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 ぎち、と後ろ手に腕を拘束する手錠に舌打ちをしたくなる気持ちをどうにかおさめる。マルクト兵に連行されたわたしたちは、軍艦の一室に通された。わたし以外の二人……と一匹は、特に捕縛されてはいない。それだけは、良かった。
 ドア側を抜かし鉄のテーブルをコの字に囲むように座らされたわたしたちは、何かのデータを手に佇むカーティス大佐の言葉を待っていた。



「……第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束しました。超振動の発生源があなた方なら不正に国境を越え侵入してきたことになりますね」



 これに関しては、反論の余地がない。事故とは言え、正式な手続きなく国境を越えてしまったのは事実なのだから。あの時、落ちた場所に既視感を覚えたのは今考えると当たり前だったのだ。マルクト領タタル渓谷は、何度か訪れた場所だ。もっと早く気が付いていれば、この場がマルクトだと認識も出来て今よりもずっと早くバチカルへ戻れていたかもしれないのに。
 過去の自分に歯噛みしながら、ルークからの軽口を軽くかわす彼へ目を向けると、白々しい表情でにこりと笑われてしまった。



「ま、それはさておき。ティアが信託の盾騎士団だと言うことは聞きました。ソウェルティ殿については、……まあ、花屋と言うことですから、これ以上の追求は今は必要ないでしょう。ではルークあなたのフルネームは?」

「ルーク・フォン・ファブレ。おまえらが誘拐に失敗したルーク様だよ」



 ルークの言葉に、イオン様とアニスが目を見開いた。まあ普通は、公爵子息が敵国をふらふらとしているだなんて想像もしないだろう。



(……まあ、どうやら一人はそうでもないようだけれど)



 どうやら彼は、少なくともエンゲーブで顔を合わせた時にはもうこちらに目を付けていたようだから。感情を読ませない紅の瞳の機微を見逃さないようじっと見つめる。



「何故マルクト帝国へ?それに誘拐などと……穏やかではありませんね」

「誘拐のことはともかく、今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超振動を起こしただけで、リアも巻き込んまれてしまっただけです。ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません」

「大佐。ティアの言う通りでしょう。彼に敵意は感じません」



 イオンさまの言葉に頷きながら、大佐が相変わらずルークへ挑発的な言葉をかける。温室育ち、なんて、分かっていたって普通王族に直接伝える言葉ではないでしょうに。
 大佐の言葉にふてくされていたルークがちら、とこちらを向いた。どうしたの、という意を込めて首を傾げると、ルークはぐっと眉間に皺を寄せて大佐へ再び向き直る。



「っつーか、何でリアだけ手錠なんかかけられてんだよ!」

「……おやおや、そうでしたね。いかんせん、こちらの保護者さんは敵意剥き出しなものですから。話し中に噛みつかれても困りますので、念のため、というやつです」



 何が念のためだ、いざわたしが襲いかかったって瞬殺できるくせに。しかしいつになく冷静さを欠かすわたしに、ルークやティアにまで気を使わせる訳にはいかない。溢れ出る嫌悪感をどうにか諫めながら、一旦目を瞑ってもう一度彼を見つめ返す。そこから、何かしらを感じ取ったのか。やや意外そうな顔をしながら、大佐は笑みを貼り付けた。



「……まあ、いいでしょう。どうやら、今の状況ではどうすることも出来ないようですしね」

「元々させる気もないでしょうに」

「何のことですかねぇ。……アニス、手錠を外してあげてください」

「はーい!」



 大佐から手錠を受け取ったアニスが、わたしの背後に回ってがちゃがちゃと鍵を回して手錠を外してくれる。痛くないですか、と小声で聞かれたので頷くと、彼女はにっと笑って外した手錠を手に大佐の横へと戻って行った。
 それを確認したイオンさまが、大佐に何かを提案する。ここは、協力をお願いしませんか、と。その提案を是としたのか、それとも最初からそのつもりだったのか。大佐はイオンさまに頷いて、わたしたちに再び向き直った。



「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によってキムラスカ王国へ向かっています」

「!」



 ピオニー陛下。懐かしい名前に、ぴくりと反応する。もっとも、彼に対する敬称は慣れないものだったけれど。
 まさか宣戦布告なのではないか、と青ざめるルークとティアを横目に、わたしはそんなことは絶対にありえない、と確信を持っていた。あの人が宣戦布告など、する筈がない。そして、それは当たっていたようで。むしろ戦争を止めるために動いているのだと言うアニスの言葉に、変わらない彼を感じて心を蝕む嫌悪感が和らいだ。



「戦争を止める?……ていうかそんなにやばかったのか?キムラスカとマルクトの関係って」

「知らないのはあなただけだと思うわ」

「……おまえもイヤミだな」

「まあまあ。マルクト領であるエンゲーブの食料は、まだキムラスカにも届いているわ。でも戦争が終わってまだ間もない今、軍人同士のいがみ合いは続いているし、その関係性の悪さは民間にまで飛び火しているの。例えば渓谷からエンゲーブに行くまで乗せてもらった御者の人も、怪訝そうな顔でキムラスカ人なのか聞いてきたでしょ?」

「ああ、そういえば確かに」

「ね。……それに戦争で身内を失った人たちは、どうしても敵国を恨んでしまうから」



 噛み砕いて説明してから「分かった?」と問いかけると、多少は理解したのかルークがこくんと頷いた。まあ、こういったものは実際に目にしないと分からないものだから仕方ない。



「これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう。まず私たちを知って下さい。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。戦争を起こさせないために」



 そう口にして、大佐は部屋を出て行く。全て話せとせがむルークに、そうしたら断った場合軟禁しなければならないと忠告してから。親書、と言うからにはことは国家機密、当然だろう。その背を追うように、ルークに「待っています」と穏やかに微笑んでからイオンさまも部屋を出て行った。

 ドアが閉まる音を聞きながら、わたしはふ、と小さく笑った。最初から拒否権なんて用意していないくせに、と。



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20120226
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