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 鬱蒼とした深い緑に足を踏み入れると、湿った植物の匂いが鼻腔を満たした。辺り一面の緑に、森林浴という言葉が頭をよぎる。樹木の香りは人の頭を活性化させると言うが、実際に体験しなければ分からないものだ。私は深く肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
 チーグルの森に入り、少しした時だった。



「おい、あれ、イオンって奴じゃねえか!」



 ルークの言葉に、彼の視線が向く先を見据える。そこには、肩で息をしながらライガの群れに囲まれる緑髪の少年。
 「危ない!」と叫ぶティアの声に弾かれるように、わたしは飛び出していた。鉄爪を出して、行く手を阻むライニネールを叩き切る。ライガたちは今にも幼い体に飛びかからんとしていた。ライガの一体に爪を構えた、その時だった。

 イオン様が何かを呟くと、その小さな手に眩い光が集まっていく。そして彼がその手を地面に向けて振りかざした瞬間、光が辺りに広がり彼を囲んでいたライガたちは全て、消滅していた。

 見たことのない強力な譜術に驚きを隠せないでいると、ふらりとその小さな体がバランスを崩す。その体を、わたしの横を駆けてティアが抱きとめたのを確認してから、わたしは鉄爪をしまう。



「おい、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です。少しダアト式譜術を使いすぎただけで……」



 ダアト式譜術。聞いたことのない名前だ。ダアト式、と言うからには、協会が何かしら関係しているのだろう。
 ティアにありがとう、と微笑んで立ち上がるその人は、やはり間違いなく昨日ローズさんのお宅でお会いした導師様その人だった。しかし、昨日わたしひ導師守護役の少女、アニスと会ったはずなのだが、彼女の姿は見当たらない。……もしかしなくても、これ、お忍びよね……?今ごろ血相を変えて導師を探しているであろう導師守護役の少女を思い浮かべて、同情した。

 しっかりとその足で立つイオン様を確認したティアが立ち上がると、彼はわたしたちをぐるりと見回す。ああ、そうか。彼は二人の名前をしらないのか。
 それに気付いたらしい二人は、ルークから順に名乗って行った、の、だが。



(ま、まさかティアがヴァン様の妹だったんて……)



 年が離れている上性別も違うので、より似ていないように見えてしまうのだろう。いや、そういえば。ティアの長く伸ばした美しいミルクティー色の髪に視線をやる。確かに言われて見れば、ヴァン様も同じ色をしている。
 一人納得していると、やはりと言うか、案の定ヴァン様大好きなルークがティアに噛み付いた。

 どうして、ヴァン様の妹であるはずのティアが、彼を暗殺しにファブレ家まで侵入したのか。

 不穏な会話に表情を硬くするイオン様に気付いたが、ルークと同じ疑問を抱いていたわたしはその様子を静観する。問い詰められたティアが口ごもった、その後ろ。



「あっ!」



 わたしは思わず、声をあげてしまった。三人の向こう側に、小さな足音をたてながら歩く、オレンジ色の小さな魔物を見つけてしまったからだ。



「チーグルです!」

「ンのヤロー!やっぱりこの辺に住み着いてたんだな!追いかけるぞ!」



 イオン様の言葉に、勢いよく駆けていくルーク。一人にさせては危ないと思いその背を追いながら、ちらりとイオン様とティアの様子を窺う。小声のため内容までは聞き取れないが、どうやらイオン様は深くは彼女に問わないようだ。
 先ほどは静観したが、それを知ったところでやはりわたしの出る幕ではないのだけは確か。ティアの上司とも言えるイオン様が問い詰めないのなら、わたしがどうこうしても仕方ないだろう。そう結論付けてルークの背に追いつくと、彼は「お、リア」とわたしにちらりと視線を向けてから、後ろへくるりと振り向いて遅れる二人に叫ぶ。



「おい!見失っちまう!」

「行きましょう!」

「え?あ、はい!」



 急かすルークに応え走ってくる二人を眺めながら、一つ息を吐く。もしかしたら、何かとても複雑なものに巻き込まれているのかもしれない。そんな嫌な予感に、襲われながら。



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20130205 加筆
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