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 戦いを終え剣をしまったルークは、苦い顔をして座り込んだ。相手は魔物といえど、ルークなりに考えるところがあったのだろう。その後ろ、わたしたちを観察している様子だった大佐はどこに隠れていたのか、昨日エンゲーブで出会った小さな導師守護役の少女――アニスを呼んで何やら指令を出しているようだったが、そちらよりもまずはルークだ。



「……大丈夫?ルーク。怪我とかしてない?」

「ああ。……なんか後味悪いな」

「優しいのね。……それとも甘いのかしら」



 鋭い目で見やったティアに、ルークが「冷血な女だな!」と噛みつく。確かに、ティアは軍人だからこういったやるせない場面に何度も出くわしているかもしれない。それにきっと、この森にライガ・クイーンに来た時からこの結果はもう決まっていたのだ。……それでも。
 言い争う二人を痴話喧嘩だとからかう大佐の声を聞き流しながら、拳をぎゅっと握った。ファーストネームで呼ぶように大佐が言っていたが、聞く義理はない。なんて、子供の八つ当たりと変わりないと分かってはいるけれど。



「……おやおや、不満なのは一人ではないようですね」

「別にあれが最善策だと分かっています。……それでも受け入れ難いことがあったって、構わないでしょう?」



 無理やりに笑みを作りながら言い捨てると、大佐は肩をすくめた。特に追撃してくることもなく終わったのは、イオン様が大佐を見上げながら困り顔で謝罪をしたからだ。大佐の矛先は、イオン様へと向く。大佐の口振りから察するに、やはりあのダァト式譜術というのは、医者に禁止をくらうようなものらしい。あの術を使わないようイオン様に言い聞かせていたルークの指示は的を射ていたのだ。
 しかし、導師という地位を考えると安易だったかもしれないが、それでも責任感にかられたイオン様の行動が悪いとは言えないだろう。容赦なく優しい言葉に棘を含ませる大佐に責められてしゅんとするイオン様に助け船を出したのは、ルークだった。



「……おい。謝ってんだろ、そいつ。いつまでもネチネチ言ってねぇで許してやれよ、おっさん」

「おや。巻き込まれたことを愚痴ると思っていたのですが、意外ですね」



 大佐と同じように、ティアも驚きを隠せないようだった。イオン様は、きっともうルークの優しさを分かっているのだろう。暖かな瞳でルークを見るイオン様と目を見合わせ微笑んだ。大佐はイオン様への説教をやめたようだが、その直後大佐とイオン様がぽつりと零していた"親書"という言葉にぴくりと体が反応する。親書?一体、誰へ。渦巻く疑念にかられながら、ミュウに驚く大佐の側から離れたくて、わたしは彼らの元を離れてライガ・クイーンの死骸の側に寄った。



「……ごめんなさい」



 わたしでは、あなたを助けられなかった。せめて、卵だけでも助けてあげられたら良かったのだけど。事切れた亡骸に手を乗せながら、目を閉じる。



「おいリア、行くってよ!」

「……ごめんね、ルーク。ちょっと先に行ってて貰ってもいいかしら?」

「おや、何かするんですか?」

「時間がないのでしょう?どうぞわたしの事はお気になさらず。……どうせ逃がす気も、ないんでしょうから」



 大佐がアニスに指示していたのは、そういうことなのだろう。わたしたちは不慮のこととはいえ、言わば、不法入国者。最新機器を備えたマルクトの軍艦が察知できていない筈もない。だからこそ、今わたしは人質を突きつけられているのだ。ルークとティアが向こうにいる限り、わたしは抵抗などできないから。
 そうですか、と特に気にすることなくルークたちを引き連れ去っていく大佐を見送る。途中イオン様が心配そうにこちらを振り返ったが、大丈夫ですよ、と小さく笑って手を振った。



「……さて、」



 ようやく一人になったわたしは、ぐちゃぐちゃになってしまった巣を整えた。卵は、できるだけ母親の側に。開きっぱなしの悲しげに見える大きな瞳を閉じてやって、ぼろぼろになった毛並みを整えてやる。……きっと、チーグルたちに持ってこさせる餌では足りなかったのだろう。元々ライガは肉食だ。それでも卵を守るために離れられなかったクイーンの体は、僅かに痩せていた。
 やるせなさに胸が痛む。こんなのは所詮、自己満足だ。何一つ守ることなどできなかった弱者が、心を守るための偽善。それでもきっと、何もしないよりずっといい。
 ポーチに手を入れ、花を用意する。大きな彼女には似合わないような、そんな小さな小さな花。それを、巣にたくさんたくさん咲かせる。



「……どうか、安らかに」



 ひざまずいて、手を合わせる。どうか、この不幸な母子が少しでも救われるように。
 木の隙間から差し込みはじめた光が、クイーンの体に柔らかい温かみを与える。まるで卵を温めながら眠っているようなその姿に、どうしてだか、鼻がツンと痛んだ。



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