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「っ、何!?」

『前方20キロに魔物の大群を確認。総員第一戦闘配備につけ!繰り返す!総員第一戦闘配備につけ!』



 艦内放送で伝えられる異常自体に、鉄爪を出して低く身構える。イオンの前に立ち辺りを見回すと、グリフィンと共に降下してくるライガの群れ。その中に混ざるのは。



(……神託の盾騎士団!?)

「イオン様……じゃなくてイオンは、わたしの側に!」

「はい!」



 一体どういうことだ。神託の盾騎士団たちはイオンに気付くなりこちらに向かい駆けてくる。やはり、目的は彼らしい。そういえば、先ほど大詠師モース氏は戦争を望んでいると聞いた。真意は分からないが、しかしこの状況から窺うにどうやらあながち間違いではなさそうだ。



「……分をわきまえなさい。この方はローレライ教団のトップ。あなたたちが剣を向けていい相手じゃないわ」

「黙れ!」



 重そうな大剣を振り下ろしてきた一人をかわし、空いた懐に潜り込んで技をしかける。次いで、もう一人。大剣は一撃は重いが何分隙も大きいのが難点だ。スピード重視のわたしにとっては相性がいいのだけれど。
 しかし、やはり多勢に無勢。次々と襲いかかる神託の盾たちからイオンを守りながら戦うのは至難の技だ。チッ、と舌打ちをしながら重苦しい鎧を蹴り上げる。このままでは、いずれ押し負けてしまうだろう。それに、なによりもルークたちが心配だった。
 どうしてもそんな焦りが目立ち始めたわたしの前に迫り来る一人の神託の盾が、突然横になぎ倒された。ビュン、と音を立てて、大きな黄色の何かが飛び出してくる。これは。



「イオン様、リア、大丈夫ですかぁ!?」

「アニス!」

「助かったわ、ありがとうアニス」

「いえいえ!」



 飛び出してきたのは、大きなぬいぐるみに乗ってロッドを振るアニスだった。さっきのは、ぬいぐるみだったのか。よく見ると、アニスが肩にかけていたそれと同じものだと気付く。一体どういう仕組みなんだろう、と疑問に思いながら、噛みついてくるグリフィンを爪でいなす。
 アニスが来たことにより、ペースはこちらのものになってきた。彼女は譜術にも秀でているらしく、こちらが相手を翻弄している間に大きな一撃が神託の盾を襲う。この調子なら。アニスと目を見合わせて、もう一踏ん張りと意気込んだ、その時。



「あ、こらあ!返せ!」



 アニスの声に、攻撃の手を緩め振り返った。そこには、いつの間にかアニスから何かを奪ったらしい神託の盾と、懸命に奪い返す彼女。あれは、親書だ。
 アニスの様子から察したわたしは飛び出そうとするが、しかし今イオンの近くを離れる訳にはいかない。その思考の合間を縫って、神託の盾たちが次々と攻撃をしかけてくる。避けきれない斬撃をクロスさせた鉄爪で弾き、後ろに一歩下がり体勢を立て直しにかかる。そのどうしようも出来ない一瞬を狙われた。



「きゃあああ!!」

「アニス!?」

「嘘っ!」

「や、ヤローテメーぶっ殺す!!」



 柵を飛び出し、タルタロスの外に投げ出されるアニスの小さな体。その手には親書が握られている。親書を取り返そうとして、押し出されたのだろう。タルタロスは随分な高さがある。



「アニス!」



 近くの神託の盾を切り倒して柵に手を付いて腕を伸ばすが、小さな手はわたしのそれに触れることなく重力に従い落ちていく。タルタロスは随分な高さがある。最悪の状況を想定して青ざめるわたしに、しかしアニスはに、と歯を見せ笑う。



(だ、い、じょう、ぶ?)



 口パクでこちらに伝えてから、アニスは再びぬいぐるみを大きくさせた。成る程、それで衝撃を和らげるのか!納得したわたしは、ポーチから回復用のグミが入った巾着を彼女に投げてから、真後ろまで迫っていた神託の盾を切り捨てて、イオンに迫っていた最後の一人を倒した。周りには、呻きをあげる神託の盾や魔物たち。暫くは動くことも叶わないだろう。



「……ふぅ。怪我はない?」「はい、僕は大丈夫です。ありがとう」

「いいえ。……それよりも、アニスは大丈夫かしら。親書は取り返したようだけど……」

「アニスは何か言っていましたか?」

「口パクで"大丈夫"って……」

「そうですか。なら、大丈夫です」



 アニスですから。微笑みながらそう言い切るイオンは、今までにないくらいに自信に満ち溢れていた。きっと、心からアニスを信頼しているのだろう。いい関係だなぁ、と頷いてから、辺りを見回す。戦闘に夢中で気付かなかったが、わたしたち以外も戦闘になっていたらしい。見た限りでも、何人ものマルクト兵が倒れている。息は、もうないようだ。
 ルークたちは大丈夫だろうか。あの大佐がいるから取り引き材料はみすみす殺しはしないだろうし、ティアもルークを見殺しにはしない筈。しかし、何が起こるか分からないのが戦場なのだ。油断は微塵も出来ない。戦力が分散されているのは危険だと判断し、何やら思い悩んでいる様子のイオンに声をかける。



「イオン、まずは大佐たちと合流しましょう」

「そうはいかないわ」




 ――パンッ!



「……ッ!」

「リア!」

「残念だが、今奴らと合流されては困る」



 太ももを貫いた弾丸に、わたしは声にならない声をあげた。いや、貫いているにもかかわらず弾丸が出てこないことを考えると、これは譜術の一種だろうか。傷口を押さえるわたしを、遮るようにイオンの前に立った凜とした女性が見下げる。
 動きが、気配の消し方が、まるで一般の神託の盾とは違う。噂には聞いたことがあった。



「――魔弾のリグレット!」

「知っていたのか」

「あくまで噂でだけどね。こんなに綺麗な女性だとは思わなかったけど」



 冷や汗をかきながら、それでも余裕のなさは見せないよう笑みを浮かべながら軽口を叩く。あくまで形だけだ。優秀な軍人である彼女にはこちらの焦りなど手に取るように分かってしまうだろう。
 やれ、という指示に従った兵士がこちらに剣を構えながら突進してくる。イオンが「リア!」と声をあげた。その声に反射的に真上に飛び上がるが、傷のせいで飛距離が伸びずに舌打ちをして爪で剣を受け止める。その衝撃で弾き飛ばされたわたしの体は鉄柵を越え、太ももから流れる血を点々と残しながら空中に投げ出される。



「――くそ、」

「リア!!!」



 酷く焦り悲痛な表情をしたイオンの顔を映し、わたしは真っ逆様に落ちて行く。アニスと違いクッションになるものもないから、これはいよいよ危ない。どう対処するべきか頭をフル回転させる。しかし宛もなく彷徨ったわたしの腕を、何かががしりと強く掴んだことにより、それは徒労に終わったのだった。


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20130307
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