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「あーっ!ホラ見ろ!おまえらがノロノロしてっから逃げられちまった!」

「まぁまぁ、ルークも落ち着きましょ」



 悔しさに地団駄を踏むルークに、わたしは苦笑いを浮かべた。足の速く小柄ですばしっこいチーグルは、その背を追うわたしたちに気付いて一目散に逃げ去ってしまったのだ。野生の魔物、それも草食のチーグルは警戒心も強い。
 不満を隠しもしないルークを、イオン様が大丈夫だと諭す。曰く、この先にはチーグルの巣があるらしい。ルークが彼に何故そんなことを知っているのか尋ねるが、その疑問はもっともだ。同じように疑問を持っていたわたしも聞くと、なんでもイオン様はエンゲーブでの盗難事件が気になり個人的に調査をしていたのだと言う。確かに彼の言う通り、魔物の中でも賢く大人しい筈のチーグルが人里まで出てきて食べ物を盗むなんて、未だかつて聞いたことがない。チーグルはダァト強化でも聖獣とされているため、見過ごせないのだろう。



「……ふん、だったら目的地は一緒って訳か」

「では、お三方もチーグルのことを調べにいらしたんですか?」

「濡れ衣着せられて大人しくできるかっつーの」

「それに、わたしは個人的な興味もあったので」



 すぐ足元に咲いている花も、文献でしか目にしたことのないものだ。腰を折って文献の中の情報と照らし合わせながら観察する。落ちている種を一つ拾って手持ちの袋に入れると、イオン様も花を眺めながら「ソウェルティ殿は花屋だとおっしゃっていましたね」と微笑んだ。
 そんなわたしたちを見ていたルークは、イオン様に一つの提案をした。いや、提案と言っても口調はほとんど命令に近かったけれど。



「仕方ねぇ。おまえも付いてこい」

「え、よろしいんですか?」

「何を言ってるの!イオン様を危険な場所にお連れするなんて!」



 パッとルークを見つめる彼の大きな瞳は明るく輝いたが、ティアからすかさず制止の声が飛ぶ。かく言うわたしも、突然の案に驚いていた。イオン様は導師であり、もしも彼に何かあったら。ティアの言い分はもっともだ。しかしルークの口から出たのは、よりもっともな意見だった。



「だったらこいつをどーすんだ。村に送ってったトコで、また一人でのこのこ森へ来るに決まってる」

「……はい、すみません。どうしても気になるんです。チーグルは我が教団の聖獣ですし」

「ほれ見ろ。それにこんな青白い顔で今にもぶっ倒れそうな奴ほっとく訳にもいかねーだろーが」



 成る程、言われてみれば確かにその通りだ。イオン様をここに一人残したら、どんな無茶をしてしまうか分からない。先ほど彼が謎の譜術を使用した際の顔色の悪さを思い出しながら、ルークの意見に同意した。
 ルーク殿は優しい方だ、と素直に感謝を向けてくるイオン様と、慣れない賛辞に照れながらも不器用な優しさを見せるルーク。イオン様はきっと気付いているのだろう、ルークのあまり周りには理解されない、良いところに。それが、とても嬉しい。
 そんな彼らを、微笑ましげに眺めていると。



(……あれ、もしかして……)



 とあるものがふと視界に入って、三人の輪から離れ、少しだけ離れた茂みをかき分け近寄る。するとそこにあったのは、細かな装飾品の施された、小さな箱。エンゲーブから出発する際、ルークに言われた探し物の小箱とはこれのことだろうか。まじまじとそれを見つめていると、今自分が掻き分けてきた茂みががさがさと音をたて、そこからひょっこりと赤毛の彼が顔を出した。



「おいリア!勝手にふらふら行くんじゃねーよ!」

「あ、ごめんなさい。ねえルーク、探してた小箱ってこれかしら?」

「お!そうそう、それだよ!よっく見つけたなあ」

「ルーク!リア殿はいましたか?」



 珍しく感心している様子のルークにへらりと笑うと、また茂みが音をたて、ティアとイオン様も現れる。そんな中イオン様がルークを呼び捨てしたことに驚いていると、ルークが何だか気恥ずかしそうにそっぽを向くものだから、何だか嬉しくなってまた笑ってしまった。



「随分仲良くなったのねえ」

「ばっ、そんなんじゃねーよ!」

「ふふ。……あ、そうだイオン様、わたしのことも是非呼び捨てにしてくださいな」

「よろしいんですか?」

「もちろんです」



 頷くと、イオン様は先ほどルークに向けたような明るい笑顔を向けてくれた。周りの空気が一気に鮮やかになったような錯覚に、この方の人柄が伺えるようだった。



「では、……リア」

「はいイオン様。昨日は本当にありがとうございました」
「いえ、僕は何もできなくって……」

「いいえ、わたし、本当に助かりましたよ」



 ありがとうございます、ともう一度口にするとイオン様ははにかんで、「なら良かったです、」と目を細めてくださった。



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20130205
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