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 狭い階段を上って、扉を開く。久しぶりに感じた外の空気に、わたしは大きく深呼吸をした。



「……リア?」

「イオン様。……ふふ、わたしも疲れてしまって」

「難しい話はどうしても疲れますよね」



 装飾の施された鉄柵に手をついて景色を眺めていたイオンさまに断って、その隣に背中を預けて空を見上げる。ゴウゴウと激しい風が、わたしの長い銀髪をバサバサと揺らす。
 あなたと、話がしたかった。イオンさまがぽつりと零した言葉に、わたしは視線を空から彼に移した。先ほどの話の時のような優しくも確固とした力強さを持った瞳が、こちらを真っ直ぐに射抜く。その中に僅かに戸惑いや悲しみの色を見つけて、わたしはイオンさまの言いたい話題に気が付いた。



「……チーグルの森でのことですか」

「……はい」



 思えば、チーグルの森でライガ・クイーンを倒してからずっと彼は何か言いたげな表情を浮かべていた。俯いてしまったイオンさまにふ、と笑ってから、わたしは言葉を吐き出した。



「……わたしのアレは、所詮理想論にすぎませんよ」

「……理想論、ですか?」

「はい」



 ライガ・クイーンを救いたいと願った。罪のない彼女を、どうにかと。けれど、あれはやはり独りよがりな偽善でしかないのだ。ああしなければ、エンゲーブは滅茶苦茶にされていただろうから。
 だから、イオン様が謝ることなんてないんです。
 そう口にしてから、へらりと笑った。しかしイオン様は、顔をしかめたままだ。お優しい方だから、やはり気にしているのだろう。どうしようか、とわたしが苦笑いしていると、「でも!」と急にイオン様がばっと顔を上げた。



「でも僕は、リアの考えは素晴らしいと思いました」

「イオン様?」

「確かにあの時は、ライガ・クイーンを救えませんでした。でもリアがクイーンを救いたかったという思いは本物です。それに僕も出来ることならば、クイーンを救いたかった。例え理想論だとしても、僕はリアの考えが好きです」



 イオン様の宝石のような翠の瞳に、わたしが映り込んだ。彼の言葉に、狼狽える。ずっとずっと、心の奥底でくすぶっていたこと。
 いい、んでしょうか。
 ぽつりと思わず口から出たのは、それだけだった。その一言にイオン様は「いいと思います」と破顔する。そんな彼に、ぎゅっと強く拳を握った。わたしは、中途半端なだけなのだ。どちらか選べないだけの、半端者。
 それなのにイオン様は、朗らかに笑いながらわたしの手を取る。



「きっとリアは優しすぎるのですね」

「……そんなことないんです。わたしは、」

「いえ、リアは優しいですよ。僕が保証します」



 ぎゅっと、イオン様がわたしの手を握る力が増す。なんで、こんなにもあたたかいのだろう。そんなことをぼんやりと考えながら、自分より幾分か背の低いイオン様を見つめる。もしかしたらイオン様は弱いわたしを全て分かってしまっているのかもしれない。聡いお方だ。それでも、きっと彼はわたしが口にするまでは問い詰めてはこないだろう。
 口元に自然と笑みが浮かぶ。情けないものだが、今度は作りものではない。



「ありがとうございます、イオン様。……すみません、こんな情けないところを見せてしまって」

「いえ、むしろリアはもっと周りに頼ってもいいと思いますよ」


 イオン様の言葉に、曖昧な笑みを浮かべた。このメンバーでは、ちょっと難しい提案だ。それをイオン様も分かっているのか、彼も少し困ったように笑う。それから何かをまた言いたげに逡巡し、ぐっ、と息を飲んで、わたしを見上げる。その真剣な表情に、首を傾げる。



「どうなさいました?」

「……あ、の、出来たらでいいんですが……僕のことも、イオンと呼んでいただけませんか?」



 わたしの手を握ったまま照れくさそうに笑うその姿は、つい今までの全てを見透かすような導師然としたものではなく、年相応の少年のようで。その姿と可愛らしい申し出に一瞬きょとんとしてから、わたしはふふ、と笑う。



「もちろんよ、イオン」

「!ありがとうございます、リア!」



 ふふ、と笑い合うような、穏やかな時間。そんな時間を遮ったのは、突如陸艦内に響き渡ったけたたましいサイレンの音だった。



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20130304
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