竜士くんと向かい合って、虎子さんが用意してくださったお夕飯を食べる。今日は二人だけでのお夕飯だ。しかしさすが老舗旅館、何度食べても美味しい料理に舌鼓を打ちながら、ふと、今日の風太くんとの会話を思い出した。
(……風太くん、あんなに小さいのにお父さんの手伝いしてるんだなあ)
彼は父親の経営する八百屋さんの手伝いをよくするのだと、にこやかに話してくれた。それに比べて私は、部屋を貸していただいてこうしてご飯も食べさせていただいているのに。脳裏を"働かざるもの食うべからず"という格言が過ぎる。
けれど、もしも邪魔になってしまったら。そんな考えも、やはりどうしても浮かんできてしまって。虎子さんは優しいから、どちらにせよ大丈夫だと言ってくださるだろう。でも。
そんなことを悶々を考えているのが、どうやら伝わってしまったらしい。向かい側に座る竜士くんが、眉間に皺を寄せながら訪ねてくる。
「……かな姉、どないした?難しい顔しよって、嫌いなモンでも入っとったか」
「あ、う、ううん、今日もとても美味しいよ。……そうじゃなくてね、」
話してよいものかとも悩んだが、昔から竜士くんは私が隠し事をするのを嫌う子だったから、私は観念して、今日の出来事を竜士くんにかいつまんで話した。かな姉缶蹴りなんかできたんか、という少々失礼なセリフには気付かなかったふりをして、最後に虎子さんに手伝いを申し出ても大丈夫だろうかという疑問を投げかけると、竜士くんは呆れた表情で「なんや、そんなことか」と笑った。
「ええも何も、かな姉がしたいんやったらしたらええし、したくないんやったらせんでええやろ。別に何もせんでもオカンは怒らんし、何とも思わんで」
「……うん」
確かに、竜士くんの言う通りだ。そうだ、やりたければやればいい。やらなくちゃ分からないこともあると、私は京都に来てすぐ学んだではないか。あの日、勇気を振り絞って声をかけなかったら出会えなかったではないか。脳裏に浮かぶきらきらの金色に、少しの勇気を貰って。
「……うん、やって、みる」
「お、」
決意して一つ頷くと、竜士くんが小さく声をあげた。どうかしたのかと彼を見ると、竜士くんは眉間の皺を解いて笑う。
「いや、前のかな姉なら今から一晩は悩み倒しとったやろなあと。……かな姉、ちょお変わったな」
言われてみれば、そうかもしれない。京都に来る前の私なら、このまま悩んだ末なあなあにしてしまっていただろう。ええ事や、と何度も頷く竜士くんには、心配もかけていたのかもしれないなあ。ありがとう、と素直に感謝の気持ちを述べると、竜士くんはきょとんとしてからふい、と照れくさそうにそっぽを向いてしまった。それが何だかかわいらしくて、私はへらりと笑う。
明日の朝ご飯の時に、虎子さんに相談してみよう。
再び口にしたお夕飯は、さっきより何故だか美味しく感じた。