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「昨今局地的な小競り合いが頻発しています。恐らく近いうちに大規模な戦争が始まるでしょう。ホド戦争が休戦してからまだ十五年しか経っていませんから」



 ホド戦争。十五年前に、ホド島を戦地としキムラスカ王国とマルクト帝国の間で勃発した戦争だ。この戦争によって、ホド島は地図から消えた。当時まだ十歳やそこらだったわたしでも、町中が浮き足立っていたのを覚えている。原因は明らかにされていないが、あらかた軍の上層部辺りの思惑が裏にあったことだけは確実だろう。戦争とは得てして、そういうものだ。



「そこでピオニー陛下は平和条約締結を提案した親書を送ることにしたのです。僕は中立の立場から使者として協力を要請されました」



 なるほど、それで親書を。納得したわたしは、一つ頷いた。やはりピオニーというお方は、変わっていないようだ。はっは、と明るく笑う金色が脳裏をよぎる。それならばイオン様が行方不明という扱いになっているのも合点がいく。確かローレライ教団はイオン様を中心とする改革的な導師派と、大詠師モース氏を中心とする保守的な大詠師派とで昔から派閥抗争を繰り広げていた筈だ。ヴァンさまを思い出し詰め寄るルークに説明するイオン様の言葉に、やはりと頷いた。



「モースは戦争が起きるのを望んでいるんです。僕はマルクト軍の力を借りてモースの軟禁から逃げ出してきました」

「導師イオン!何かの間違いです。大詠師モースがそんなことを望んでいるはずがありません。モース様は預言の成就だけを祈っておられます」

「ティアさんは大詠師派なんですね。ショックですぅ……」

「わ、私は中立よ。ユリアの預言は大切だけどイオン様の意向も大事だわ」



 しかしどうも、神託の盾(オラクル)騎士団も内部対立が絶えないようだ。ティアはこう言っているが、恐らく口振りから窺うに彼女はどちらかと言うと大詠師派に近いのだろう。対してアニスは言わずもがな導師派。ローレライ教団内の諍いがどれほど酷いのかは生憎分からないが、派閥が違うということは目標地点も違う筈だ。これからこの溝が何かをもたらさなければいいのだけれど。
 また大佐のからかいに眉間に皺を寄せるルークに苦笑いしながら、不安の種を案ずる。しかしまずは、話を聞かないことにはどうにもならないのだ。……何となく、彼らがこちらに求めることは分かってしまったけれど。



「はぁ。……それで、大佐たちはわたしたち……いえ、ファブレ家子息に何かを頼みたいのでしょう?それとも頼むと言うよりも、利用したい、の方が正しいですか?」



 ごちゃごちゃしてきた空気を変えるようにぱん、と一つ手を叩いて、それぞれの意識をこちらに向けた。棘のある言い方になってしまったのは、どこぞの青い軍人のせいだ。
 わたしの言葉に、「話が早い」と大佐が頷く。どうやら否定もしないらしい。それに続くようにイオン様が力強い瞳でこちらを見つめ、言葉を続けた。



「教団の実情はともかくとして僕らは親書をキムラスカへ運ばなければなりません」

「しかし我々は敵国の兵士。いくら和平の使者といってもすんなり国境を越えるのは難しい。ぐずぐずしていては大詠師派の邪魔が入ります。その為にはあなたの力……いえ地位が必要です」



 ほら、やっぱり。
 小さく呟いた声を拾ったのは、こちら側に座るティアだけだったらしい。不安げな表情でこちらを窺っている。



「おいおい、おっさん。その言い方はねぇだろ?それに、人にものを頼むときは頭下げるのが礼儀じゃねーの?」

「……ルーク、やめといた方がいいわ」

「リアの言う通りよ、そういう態度はやめた方がいいわ。あなただって戦争が起きるのは嫌でしょう?」

「うるせーな。……で?」

「やれやれ」



 わたしやティアの静止も聞かないルークに、大佐が呆れたような溜め息を吐く。そして、何事でもないように一切の表情を変えないままルークに向かってかしづいた。師団長!とマルクト兵の一人が耐え切れず声をあげる。それほどのことなのだ、軍人が自らの主以外に跪かされるというのは。
 そう分かっていても、わたしの頭は冷え切っていた。どうせこの人にとっては、あくまで幼い子供の我が儘に従っただけだと、分かっていたからだ。それにルークをあんなにおちょくらなければ、ルークもここまで要求はしなかっただろうに。自業自得だ、と冷たく割り切るわたしも、また。浮かぶ考えに自嘲する。



「どうか、お力をお貸し下さい。ルーク様」

「あんた、プライドねぇなぁ」

「あいにくと、この程度のことに腹を立てるような安っぽいプライドは持ち合わせていないものですから」

「……だから言ったでしょ、ルーク。この人には要求するだけ無駄なのよ」「……ち、わかったよ。伯父上に取りなせばいいんだな」



 予想通りすぎる展開に、わたしは重い溜め息を吐き出した。早く帰って、花の手入れがしたい。そんな現実逃避すら浮かぶ始末だ。ルークにまた何か不必要なことを言いながら去っていく大佐の背を、ぼんやりと眺める。……ああ、新鮮な空気が吸いたい。



「あっ、リア……」

「ごめん、ちょっと外に出てくるわね」



 風にあたってくるというイオン様に続いて、ドアノブに手をかける。ティアが声をかけてきたことには気付いていたが、このままではいらないことまで口走ってしまいそうだと、ごめんなさいの意を込め微笑みかけてから重い鉄の扉を開き、部屋を出た。外に出る際に目の前を横切った大佐には、気付かないふりをして。



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20130302
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