ルークたちに、アニスがタルタロスを案内してくれるらしい。どうやらアニスはルークがお気にめしたようだ。微笑ましさを感じながらルークに抱きつくアニスを見つめる。ルークに「一緒に行こうぜ」と誘われたが、少し休むからとやんわりと断るとティアが彼らが部屋を出るのを促してくれた。チーグルの森から気にしてくれているらしい。ありがとう、と最後に部屋を出たティアに微笑むと、ぶっきらぼうに「リアもあまり無理はしないで」と言い逃げされてしまった。
(……さて。)
ドアが完全に閉まって彼らが部屋から離れたのを足音で確認してから、わたしは椅子に腰掛けたまま、ピンと背筋を伸ばし立っている一人のマルクト兵に声をかけた。
「……もういいですよ」
「……ソウェルティ、だな」
彼が神妙な顔をしているであろうことが鉄仮面の上からでもありありと分かって、苦笑いする。変わりませんね先輩、と声をかけると、マルコさんは兜を外してわたしと同じような困り顔で、「お前もな」と返す。座りますか。問いかけると、「まだ勤務中だからな」と相変わらず生真面目な返答をされてしまった。本当に、変わってない。ルークたちの前では話しかけないでくれた察しの良さも、優しさも。だからこそ、こんなにも辛いのだろうか。もう有り得ない過去を、思い出してしまうから。
「まさか、お前とこんなところでもう一度会うことになるとは思わなかったな。こんなこと、予言にもなかった。……息災か」
「ええ、おかげさまで。とは言っても、どこかの誰かさんのせいで数年分歳食った気分ですけどね」
「はは、まあそう言ってやるな。気難しい人なのはお前もよく分かっているだろ。それに数年分歳食ったって言っても、俺からしたら十年前とさして変わったようには見えないぞ」
「あら、お世辞が上手ですね」
軽口をたたきあって、小さく喉で笑う彼につられてわたしも口元を緩めた。陸艦が大地を進む重低音が耳に響く。
しばらくはたわいもない世間話をしていた。その会話が何気なく途切れた時、わたしは先ほどからずっと聞きたかったことを彼に尋ねる。
「……マルコさんは何も聞かないんですか。あの人はどうも探りたがっているみたいですけど」
「聞かないさ」
思いの他即答されて、面食らってしまった。きょとんとするわたしにまた喉で笑ったマルコさんは、緩く目を閉じて続ける。
「お前"たち"がいつかこうなることを、俺はどこかで予感していたのかもしれないな。だから話を聞いても、さほど驚きはしなかった。それにたとえお前が"どちら"だろうと、俺に散々悪戯をしてきた生意気な後輩には変わりないさ」
「……そんなもの、ですか」
「ああ、そんなもんだ」
ニッ、と普段の勤務中には見せないような、ただの青年と変わらない笑みがこちらに向けられる。なんですかそれ、と眉を八の字にしながらも、わたしの口元は笑みをかたどっていた。
いつから、また笑えるようになったんだっけ。
そんなことをぼんやりと考えていると、ガチャ、とドアノブに手をかける音が聞こえる。どうやらルークたちが帰ってきたようだ。それに伴って、マルコさんがヘルムを被る。わいわいと会話をしながら帰ってきたルークの顔色は悪くない。どうやら向こうで特に大佐に何かされはしなかったようだ。
おかえりなさい、と出迎えると、三様のただいまが帰ってくる。
「体調大丈夫ですか?」
「えぇもう大丈夫よ。ありがとう、アニスちゃん」
「アニスでいいですよぉ!えっと……リアさん!あの時はリンゴありがとうございました!」
「いえいえ。あ、わたしのこともリアでいいわよ。それにわたしは一般人だから、敬語もなくて大丈夫」
「そうですかぁ……?じゃあお言葉に甘えて……リア、よろしく!」
「えぇ、よろしく、アニス」
にこりと笑い合ってから、アニスは何やら口論を始めてしまった二人の元へ向かって行った。どうやら大佐たちの要求を飲むことに決めたらしい。まあ、それしかわたしたちには残されていないし当たり前の選択だろう。タルタロスに乗り込んでしまった時点で、わたしたちはとっくに相手の手中なのだから。
そんなマイナスなことを考えていると、大佐に取り次ぐべくマルコさんが部屋を出ていく。と思ったら一度、わたしの横へがしゃがしゃと鎧の音をたてながら歩んできた。ルークたちはまだ口論をしていて、こちらには気付いていないようだ。
「……なあ、ソウェルティ。お前はまだ、恨んでいるのか」
わたしにしか聞こえないような小声で発された彼の言葉は、ヘルムに阻まれくぐもりながらもわたしの耳に届いた。彼の表情は、厚い鉄のせいで窺うことは出来ない。それでも、きっと仮面の向こう側は。
「……さぁ、どうでしょう」
曖昧に笑ったわたしに何か言いたげにしながらも、彼はそのままわたしの肩をぽんと叩いてから部屋を出て行くだけだった。
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20130227