「ごちそうさまでした。」
口元にうっすらと笑みをつくって酷く満足そうに手を合わせるかな姉に、ちらりと視線を向けた。つい昨日から実家の虎屋旅館に身を置いているこの人は、昔から付き合いのある、母の友人の娘である。
最後に会ったのは、確かちょうど五年も前。兄弟もおらず、周囲には年上の多い環境ながら周りからは座主の息子として扱われていた俺は、そんな事情を知らず純粋に俺を『勝呂竜士』として可愛がってくれるかな姉によく懐いていた。一つ年上である彼女も、ありがたいことにまるで本当の弟のように俺に接してくれる。
久しぶりに会ったかな姉は、相変わらずどこか困ったように笑う人だった。五年を経て身長だけなら幾分も彼女より大きくなってしまったからか、その姿はより小さく見えてしまう。
お皿洗い、しますね。
そう言って立ち上がったかな姉は、気を使わないように言う母をやんわりと押し切って洗面台に向かう。変なとこで頑固なんも、相変わらずやなあ。普段周囲(主に志摩から)から頑固一徹と言われる自分は棚に上げて、そんな彼女に忍び笑う。
かな姉は昔から、どうしても自分に自信がない人だった。一人の時はつまらなそうな顔をしていて、あまり感情の起伏もないように見える、そんな人。だから幼かった俺は初めて彼女に会った時、彼女を酷く警戒していたのを覚えている。
それでも今ここまで俺たちの仲が良好なのは、彼女のよいところを今ではたくさん知っているからだ。
「竜士くん、お皿持ってきてもらってもいい?」
「おん」
既に食べ終わっていた俺は残っていた皿を全て持って、皿を水につけるかな姉の元へ運ぶ。どうやら母は既に仕事に戻ってしまったらしく、部屋には俺とかな姉しかいない。見慣れた台所にかな姉が立っているのに、あまり違和感がないのは何故だろう。
俺から皿を受け取ったかな姉は「ありがとう、」と微笑んでそれを受け取り、皿洗いに取りかかる。普段家でやっているのか、その手付きは慣れたものだった。それを目で追いながら、そういえば、と思ってそこらにかけておいたものに手を伸ばす。
「かな姉、」
「……ん?なあに?」
「エプロンくらいつけえや。水飛ぶで」
そう言って差し出したのは、いつかに学校で作らされたエプロン。シンプルな紺色のそれは俺のサイズで作ってあるため彼女には大きいが、ないよりはずっといいだろう。
かな姉はしばし俺とエプロンを交互に見てからそれを大人しく受け取って、身につける。そして再びエプロンと俺を交互に見やって、こちらをじっと見上げた。
「……竜士くんさ、」
「ん?」
「凄く大きくなったんだねえ」
へらり。緩くかな姉が笑う。本当に落ち着いている時にしか見れない気の抜けた笑みに、ほう、と息を吐く。
普段はつまらなそうで、感情表現もうまくなくて。それなのに本当は感情は意外ところころ変わるし、美味しそうに食べるし、変なところは頑固な人。あの頃の俺が初めて彼女に心を開いたのは、初めてこの緩い笑みを見た時だったかもしれない。
昔は私の方が大きかったのになあ。
ぼやきながらスポンジを握るかな姉に苦笑いしながら、俺は縦になってしまっているエプロンのリボン結びを直してやる。いつまでも慰められとるだけの子供やないで。そんな生意気な言葉は、飲み込んで。