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 この右も左も分からない状況をどう打破するか思案している内に、ルークは完全に覚醒していたらしい。ティアとの自己紹介も済ませたようだ。
 わたしに気付いたルークは、慌ててこちらに駆け寄ってくる。



「おいリア!ケガねーか?」

「うん大丈夫、平気よ」

「……ならいーや」



 その答えに満足したのか、ルークはバシバシとわたしの背を叩いて、またティアと向き合った。この様子なら、ルークも大したケガはないみたいだ。
 どうやらティアが、ルークに超振動について説明してくれているようだ。わたしもあまり知識はないので聞いておく。ただ、勉学の方はあまり好きではないルークは苛立ってきているようだった。そもそも、ナタリア以外の同年代女子との関係がない彼からすれば、ティアとの会話は照れくさいのかもしれない。

 しかし、だ。

 ルークの態度は基本的に尊大で傲慢なので、ティアからすれば気に障るだろう。また、やはりルークも小難しいことが苦手なので、知的で淡泊なティアは、なかなかに合わないのかもしれない。
 実際に、少し目を離した隙に二人の仲は良いとは決して言えないものになっていた。



「……ま、まあ、とにかく街道を目指しましょ?」



 とりあえず、なんとかこれからの行動だけは決まったので、尖り始めてきた空気を遮るようにそれを促すことにする。
 ……少し、これからが思いやられてきた。



「……なあ、リア」

「ん?なあに、ルーク」

「海ってさ、広いんだな。んで、青いんだな」

「……ええ、そうねえ」



 立ち止まったルークに何かと思えば、その言葉にわたしは頷かされた。わたしも立ち止まり、彼に倣い海を眺める。改めて見た海は確かに広く、満月の光を反射してきらきらと光っている。
 当たり前のことを口にするルークは、他人からしたら少し変わっているのかもしれない。でもわたしはルークの周りの環境や、彼自身の人となりを知っている。それに、単純にわたしはルークの言葉がすきだった。彼の言葉は、わたしが子供の頃に置いてきてしまった「当たり前」を思い出させてくれるから。



「……ね、次は明るい時に、ガイやナタリアと一緒にピクニックにでも来たいね」

「……だな」



 二人で頷きあって、前を進むティアの背を追った。少し歩いたところで、ティアが突然立ち止まる。



「……待って!魔物よっ!」



 彼女の声に、空気がピン、と張り詰めた。ナイフをかまえる彼女は、わたしに下がるように言う。ルークは剣を所持しているから、前衛に出されるようだ。しかし、彼はまだ実践経験がない。
 戦闘において、経験は何よりもものを言う。ルークに前衛をさせるのは、あまりにも危険すぎる。それに出来る限り、彼には魔物ですら、殺してほしくないのだ。確かにここは魔物の住処で、彼も戦わない訳にはいかないだろう。これが甘さでも、なんでも構わない。それでも、わたしは。



「ティア、わたしが前衛に立つわ」

「おいリア、お、俺に任せとけよ!」

「そうよ、あなたは武器を持っていないじゃない!それに、」



 あなたはただの花屋でしょう?
 そう物語る彼女の瞳に、わたしは視線を返した。確かに、わたしはしがない花屋に違いない。

 けど。



「わたし、大切なものは、自分で守る主義なの」



 語尾にハートマークでも付きそうな軽さに、二人は面食らってしまったようだ。無防備な表情をするティアに苦笑を零しながら、わたしはルークより一歩前に出て、魔物を見据える。
 そして、意識を両手に集めた。
 ――瞬間、わたしの両の手のひらの甲を守るように現れるのは、鉄爪。



「えっ!?」

「つ、爪が出てきた!」

「ふふ、驚いた?」



 ね?とティアにそれを見せてやると、ティアと、それにルークも驚きを隠せないようだった。と、それを油断ととったのか。
 魔物――プチプリが、わたしの背後から攻撃を仕掛けてきた。ティアとルークの、叫ぶ声。まったく、もう。



「空気は読まなきゃ、だめよ?」



 プチプリの葉が背中に当たるより先に、わたしの鉄爪が、その体を裂いていた。



「つ、強え……」

「リア、あなた……何者なの?」



 二人の問いかけに、わたしは微笑み混じりに答える。



「ただのしがない、お花屋さんよ」



 それでももう、彼は手を汚さずにはいられないだろう。そんなことはわかっている。ここはそんな甘い場所じゃないし、何よりそんな甘さで切り抜けられるような場所でもない。剣が使えるルークは、前線に立つべきなのも、分かっている。でも、せめて少しでも、彼を守ることができたらいいのに。



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20130205 加筆
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