オルカ・オルカ | ナノ





 あれは一体いつだったか――ああ、そうだ。
 松岡が岩鳶小学校に転入してきてすぐ、ふとしたきっかけで仲良くなった私たちは、それを機に一緒にいることがぐんと増えた。私は特に決まったグループにずっと留まっているタイプでもなかったので、転入したての松岡と一緒にいたところで何の問題もなかったのである。むしろ今考えると、なんだかんだ卒業などの仕事に追われる先生に案内などの世話を押し付けられような気もする。もちろんそこに文句を言う気もないけれど。
 何より、私にとって松岡は橘くんの話を聞いてくれるとても貴重な人物でもあった。しかも松岡ときたら、文句を言いながらもスイミングクラブでの橘くんの様子を教えてくれたりもするものだから、当時の私からしたら一種の神同然であった。まぁ橘くんは本物の天使様なんだけどね……へへ……。
 ってそうじゃないわ。さて、今回私が話したいのはいかに松岡と仲良くなったのかではないので話を戻そう。そんなこんなで仲良くなった私は何回か松岡の家というか、当時松岡が住んでいたお婆ちゃんのお家に遊びに行ったりもしたのだ。そこで出会ったのが、そう、今私と裏庭でお昼ご飯を食べている美少女、松岡の実の妹である松岡ご……コウちゃんだったのである(本人がこの呼び方がいいと言ってたので私は昔からこう呼んでいる。ちなみに彼女の本名は江と書いてゴウ、かの浅井長政公の娘と同名である)。

「いやぁそれにしても、あんなに小さかったコウちゃんがもう高校生かあ……」
「もともと一つしか変わらないじゃないですか!」
「でも昔はつばさちゃんみたいなお姉ちゃんが欲しい、って言ってくれて……」
「わあああ!?」

 感慨深さのまましみじみと思い出を語る私を慌てて遮ったコウちゃんが、照れくささから赤くなった柔らかそうなほっぺたを膨らませる。数年前と変わらない、かわいらしい拗ね方をするコウちゃんにごめんごめん、と平謝りしつつその小さな口にお弁当のウィンナーを向けてあげると、「仕方ないですね」と言わんばかりの視線を向けながらも口を開けてくれた。腑に落ちなさそうな顔をしながらも、もぐもぐと咀嚼するコウちゃんの姿は微笑ましい。
 そういえば、かわいい妹が羨ましくて松岡をからかい倒したこともあったなあ。それをお兄ちゃんがいじめられてる! って勘違いしたコウちゃんが泣き出しちゃって、慌てて抱き締めて謝り倒したんだっけなあ。そんな流石に口に出したらまた怒られるであろう思い出を振り返りつつ、懐かしさに身を浸しながらコウちゃんと積もり積もった話を交わす。当時の話とか、中学はどうだったとか、高校には慣れたかとか、クラスはどんな感じだとか。その辺りで橘くんのことというか己の罪を思い返して鬱々しくなりかけたけど、表に出さないように努めたので誰か褒めて欲しい。いやこんな罪人を褒めちゃだめだ。
 そんな取り止めもない話を交わす最中、違和感に気が付いて私は箸を動かす手を止めた。

「(あ、あれ……?)」

 ちらり、とこちらを窺うように視線を動かすコウちゃんが、小学生時代、初対面の私を松岡の背中にしがみつきながら見つめる姿にどこか重なって見えたのだ。そう思ったらどうにもそわそわしているようにも見えてきてしまって、そして私もどこかそわそわしてしまって、結局、私は堪えきれずにこちらから声をかけることにした。

「……コウちゃん?」
「え、あ、はい!」
「大丈夫? どうかした?」

 心配になって、俯き気味だったコウちゃんを覗き込みながら問いかける。すると驚いたのか、彼女は兄に似た(もっとも、コウちゃんの方が断然鋭さはないのだけれど)切れ長の目をまん丸にさせた。
 本当に何かあったのだろうか。悩むかわいい妹分を放っておくことなどできず、私はぐるぐると頭を回転させる。新生活も始まったばかりだし、何か不安とかあるのかもしれない。それとも私が年上だから……って言ってもそんなのは昔からだしなあ。久しぶりだから緊張してる? うーん……あ、コウちゃんはかわいいから、変な人に絡まれてもおかしくない。先輩でめんどくさいのに絡まれたりしたのかな? それともクラスメイト? だったら松岡に連絡して……って、ん?

「あれ、もしかして松岡と何かあった?」
「……っ!」

 あっこれドンピシャだ!
 目に見えて表情を変えたコウちゃんに一歩前進したことを確信し、内心ガッツポーズをする。それにしても、一体どうしたんだろう。
 あ、もしかして喧嘩でもしちゃったのかな。オーストラリアから帰ってきて間もないし、松岡も今は寮住まいらしいから、仲直りのタイミングを掴み損ねてるのかもしれない。松岡も松岡で意地っ張りだしなあ……うーん。なんて予想を立てる私に、コウちゃんが意を決したように問いかける。

「あの、……さっきの電話の相手って、お兄ちゃんですよね?」
「うん、そうだよ。あ、今電話する? 大丈夫、松岡が機嫌悪そうなのなんて今更だし、あいつコウちゃんにゲロ甘だからすぐ仲直りできるよ!」

 なんなら放課後にでもひっ捕まえてこよっか? と拳を作る私に、コウちゃんが「なかなおり……?」と小首を傾けた。あれ? 違うの?
 どうやら、傾いて揺れるポニーテールにつられるように同じく首を傾ける私との間にある齟齬に気が付いたらしい。コウちゃんが慌てて首を横に振った。

「あ、ち、違うんです! 喧嘩とかじゃなくって! ただその、……お兄ちゃん、オーストラリアから帰ってきてからそっけなくて……メールも電話も通じないし、家にも帰ってこなくって……」

 ぎゅう、と膝を抱えたコウちゃんが俯きながらぽつりと零した内容を拾ってみれば、なんということでしょう。喧嘩以前の問題だった。しかも更に話を聞いてみれば、どうやらアイツ、普通に中学生の間も正月には帰ってきてたらしい。なら年賀状くらい送れよ! 私はちゃんと毎年送ってたよ! っていうかこの間のちょっとした感動返せ!
 などと、まぁいろいろと個人的に松岡に対して思うところはあるのだけれど、一先ずそれは置いておいて。

「とりあえず、松岡しばく」
「わああ! ま、待ってください!」

 すぐさま通話履歴の一番上に鬼電を開始しようとする私を、コウちゃんが慌てて止めに入る。いやでもそれにしたって、妹からの連絡総無視ってなんなの? 反抗期なの? 家族に心配かけるワル気取りなの? オゥストゥレェイリアではそれが流行ってんの?
 青筋を浮かべながらも、コウちゃんの嫌がることをするのは本意でないので渋々携帯をしまうと、彼女はホッと胸を撫で下ろした。

「……でも、少し安心しました」
「安心?」
「お兄ちゃん、安土さんとはちゃんと電話とかするんですね」
「え、いやでも、今のところ10割方こっちからかけてるけどね」

 松岡も渋々出てるだけだよ、と付け足すが、それでもいいんです、とコウちゃんが笑う。しかしその紅い瞳にはありありと寂しさと心配が浮かんで見えて、なんだか昔のように、泣いてくれた方がいいなあなんて思ったりして。
 衝動のままに手を伸ばして、彼女の頭を引き寄せた。相変わらず顔小さいなあ……これが遺伝子か。松岡も顔小さいもんな。癪なことに。
 引き寄せられるがまま私の肩にぽすりと乗ったコウちゃんの頭に、自分のこめかみをぴたりと寄せる。

「安土さん……?」
「そんなに心配しなくても大丈夫。一足遅い反抗期が来てるだけだよ、きっと」
「……でも……」
「まあこの手の反抗期は数年後思い出して悶え苦しむヤツだからさ! 数年後、ざまあみろ、って笑ってやろうよ」

 ね、と念を押すように笑ってみると、コウちゃんはか細い声で「はい、」と頷きながら私のカーディガンを握った。ああもう本当、大事な妹にこんな心配かけるんじゃないよ、まったく。シスコンのくせに。
 私には随分な台詞を残した割に、どう考えてもブーメランじゃん。バカだあいつ。頭いいのにバカだ。
 ぐす、と鼻を鳴らす華奢な体。私はその小さな音に気付かないフリをしながら、ただ彼女の引き寄せた頭をぽんぽんとできるだけ優しくたたいてやる。大丈夫だよ、大丈夫だよ、まるで呪文のように何度も繰り返す。コウちゃんを慰めながら、まるで自分に言い聞かせるみたいに。
 だって、私にはこれくらいしかしてあげられないのだから。情けないけど、的を射たアドバイスだってしてあげられない。なにせ困ったことに、私はきっと、今の松岡を苛むなにかの正体を何も分かっちゃいないのだ。


さかなが知らない青


 ここ数日難しいことが多すぎて、頭が痛いなあ。何はともあれ、近いうちにコウちゃんには内緒で鬼電してやろう、なんて企む正午過ぎ。



------------
20130414
201906 加筆


BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -