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「どうやら間に合いましたね。現れたようです」



 左舷昇降口に到着するなり扉の隙間から外を覗き込んだ大佐が囁く。敵はざっと見て三人らしい。イオンももちろんいる。タルタロスの非常停止には気付いているだろうが、こちらが待ち構えているとは流石に考えていないようだ。
 詠唱が間に合わないため譜術は使えないと言う大佐に頷いて、武器を構えた。相変わらず皮肉を言い合う三人に苦笑しながら、姿勢を低くして飛びかかる準備をする。

 非常昇降口を開けの声。これはリグレットのものだ。
 機械音と共に差し込んだ外の光と同時に、ミュウの頭を掴み構えたルークがにやりと笑った。



「おらぁ!火出せぇ!」



 その声に、ミュウが火の玉を吐き出した。昇降口を開けた神託の盾は油断していたらしく、正面からまともに食らい階段を落ちていく。
 ――今だ。
 その横から、わたしは飛び出した。銃をかまえているリグレットに大佐が突っ込んで行くのを横目で捉えながら、リグレットが連れていた神託の盾に襲いかかった。不意を突かれた兵士は「ぐっ、」と低い声を上げて倒れ込む。
 傷がずきりと痛んだが、どうにかノルマはこなせたようだ。見ればルークは立派に一人を確保しているし、大佐もリグレットをおさえることに成功したらしい。譜術が使えずとも、槍の腕は衰えていない。
 後は、ティアに譜歌を歌ってもらえばこちらの作戦通りだ。しかし、何やら様子がおかしい。



「ティア!譜歌を!」

「ティア……?ティア・グランツか」

「リグレット教官!」



 倒れた男を押さえながら、ティアへ視線を向けた。大佐が呼びかけるが、しかしティアは何かに驚いているらしく譜歌を歌うのが一歩遅れる。

 その隙を、狙われた。

 ティアの背後から、突然魔物が飛びかかった。一瞬動揺した隙をつき、リグレットが大佐へと鋭い蹴りを放つ。同時に、ルークが押さえていた神託の盾が剣を首へ向けた。慌てて彼を助けようとする、が。



「うぐっ!?」



 上から大きなものがのしかかってきて、わたしは地に伏せた。背中に乗るのは、ライガだ。鋭い爪が鈍く光る大きな手が肩を押さえつけ、身動きが出来ない。そうこうしている間にも一瞬で間合いを取られ、ティアと大佐に彼女の銃口が向けられた。
 万事窮す、とはこのことだろうか。

 頭だけをあげ、ティアが今さっきまでいた左舷昇降口への階段を見上げる。そこには、ライガに乗った幼げな少女がいた。成程、魔物にタルタロスを襲わせたのは恐らく彼女なのだろう。胸にぎゅっと人形を抱き桃色の髪をなびかせた彼女は、リグレットにアリエッタと呼ばれる。



「タルタロスはどうなった?」

「制御不能のまま……。このコが隔壁、引き裂いてくれてここまでこれた……」

「よくやったわ。彼らを拘束して……」



 リグレットから指示を受けたアリエッタが、ライガに押さえつけられたわたしを見た。ふんすふんすと首もとに獣の息がかかる。まるで、何かを探すような仕草だ。そして、ライガが一回、鳴いた。



「あ……!」

「……?」



 それに何を感じ取ったのか、目を丸くするアリエッタに首を傾げた。今のは果たして、何を示しているのだろうか。肩を押さえるライガの力が、僅かに弱まった。どうしたのだろう。振り返り、獣の表情を窺おうとした、瞬間だった。
 わたしにのしかかっていたライガが、何かに気が付き視線を鋭くした。と同時に、何かが空から降り立ちティアと大佐に銃を向けていたリグレットに飛びかかる。わたしにのしかかっていたライガは、主人を守るためにアリエッタの元へと向かう。
 咄嗟のことに体勢を崩したリグレットに、落ちてきた何かは捕らわれていたイオンを抱えこちらに走ってくる。ルークに剣を向けていた兵士が上官の襲撃に動揺した隙に、反射的にわたしは下から蹴り上げた。ガンッ、と鈍い音をたて顎を蹴り上げられた兵士が後ろに倒れる。
 体勢を整えたリグレットが銃弾を放つ。しかしそれも細身の剣によって弾かれたようだ。キンッ!とかん高い金属音が、すぐ側で聞こえた。




「――ガイ様、華麗に参上」




 太陽の光を浴びてきらきらと光る金髪に、わたしは目を細めた。ガイ。思わず零れた名前に、彼がどこかほっとしたように笑った。するとすぐに「きゃっ、」とかわいらしい悲鳴が耳を掠める。見ると、アリエッタがいつの間にそちらへ向かったのか、大佐に槍を向けられていた。リグレットが彼女の名前を叫ぶ。
 形勢逆転。
 未だ状況が掴めずに呆気にとられるわたしに苦笑いし、体勢を崩し地面に倒れ込んだままのわたしに気付いて、手を差し伸べる。どうやら彼の参入により事態は収まったらしい。見上げると、変わらない精悍な顔立ちをしている彼がに、と歯を見せた。
 アリエッタを人質に取られたリグレットは大佐の指示に従い武器を捨て、タルタロスへと入っていった。意識を取り戻しはじめた神託の盾も状況を理解したらしく、彼女に続いていく。
 そして最後は、人質となった少女だ。



「さあ、次はあなたです。魔物を連れてタルタロスへ」



 大佐の指示に、アリエッタが視線をさまよわせた。まるで、何かに怯えるように。ぎゅっと人形を抱きしめるその姿に疑問を抱いた。彼女が怯えているのは、どうやら大佐にではないらしいのだ。



「……イオン様……。あの……あの……」

「言うことを聞いてくださいアリエッタ」



 イオンの言葉に、アリエッタの瞳が揺れたように見えた。まるで縋るような、訴えるような、願うようなそれ。今にも泣きそうな少女に、何故だか分からないが既視感を覚えた。ただ、それだけ。
 何度も惜しむように振り返りながら階段を昇る少女を呼び止めた理由は、たったそれだけだ。

 アリエッタちゃん。小さく名前を呼ぶと、瞳を揺らした少女が振り返る。支えてくれていたガイの手を離して、昇降口へと近付いた。大佐がこちらを怪訝そうな目で見る。それを気にせず、わたしはポーチへ手を入れた。そして、手のひらに音素を流し込む。



「……泣かないで、ね」



 膝を折ってへら、と笑い、彼女の小さな手に花を握らせた。鮮やかなオレンジ色の、可憐な花。少女の目がそちらとこちらを行き来して、そしてコクンと頷く。それに安心して、階段を降りる。
 その時後ろから「あ、の!」と声がかかったのだが、それを問う前に大佐に促されてしまい、昇降口が閉まってしまったので続きを聞くことは叶わなかった。



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20130402
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