碧空と向日葵 | ナノ







 ぐっ、と一つ伸びをして、布団からもぞりと出る。昨日は早めに就寝したからか、普段よりも大分早く目が覚めてしまった。虎子さんから借りている旅館の浴衣からラフな私服に着替えてから、身支度を済ませ布団をたたんで、部屋を出る。
 携帯を見ると、虎子さんに伝えられた朝食の時間まではまだ余裕があるらしい。せっかく早起きしたのだから、敷地内を邪魔にならないくらいに散歩してみようかなあ。長い廊下を歩きながら、そんなことを考えていると。



「あーーー!!」

「〜っ!?」



 後ろから突然こちらに向けてかけられる大きな叫び声に驚いて、私は足をもつれさせて廊下に倒れ込む……が、体が廊下にぶつかることはなかった。ぐいと私の体を支える、細い体。状況は全く掴めないが、とりあえずこのままではいけないことだけは分かったので、慌てて体勢を立て直す。すると耳元で、ふう、と安心したような溜め息。振り返ると、そこに立っていたのは、肌の白い細身の女の子。着ている黒い服は、昨日志摩さんが着ていたそれになんとなく似ている。目尻に紅をさした、少し鋭い大きな瞳と、一つに束ねた白い髪が印象的だ。美人さんだなあ。
 一体誰だろう。ってあれ、さっきの声はこの人かな。疑問は次から次へと出てくるが、まず今言うべきことは。



「あ、ありがとうございました」

「うえっ?」

「えと、支えてくださったから。おかげで、怪我、しないですみました」

「あ、お、おん、ええよお」



 目を丸くさせた彼女は、ふるふると小さく首を横に振る。その度に赤い結い紐で束ねられた白の髪がゆらゆらと揺れて、綺麗だ。私がその髪に目を奪われている間ずっと、彼女は金色の瞳でこちらをまじまじと見つめていたらしい。なんとなしに髪からずらした視線が、ばちっと合って、驚いた。
 強い目力を持って無言でこちらを見つめ続ける彼女にどうすることも出来ずに内心おろおろしていると、ふいに彼女がにこりと笑った。にこりと言うよりは、にっ、が正しいかもしれない。



「なんや、あの申の女やからどないうっとい奴やろ思たら、存外普通やんか」

「さ、る……?」

「申は申や。昨日一緒に虎屋の入り口まで来とったやろ。私、ちゃあんとこの目で見とったんやで」



 昨日、虎屋さんに、一緒に……?
 そこまで至って、私はようやく彼女の言わんとしていることを理解した。彼女の言う申とは恐らく、志摩さんのことだろう。……え、つ、つまり、私が志摩さんの女って、こと、は……!?



「ち、違います!」

「え、何が?」



 きょとんとして首を傾げる彼女に、私は虎屋さんにお世話になっていることから志摩さんとの出会い、助けていただいたことなどを伝えた。つまり、私と志摩さんの関係は勘違いなのだと。私の支離滅裂な話でどうにか理解してくれた彼女は、「せやったんか……」と呟いてからハッとして、「堪忍え、」とパッと頭を下げる。



「あんな申の女とか、侮辱もええとこや。ほんま堪忍え」

「えっ!?そ、そんな本当に気にしてないので頭上げてください……!」



 慌てて彼女の薄い肩を掴むと、彼女はゆるりと顔をあげて、不安げな顔をしていた。こちらを伺うその様子が、美人さんなのにかわいくて。私はへにゃりと笑って、「本当に大丈夫ですよ、」と伝える。
 すると彼女はふるふると震えながら、私の手をぎゅっと握った。ほんまに?首を傾げる彼女にもう一度微笑みながら頷く。すると彼女はぱぁっ、と表情を明るくさせ、「ありがとお!」と目を細める。柔らかくなった彼女の瞳が、朝日を受けてきらきらと輝く。



「えっとな、私、宝生青言うねん」

「あ、えと、私は唯川かなえ、です」

「かなえな!」



 宝生青さん。あお、とてもきれいな名前だ。青さん、と彼女に倣って確かめるようにその名前を呼ぶと、彼女は首を横に振る。



「青でええよ。それに、敬語もええ」

「え、で、でも青さん年上じゃ……」

「ええからっ!」



 身を乗り出して顔を近付ける彼女の勢いに負け、頷いた。

 青、ちゃん。

 小さな声で恐る恐る彼女の名前を呼ぶと、再び彼女の表情が目に見えて明るくなる。本当にかわいい。無表情だと美人さんだけれど、ころころと変わる表情はあまりにかわいらしい。



「えへへ、かなえっ!」

「なんです……あ、と、……なあに?青ちゃん」

「!あ、あんな、あんな、……私と一緒に、散歩せえへん?」

「ぜ、ぜひ!」



 青ちゃんの誘いにこくこくと何度も頷くと、彼女はにっこりと笑って私の手を取った。細くて白い指が、私の手に絡む。薄い桃色が滑らかな頬に走っていて、まるでうつったように私の頬も熱くなる。目に見えて嬉しそうな彼女に、頬が緩む。

 私たちは朝食の時間まで、虎屋さんの敷地内をゆっくりと歩きながらぽつぽつといくつか話をした。年近いからか話はだんだんと盛り上がっていき、彼女のことを少し知ることが出来た。
 大好きな姉が二人いること、志摩さんの家族とはいがみ合っていること、……友達をつくるのが、苦手なこと。だから彼女は私に声をかけてくれた時に、少し緊張していたのだ。
 私も、ちょっと苦手です。
 苦笑いしながら言うと、彼女は目尻を下げながら「お揃いやなあ、」と笑う。ゆるりと溶けた琥珀色が、あまりに美しくて。



「……本当、きれい」

「なにが?」

「青ちゃんの目がね、とても、きれいだなあって」



 思わずこぼれた言葉に、彼女はぴんと肩を跳ねさせてから、顔を真っ赤に染めた。困ったように下がった目尻に、雫がひとつ。



「……そんなん言われるの、はじめてや……」



 蚊の鳴くような声で伝えられた言葉にどうしようもなく嬉しくなって、私もまたうつったように赤くなる頬を隠しもせず、彼女の手をきゅっと握ったのだった。
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