったことのある感覚が、突然蘇ったのだ。裏で交わされる、自分の悪口。地元でも姉さまたちと同じく祓魔師のノウハウを学ぶべく入学した学園でも味わった苦痛。姉さまたちと同じく元来どうしても目立つ私は、例に洩れず学校では肩身の狭い思いをした。元々のプライドの高さもあるし、人付き合いの苦手さもある。更に運の悪いことに、昔から志摩の男はよくモテた。それはつまり、付き合いの長い私たちは奴らに恋愛感情を抱く者にとっては目の上のたんこぶだということだ。
 もしかしたら、かなえだって。確か彼女は、金造と知り合いだから。そんな恐怖とも呼べる感情を抱きながら、恐る恐る障子戸の隙間から覗き込んだ、その、先には。



「青ちゃん、本当に美人でかわいくってね。はじめは驚いたけど、話しかけてくれて、本当に嬉しかったんだ。……特にね、あの鼈甲飴みたいな瞳に朝日がきらきら光って、本当に綺麗だったの」



 相槌を打つ竜士さまに穏やかに語るかなえの瞳は、ゆるりと柔らかい光を持っていて。まるで宝物の話をするような彼女の姿に、私はずるずるとしゃがみ込む。

 嬉しかった。ただただ、嬉しかった。今まで培った嫌な記憶が全て霧散していったような気すらした。 友達を作るのが、苦手だった。昔から祟り寺だと言われ続け、身内以外の人と接するのが怖かった。学校でもなかなか友人なんて作れなかった。気にしていないと言ったって、いつの間にか重なったほんの小さな傷たちははじくじくと私を苛んだ。その苦い記憶が、感覚が、じんわりとあたたかな何かで溶け出す。
 こんな気持ちは、生まれてはじめてで。私はしゃがみ込みながら、ほんの少しだけ、泣いてしまったのだった。






「……お手伝い?」



 食事を終えて丁度に入った、彼女からのメール。それによると、かなえさんは明日からとらやの手伝いをすることに決めたのだそうだ。
 引っ込み思案だという彼女が一歩を踏み出そうとしていることを喜ばしく感じながら、ふと、しまいこんであるそれを思い出した。昔着ていた単衣。あれなら水洗いが出来る生地だし、大人しい色合いはかなえにもとても似合うだろう。今は祓魔師の制服ばかりで殆ど着ていないから、彼女に貸してあげよう。なんなら、譲ったっていい。
 出来ることなら、明日にでもすぐ渡してあげたい。私の色と、小憎たらしい申の色。その二つを纏ったかなえは、喜んでくれるだろうか。青ちゃん、と私の名前を呼ぶ柔らかい笑みを思い出しながら、私は部屋を飛び出して姉さまの元へと駆け出した。



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20130305
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