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 身につけたソーサラーリングの力により火を吹くことの出来るチーグルの仔供、ミュウの力を借りながら、鬱蒼と茂る森を進む。途中ルークの機転で腐った木を倒して足場にしていくつかの小川を越えていくと、チーグルたちの住処と同じような大木を発見した。その根元に開いている穴に足を踏み入れた瞬間ライガルが襲ってきたことから、ライガたちが住んでいるのはここで間違いないだろう。
 足場になりそうな木の根を選びながら慎重に歩を進めると、ぽっかりと開けた空間に出た。その中心に座する大きな魔物が、ライガたちを統べる、ライガ・クイーンだ。ライガは、蜂のように雌がリーダーとなって集団行動をとる種だ。かつて学んだ通り、他のライガよりも数倍大柄な雌は、足を折って柔らかかな草のベッドの上でうずくまっていた。



(……眠っているのかしら。いや、警戒心が強い野生の魔物が、人間、それもほとんど素人なルークとイオン様が近付いて目覚めない訳がない。……ならば、もしかして)



 最悪の状況を想像し身構えるわたしの横で、イオン様に指示されたミュウが彼の手から飛び降りてクイーンと交渉すべく近付いて、魔物の言葉で話しかける。するとクイーンはのそりと立ち上がって、威嚇するように大きく吠えた。ただそれだけなのに、ビリビリと頬を刺す威圧感。ライガは基本的に肉食だが、群れを統べ守るべきクイーンは比較的理性的だ。そんな彼女が、ここまで殺気立つのは、間違いない。



「おい。あいつは何て言ってんだ?」

「卵が孵化するところだから……来るな……と言ってるですの。ボクがライガさんたちのおうちを間違って火事にしちゃったから女王様、すごく怒ってるですの」

「やっぱり、繁殖期!」



 チッ、と舌打ちをして、武器を構える。ティアがルークに説明している通り、ライガの仔供が好むのは人間の肉だ。つまりこのまま放っておいたならば結局いずれ、この森から最も近場にあるエンゲーブが被害に遭ってしまう。
 イオン様がもう一度クイーンと交渉すべく、ミュウにお願いをする。しかしミュウの訴えは再びクイーンの咆哮にかき消され、その衝撃で崩れた岩の塊がわたしたちに降り注いだ。咄嗟にイオン様の手を掴んで、落ちてくる岩から引き離す。その一歩前で、別の岩からルークがミュウを守っていた。ルークが剣を盾にして岩を壊していなかったなら、小さなミュウはひとたまりもなかっただろう。



「あ、ありがとうですの!」

「か、勘違いすんなよ。おめーをかばったんじゃなくてイオンをかばっただけだからな!」



 つん、とそっぽを向いたルークはああ言っているが、彼はミュウを放っておけなかったのだろう。性根はやはり優しいのだ、ルークは。いつもならばここぞとばかりに褒めてやるところだが、残念ながらそうも言ってられない。
 クイーンがまた、雄叫びをあげる。



「ミュウ、今、クイーンは何て言った?」

「ボクたちを殺して孵化した仔供の餌にすると言ってるですの……!」

「来るわ。……導師イオン、ミュウと一緒におさがり下さい」



 ティアの言葉に、ぐっ、と鉄爪に力を込める。相手との力量の差は一戦交えてみなければ分からないが、こちらには非戦闘要因が一人と一匹。ティアはよくても、ルークはまだまだ経験不足。戦力は間違いなく劣っている。しかし逃げるには時間も足りないだろう。少なくとも誰かが、囮にならなくては。



「お、おい……ここで戦ったら卵が割れちまうんじゃ……」

「残酷かも知れないけどその方が好都合よ。卵を残して、もし孵化したらライガの仔供がエンゲーブを襲って消滅させてしまうでしょうから」

「……ルーク、」



 一瞬だけそっと、目を伏せた。ティアの言うことは、正しい。しかしルークのかける温情は、否定すべきものではない。少なくとも彼が今、この場にいることがまずイレギュラーなのだから。
 イオン様の叫びに、我に還った。クイーンはわたしたちを完全に敵と認識している。……戦うしか、ない。ルークが舌打ちをしながら、剣を抜いたのを皮切りに、わたしは飛び出した。



「双爪撃!」



 とにかく、体格差から分かるように一撃の重さは間違いなくクイーンの方が数倍上だ。こちらにパワーファイターはいない。最も純粋な力が強いのはルークだが、彼の攻撃がクイーンに効いているようには見えなかった。わたしは手数の多さと身軽さを武器にするタイプだし、ティアは遠距離からのサポートタイプ。つまり、決定的なダメージを与えられる人物がいないのだ。



(……くそ、)



 内心悪態を吐きながら、ルークたちに向かって行った鋭いクイーンの爪を受け止める。出来るならばあまり他人の前では使いたくなかったが、そうも言ってられなさそうだ。
 集中して、手の甲に集めた第五音素を爪に通し、クイーンの背中に立てる。



「――雷迅爪!」



 一瞬だけクイーンが怯んだ隙に、彼女の足に連続でダメージを与える。このままダメージを与えていけば、その内にクイーンは体勢を崩すだろう。ある程度ダメージを負ったクイーンならば、卵を守るためにこちらの交渉にも応じてくれるかもしれない。
 ルークではないが、出来るだけ守ってやりたかった。最善策ではないかもしれないが、それでも彼女たちは本来なら静かに北の森で暮らしていたかもしれないのだ。だから。



「ルーク、クイーンの足を狙える?足を崩したら――」

「リア、アイツに攻撃が当たらないようにするんだとよ!」

「アイツ?」



 ルークの言葉に、彼の背後に立つ人物を見る。そこに立つのは、青い軍服を纏う男。背筋が、凍る。
 何故、何故あの人がここに。考えて、納得した。そうだ、ここにはイオン様がいるのだ。教団最高権力者が行方不明になって、捜索しにこない訳がないではないか。
 その男が詠唱をはじめていることに気がついて、声を張り上げた。あれは、上級譜術の詠唱だ。あんなものを食らったら、ある程度ダメージを食らっているライガ・クイーンは……!



「カーティス大佐!おやめください!」

「敵を蹴散らす激しき水塊――セイントバブル!」



 しかしわたしの声は届かず、ばちばちと音を立てて、泡を模した第四音素がクイーンに襲いかかった。呻き声をあげたクイーンの巨体が、ズシン、と音をたてて倒れる。その下敷きとなった卵がバキバキと砕け、形を成さなかった、ライガの仔供になりかけたものが溢れ出す。
 淡々とした表情の大佐の横で、わたしは一人、言い知れない無力感に目を伏せた。

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