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 小鳥の囀る声で目が覚めた。ぱちぱちと何度か瞬きをして上を見上げれば、自分が寄りかかっている大木の枝に小鳥が留まっている。そういえば昨晩はあのまま寝てしまったのだった。ん、と短く声をあげながら立ち上がり腰をひねると、景気良くばきばきと関節が鳴った。やはり無理な体勢で寝るのは良くないなあ、と息を吐き出しながら辺りを見れば、ティアと大佐の軍人コンビは既に支度を終えているようだった。ルークはまだ寝息をたてていて、そのすぐそばに寄り添うように水色の塊が眠っている。



「おはようございます、リア」

「あら、おはようイオン。よく眠れた?」

「はい」



 子供二人(一人と一匹?)の寝顔を見つめていると、イオンが挨拶をしてくれた。朝には強いのか、わたしと同じく今起きてきたばかりらしいが、寝起き特有の気の抜けた様子はまるでない。たくましい導師さまだこと。からかいまじりにそう言えば、イオンは照れくさそうにはにかんだ。



「そうだ、ジェイドが出来るだけ早めに移動を開始したい、と」

「ええ、そうね。いつ信託の盾が追ってくるかも分からないものね。それを伝えにきてくれたの?」

「はい。……それから、昨日はその……リアらしくなかったので」



 口ごもりながら自分を見上げてきた少年の大きな瞳が、心配をありありと浮かべている。そうだ、昨日はルークとガイ以外にろくなフォローも出来なかったのだった。昨晩ガイと話した時にも感じた通り、情けないったらありゃしない。
 あまりに余裕のなかった自分に苦笑しながら膝を折って、朝風にふわりと揺れた緑色へと手を伸ばし、気遣わしげに見上げてくる彼の形の良い頭を撫でた。



「ありがと、イオン。一晩寝たら頭の中も随分整理出来たし、もう大丈夫」



 心配かけてごめんなさい。そう言ったわたしに慌てて首を横に振った彼は、わたしの目をじっと覗き込んで、それからようやく安心したように柔らかく笑ってくれた。

 そうこうしている間に、どうやら移動の準備が整ったらしく、大佐から声がかかった。イオンと並んでそちらに向かうと、先ほどまで眠っていたミュウが足元から「リアさん、イオンさん、おはようですの!」と元気な挨拶をしてくれる。小さな彼におはよう、と返してから、ルーク、大佐、それからガイとも挨拶を交わして、奥でナイフのチェックをしていたティアにも声をかけた。



「おはよう。もう怪我は大丈夫?」

「ええ。……ねえ、リア」

「ん?」

「……昨日は、運んでくれてありがとう……」



 恥ずかしげに囁くようにそう言ったティアがかわいらしくて、わたしは込み上げる笑みを隠しきれなかった。
 軍人は苦手だ。だけどやはり彼女はわたしの中で、軍人より先に、少しだけ恥ずかしがり屋で不器用な愛らしい少女だった。



(……大佐も、)



 軍人の前に、何かが存在するのだろうか。そっと彼を覗き見れば、こちらの視線に気付いた彼がにこりとそれはそれは薄っぺらく笑う。
 ……やはり彼はティアとは違う。
 にこりと負けず薄っぺらい笑みを返しながら、改めてそう認識した。








「私とガイとティアで三角に陣形を取ります。あなたはイオン様と一緒に中心にいて、もしもの時には身を守って下さい」



 ルークが驚きから目を丸くした。それもそうだ。恐らくルークは昨日のこともあって、一人人間を相手に戦うことを考えて夜を過ごしたに違いないのだ。それがこんな形で決着がつくなど、夢にも思っていなかっただろう。
 呆然とするルークをよそに、話はとんとんと進んでいく。おまえは戦わなくても大丈夫ってことだよ。そう言い先に歩き出したガイに、ルークは更に表情を硬くさせて拳を握った。



「……ルーク……、」



 これから彼が口にするであろう言葉を、わたしは既に理解していた。もしかしたらわたしだけでなく、この場にいる全員が分かっているかもしれない。これからルークは、この先旅を続けるにあたって必要な決心をしなければならないのだと。
 それを以て、前を行く彼らの背中は何を思うのだろうか。或いは期待を。また或いは拒否を。その中でわたしだけが、立ち竦むルークの横から動けずにいる。



「――ま、待ってくれ!」



 ルークの微かに震える声が、先を行く彼らの背を引き止めた。その声に皆足を止めるが、実際振り返ったのはガイとイオンだけだ。二つの軍服は未だ背を向けたまま、拳を握るルークへと問いかける。



「どうしたんですか?」

「……俺も、戦う」

「人を殺すのが怖いんでしょう?」

「……怖くなんかねぇ」




 大佐の問いに僅かに間を置いて答えたルークに、無理しないほうがいいわと背を向けたままのティアが切り捨てるような、はたまた言い聞かせるような硬質な声で言う。



「本当だ!そりゃやっぱちっとは怖ぇとかはあるけど戦わなきゃ身を守れないなら戦うしかねぇだろ。俺だけ隠れてなんていられるか!」



 そう叫んで、ルークは薄い唇を引き結んだ。その頭に浮かぶのはきっと、昨日ルークを庇って負傷したティアなのだろう。ミュウが嬉しそうに飛び跳ねながら、純粋な瞳でルークを偉いと褒める(その水色の体はルークに蹴飛ばされて飛ばされてしまったけれど)。

 でもきっとこれは、偉いか偉くないかの話ではないのだ。

 わたしは彼が強く握った拳をほどくように、彼の手へと手を伸ばした。それは彼を止めたかったからで、しかし何より、自分が彼を止めることなど出来ないことを理解していたからだった。今だってルークの意志を心から受け入れてやることなど出来ないし、出来るならば今すぐにでも止めさせたい。けれどそんな理想論だけで生き残れるような状況ではないことも、嫌というほど理解しているから。
 不意に触れた感触にルークは小さく目を見開き振り向いて、揺れるエメラルドが斜め一歩後ろにいるこちらを窺った。
 朝日を浴びてきらきらと煌めく宝石に揺らぐのは明らかな不安や戸惑いだ。それでも彼はそんな靄付いた感情に無理やりに蓋をして、振り払うように唇を引き結び眉を吊り上げてから正面へ向きなおる。



「とにかくもう決めたんだ。これからは躊躇しねぇで戦う」

(……ばかねぇ。)



 呆れたような寂しさを孕んだ声は、音にならなかった。ルークはわたしが、わたしたちが、そんな薄い強がりに押し込められた渦巻く感情に気付かないとでも思っているのだろうか。



「……人を殺すということは相手の可能性を奪うことよ。それが身を守るためでも」

「……恨みを買うことだってある」

「ルーク、……恨みって、思っているよりずっとずっと重いんだよ」



 視線を逸らしながら口にしたガイに、被せるように付け足した。それでも意見を曲げる気のないルークに、ティアが一歩詰め寄り、神妙な面持ちで問いかける。



「あなた、それを受け止めることができる?逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見つめることができる?」

「おまえも言ってたろ。好きで殺してる訳じゃねぇって。……決心したんだ。みんなに迷惑はかけられないし、ちゃんと俺も責任を背負う」

「……でも……」



 ティアは昨日の件を踏まえてルークを戦わせたくない。けれどルークはこのままでは自分が足を引っ張ることを知り、戦うことを望んでいる。相反する二人のこの終わりのない押し問答に終止符を打ったのは、やはり、この人だった。



「いいじゃありませんか。……ルークの決心とやら、見せてもらいましょう」



 ルークの肩を持つような発言をした大佐の眼鏡越しの視線がこちらへと向けられた。燃えるような紅い瞳とかち合って、反射的に背中に冷たいものが走る。



「あなたも、異論はありませんね?」

「……はい」



 わたしが頷くのを確認した大佐は満足げに頷いて、では行きましょうかとわたしたちを促した。そうだ、信託の盾が追ってくる前に早く出発しなければ。
 大佐の尤もな指示に従い街道を進み始めた面々の中、ガイがこちらに近寄ってルークの肩にグローブ越しに手を置いた。



「無理するなよ、ルーク」



 多分に心配を含んだ声に、ルークは小さく頷いた。しかし、わたしもガイも、とっくに気が付いている。その宝石のような瞳が、未だに答えを求めてさ迷っていることに。
 ガイの手が肩から離れると同時に、ルークは振り切るように先を行く彼らの背を追いかける。するりと、わたしの手から彼の緊張で強張り冷え切った手が離れていく。掴むものを無くしたわたしの手は、虚しくも空を切る。
 ガイが立ち止まって、気遣わしげな視線と共にこちらへ振り向いた。



「……リア、行こう」



 その片手がこちらへ差し出されて、わたしはつい吹き出してしまう。



「……ばかねえ!」



 地面を強く蹴って、大きな一歩を踏み出す。数歩でぐんと距離を詰めたわたしは、差し出された手のひらにバチン!と自分のそれを思い切り打ち合わせた。
 いて!とガイが昨晩より大きな声をあげ、そのくせどこかほっとしたような顔をした。手のひらがじん、と痺れと共に熱を持つ。その熱が覚めた指先を温めてくれる。



「おやおや」

「あーあ、まーたやってるよ」

「……リアも、あんな風に笑うのね」

「ふふ、楽しそうです」

「ですの!」



 追いついた先で呆れたように毒気を抜かれた顔で待っていたルークたちに、また笑ってしまった。



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20130705
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